第39話 斜め上の御意向

 陛下が到着したようだ。目立たない軽いノック音がその合図。


「それでは立ってお迎え致しましょう」


 此処はあくまでリリアの家の別荘。だからこの面子の場合はリリアが代表として挨拶や受け答え等をする事になる。私はあくまでたまたま同席していたお客様だ。直接声をかけられた際以外は黙って頭を下げるだけの役。まあきっとそれだけでは済まないのだろうけれども。


 もう一度ノック音。そして扉が開いてぞろぞろと入ってくるのを頭を下げてお迎えする。目で見なくとも気配というか魔力で誰が入ってきたかはわかる。先頭が案内役のマノハラ伯、次が国王陛下、王妃陛下、そしてエンリコ第二王子、ヴァルバラ第一王女、レティシア第二王女、あとは護衛だ。


 マノハラ伯が空けていたテーブルの上座に一行をご案内して、マノハラ伯の号令で礼をした後着席。さてここからは巡幸の定例通り領地関連の会話が先に来るだろう。だから私達はただここにいるだけでいい。そう私は予想したのだけれども……


「さて、先日こちらの迷宮ダンジョンでマノハラ伯の御息女を含むパーティが狙われたとの話を聞かせて貰った。このパーティの皆さんとはエンリコもよく同行して世話になっている事もあるからな。無事とは聞いているが取り急ぎ……」


 おい待ってくれ国王陛下。いきなり私達中心の話かよ。そう思っても相手は何せ国王陛下。話を遮る事は許されない。仕方なく陛下とマノハラ伯の間の会話を聞く。


 どうやらボス部屋に魔石入りの箱を置いたパーティは別の街の冒険者ギルドで確保されたらしい。だが予想通り依頼人については知らなかった模様だ。結果、依頼人未確認等いくつかの規則に違反したとして、鉱山労働20日の刑となったそうである。


 更に此処の冒険者ギルドによって、ミセン迷宮ダンジョンの第50階層までの全ての階層の確認が完了したという話も聞いた。


 あの副ギルド長のワレンティーナさん、以前は有名かつ優秀な冒険者であったそうだ。国王陛下とも知り合いで、隠居代わりにここミセンの街の冒険者ギルドを管理しているとの事。やはり見かけ通りの年齢でなかった訳か。エルフ恐るべし。


 なお副ギルド長とは言うもののギルド長はいないので実質あのギルドのトップなのだそうだ。責任者が直接管理迷宮ダンジョンの調査に赴いていた訳か。いいのだろうかそれで。


「それにしてもよく無事に戻れたな。コボルトマスターはC級相当、つまり討伐にはC級冒険者5人のパーティが必要な筈だ。それをE級の女性5人パーティだけで倒してしかも怪我ひとつ無しとは。この話を聞いた時エンリコが悔しがっておったぞ。また差をつけられたとな。その辺はどうであった、リリア殿?」


 おいおいあれは私達も結構ぎりぎりだったんだぞ。なんて事は勿論言わない。ここで答えるべきなのはリリアだ。


「あれはアンフィーサ様の作戦と攻撃魔法、ナージャ様の剣術のおかげです。敵は全てアンフィーサ様とナージャ様が引きつけて下さいましたが、私は1頭しか倒せませんでした」

 

 おい待てリリア私とナージャに振るんじゃない。そう思ってももう遅い。


「それではアンフィーサ殿はどうだった?」


 仕方ない。

「最初にナタリア様に速度低下魔法スロウをかけていただいたので何とかなりました。更にリリア様には魔法でフリーの1頭を倒して頂けましたし、ナージャ様には結果的に2頭も倒していただきました。

 一方で私自身は魔法を連射しすぎて途中で魔力が足りなくなる寸前になってしまい、リュネット様に魔力を補充していただく始末です。リュネット様は聖魔法に優れていて普通は出来ない魔力を回復する魔法を使えますので安心して障壁魔法と攻撃魔法を使用してしまったというのもありますわ」

 ここはリュネットを推しておく。だから頼む、ゲームの通りリュネットを選んでくれ、お願いだから。


「リュネット殿が聖魔法に秀でている事は以前から報告で聞いている。ハマーダの王立学校で他の科目も優秀だという事で是非にという事でカーワモトの学園に来て貰ったとの話もな。それでどうだった、今回のコボルトマスターとの戦いは」


「私は聖魔法こそ使えますが攻撃魔法も剣技もほとんど使えません。ですから戦闘そのものではほとんどお役に立てません。今回はナタリア様とリリア様に護って頂きました」


「それではナタリアはどうだったかな」

 どうやら陛下、全員に聞くつもりのようだ。


「私は最初、敵全員に速度低下魔法スロウをかける担当でした。ですが敵が予想と違って5頭いた事で思わず動揺してしまいました。アンフィーサ様が咄嗟に指示していただいたおかげで何とか我に返り速度低下魔法スロウを発動させましたが、1頭ほど魔法の範囲外へと取り逃がしてしまいました。でもその1頭はアンフィーサ様の無詠唱連射魔法で倒していただきました」

 こらナタリア、私を持ち上げるな。そう言いたいがやっぱり言えない。


「最後にナージャだ。今回も大活躍だったようだが、どうだったのかな」


「基本的に敵は全てアンフィーサ様がコントロールしてくれているにゃ。今回も引きつけたり他に行きそうなのは連射で倒したりしてくれたにゃ。だから私は1対1で戦うだけだにゃ。あとは皆が援護してくれるから、安心して戦えるにゃ」

 ナージャまで!!! もう涙しか無い。


「そうかそうか。実は先程も少し話したがこの話を聞いて以来、エンリコがそわそわしておってな。また何か起きないか心配だとか、また差を広げられそうだとか、今はどうしているのだろうとか、この話ばかりをしている状態なのだ。

 それで5人とマノハラ伯にお願いがある。申し訳ないがエンリコもここに置いて、5人と一緒に面倒をみてくれないだろうか。リリア殿やアンフィーサ殿もエンリコを一緒に迷宮ダンジョンへ連れて行ってやってくれないだろうか。女性ばかりのところ大変に申し訳ないのだが」


 ……おい待て国王陛下! 何だその提案は! てっきり安全を保証の上連れて帰るという提案かと思ったらそういう方向性かよ!


 あまりに意外な提案だったので思わず思考停止しそうになったが、一応提案内容についてメリットを考えてみる。勿論拒否は出来ないのだが一応という事で。


 まずエンリコ殿下が加わるという事は、敵はもう迷宮ダンジョン等であの時のような細工をする訳にはいかない。パーティを攻撃したら殿下も道連れになる可能性があるからだ。

 そして無論殿下1人が此処に残る訳ではない。実際は目に見える、見えないは別として護衛がかなりの数此処に残るだろうし、此処で動く事だろう。


 つまり私達の安全も同時に保証される。迷宮ダンジョン攻略も出来るしその他の事も出来る。しかも殿下、結構強い。元々このパーティである程度鍛えたし、剣術も攻撃魔法もかなり使える。私達と違い肉体的な防護力もあるからかなり安定しているし。あ、これってメリットばかりのような……


 勿論デメリットもある。国王陛下やエンリコ殿下とさらに親密になってしまうのはまあ置いておこう。あとは……あ、せいぜいお風呂の時間が短くなるくらいか。殿下がいるから。他にはデメリットはあまり無さそうだ。


 勿論マノハラ伯はこの申し出を断るまい。マノハラ伯としてもメリットがあるのだ。貴族としてのステータス上のメリットが。

 という事は……


「畏まりました。このような場所で宜しければ、どうぞ御滞在下さい」

 案の定マノハラ伯、あっさり。


「それでリリア殿や皆さんはどうかな」


「エンリコ殿下が一緒でしたら迷宮ダンジョンでも安心できますわ。元々かなりお強いですから」


 仕方ない!

「リリア様と同意見です。こちらこそ宜しくお願い致します」


 以降皆さんの返答が入るが(心の中の)涙で私には聞こえない。ああ、まさかこんな事になるとは……

 何でこうなった! 責任者出てこい! そう怒鳴り散らしたい。この場合の責任者とは私を消す陰謀を企んだ奴の事だ。勿論本人は貴族生命に関わるから出てくる事は無いだろうけれど、それでも。

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