第28話 まずはおかずと汁から

 私の家での立場は決していい方ではない。それでも侯爵令嬢にふさわしい活動が出来る程度の小遣いは与えられている。何気に伯爵令嬢のリリアより少なかったりするけれどそこですねてはいけない。その辺は親から愛されている子と愛されていない子の違いだ。


 さて、悲しい現状分析はともかくとしてお買い物。

 蕎麦そのものに必要なのは蕎麦粉とつなぎ用小麦粉と打ち粉用ジャガイモ澱粉。あと汁に必要なのが醤油、酒、みりん、あと出汁になるもの各種。このうちみりんはこの国にはない。その辺はこの国にもある麦製の濁酒を濾して熱を通して糖分を加えて誤魔化すことにする。


 糖分は高価な蜂蜜とやはり高価な砂糖、安価な麦芽糖(水飴)がある。とりあえず砂糖と水飴の双方を購入。出汁が出そうなモノは乾燥キノコ類や魚の干物、流石に昆布はなかったがクズ野菜の煮汁でどうにかなるだろうか。


 あとは天ぷらの種も重要だ。まずは野菜類と生キノコ。本当はエビも欲しかったが流石にこの山中の町にはなかった。代わりに鶏天で我慢しよう。この国で鶏とはウズラか鴨だけれども今回は鴨で。

 ついでに出汁用に鴨肉のガラ部分も購入。邪道だと言われてもいい。どうせこの世界には私以外そばつゆについて知っている奴などいないのだ。まあひょっとしたら転生者がいるかもしれない。でもそんな希少な可能性はとりあえず無視で。


 帰ると同時にワレリーさんに訳を話してキッチンを借りる。ちなみに夕食はワレリーさん達の分まで私達が作るという条件でだ。


「でも御嬢様方に私達の分まで作らせるなんて、本日いらっしゃる旦那様に知られたら何と言われる事か」


「大丈夫ですわ。私の方で説明いたします。父も私の性格の事はよく知っていますから問題はありません」


 ワレリーさんが確かにそうだろうなあという表情をしたのを私は見逃さなかった。つまりこういった事は少なくともはじめてでは無い模様。


 さて、最初に作るべきは蕎麦汁そばつゆだ。パスタの方の蕎麦はおっさん経験済みなので何とかなる自信がある。でもこの材料で蕎麦汁そばつゆをどう仕上げられるかはちょっと自信がない。

 そんな訳でまずは出汁ベースの配分を決める為、購入した出汁候補と水とを入れたカップを並べて魔法で温度上昇、温度下降を繰り返してどんな出汁が出るかの研究だ。

 一方それ以外の作業はそれぞれ皆さんに指示してやって貰う。まずは時間がかかりそうな天ぷら作業からだ。揚げてすぐ自在袋に入れれば、自在袋の中は時間経過がないから揚げたてのまま保存できる。

 

「リュネットはまず野菜を洗ってカットして下さいな。厚さがだいたい半指5ミリ以下になるよう薄く広く切って下さいね。葉っぱものも含め、広い方の面積が手のひらの半分に近くなるように。ナージャはリュネットの手伝いをお願いしますわ」


「ナタリアは鶏肉の方をお願いしますわ。叩いて平らにした後、1枚が8つになるように切って下さい。リリアは醤油をそこのスプーンで3杯、酒を同じくスプーン5杯、水飴を小さいスプーン半分入れて混ぜた後、ナタリアが切ったお肉をよくからめてやって下さいね」


 そんな指示を飛ばしながら私は出汁候補から出汁を抽出して味を確認する。うむ、案外トマトは使える。煮るより魔法で一度乾燥して粉末化してから使った方が良さそうだ。酸味が出るから少し押さえてと。鶏ガラは独特の塩味が出るけれど出汁としては悪くない。干物を粉末にしたものも加えて、キノコはこの種類不明の平たいのを乾燥した奴を粉末化して加えてと……


「お肉が出来たらどうしましょうか」

「ありがとうございます。それではナタリアは卵を4個、割ってボウルに入れて、水をそこのコップに4杯入れて、魔法で凍らない程度に冷やしながらよくかき混ぜて下さいな。リリアは小麦粉を準備して。そこのコップに11杯分ですわ」


 魔法でフリーズドライ化した出汁の元を鍋に入れ、魔法で圧力をかけながら温度を上げ、そして圧力を抜いて下げてをガンガン繰り返す。これで時短しながら出汁も出てくるだろう。多少の雑味は勘弁してくれ。そう思いつつ出汁抽出作業を続ける。


「卵と水が混ざったらどうすればいいでしょうか」

「リリアが用意した小麦粉を入れて、その棒で叩くようにして混ぜて下さいな。かき混ぜたりすると味が変わるから、あくまで叩くように。少しくらい混ざりが悪くてもかき混ぜるよりはいいです。これも冷やしつつお願いしますわ」


「野菜もほぼ切り終わったよ」

「それではそこの中くらいの分厚い鍋に油を用意して下さい。えごま油ではなくて菜種油の方です。深さはその鍋の6割くらいでお願いしますわ」


 自分で出汁作業をしながら天ぷら作業の指示をするので結構忙しい。なお天ぷらについての分量は大雑把な勘で指示している。流石にレシピの細かい分量なんて覚えていられない。だから大体だ。それでも天ぷらくらいは何とかなるだろう。


 一方で抽出しただし汁を冷やして味を確認。うん、基本と少し違う気もするが悪くない。あとはこれに醤油とみりん。みりんはないから酒と砂糖で代用品を作ってと……


 魔法をガンガンと使い、ようやくそれらしい味の蕎麦汁そばつゆが出来た。一方で天ぷらも続々あがっては自在袋へと仕舞われていく。天ぷらの衣もガンガン指示をだしたおかげか良い感じでさくっとできているようだ。


「カツなんかは油で揚げているのにゃが、この揚げ方と料理はちょっと見た事がないにゃ」

「そうだよね。私は料理をした事がないけれど、他のところでもこういう揚げ物は見た事が無い気がするよ」

「私もですわ」


 皆さんそんな事を言いながら揚げている。ここはひとつ確認してもらった方がいいだろう。ちょうど蕎麦汁そばつゆが出来たので、これをちょい薄めて天ぷら用のつゆがわりにしてと。


「次にその青い葉っぱを揚げたら、この汁にさっとくぐらせて食べてみてくださいな。どんなものかわかりますから。ただし火傷はしないで下さいね」

 知らない人にとって葉物のてんぷらは予想と味が大分変る筈だ。だからここで感想を是非聞いてみたい。あと私が魔法をガンガン使ってやっとこさ作ったこのつゆの味の感想もついでに。

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