第27話 食べる事もまた娯楽

 第3階層でアークコボルトを含む5頭を一気に倒した後。ナージャがナップサックから手のひらサイズの紙袋を取り出し、全員に配る。


「おやつだにゃ。まずは甘い方からお試しにゃ。直接触ると手が汚れるから、袋を握って動かしながら中のナッツを口に運ぶのにゃ。噛み砕いて食べるのがお勧めにゃ」


 これがさっき買ったドングリかな。そう思いながら袋を開け、ナージャが言った通りの方法で口へと運ぶ。おっとこれは美味しい。ピーナッツに飴をコーティングしたような感じだ。それよりもう少し甘みに深さがあるし、ナッツも栗にやや近い感じがするけれど。


「美味しいですわ。これがさっき買ったドングリなのでしょうか」


 ナージャはうんうんと頷く。

「これがハニーナッツなのにゃ。ドングリの殻を割って中身を取り出した後、加熱して蜂蜜を塗って乾かしたものなのにゃ」


「ドングリもこんなに美味しいのですね。自分の領内なのに知りませんでしたわ」


「私もです。ドングリを食べた事もあるのですが、こういう食べ方もあるとは」


「ドングリにも微妙に種類があるし、加工の仕方で味もかなり変わるのだにゃ。場所によっては渋いドングリを加熱したり水や酒に漬けたりして渋抜きをして独特の味に仕上げたりもするにゃ」


 うーむ、ただ加熱して蜂蜜をコーティングするだけではないのか。ドングリといえどなかなか奥深い食べ物なのだな、きっと。


 ポリポリ食べながら迷宮ダンジョンを行く。このドングリを食べる前の戦いでほぼ大きな魔力反応は倒したから、この階層の残りは雑魚ばかりだ。

「ナージャ、申し訳ないけれど次は頼みますわ。次の次は私がやりますから」


「わかったにゃ」

 既にナージャもある程度の魔力探知が出来る。だから次の角の手前にいるケイブバット2匹はもう確認済だろう。次のアシッドスライムは毒があるから私が倒してと。


 そんな感じで機械的に割り振りつつ魔物を倒して、いよいよ第4階層へと続く階段へと到着した。ただ結構時間はかかっている気がする。ここまでレベルアップ目的にとにかく敵を潰しまくっているから。


「どうしましょうか。そろそろ一度戻ったほうがいいかとも思いますけれど」

 迷宮ダンジョンの中では時間がわからない。懐中時計なんて超高級品はもっていないし、時間を告げる鐘が鳴る訳でもないから。だから出来れば一度戻って時間を確認したいところでもある。


「そうですね。一度戻って食事に致しましょうか」

「うーん、もう少し勢いで行きたい気分もするにゃ」

「でも戻った方が無難だよね。今の時間もわからないし」

「そうですね」

 多数決で一度戻る事に。


「それでは戻りましょう。次も最短経路でくればここまで半時間30分もかからずに来る事が出来る筈ですし」


「仕方ないにゃ」

 

 殲滅する勢いで魔物を倒してきたから帰りはスムーズだ。最低でも復活するまでに3時間はかかるだろう。そして階層移動の階段の場所は魔力探知でわかっている。

 そんな訳で帰りはごくごくスムーズだ。半時間30分どころか5半時間12分程度であっさりと受付へ到着。


「とりあえず一度ここで休憩します。討伐はこれだけで、低階層だったので素材等はありません。あと小会議室を一部屋、お借りしたいのですけれど」

 今回はリュネットが受付でお願いする。


「わかりました。それでは会議室にご案内致します。あと討伐実績はこれから計算しますから会議室の方でお待ち下さい」

 何せ殲滅作業に近い戦い方をしたから魔石の数は山ほどある。時間がかかるのは仕方ないだろう。どうせ昼食を食べるから少しくらい待っても問題ない。


「あと今の時間はどれくらいですか」

 会議室へ行く途中でリュネットが尋ねる。


「もうすぐ12の鐘がなり始める頃です」

 ちょうどお昼だったようだ。


 小会議室でテーブルを囲み、自在袋に入れていた弁当を取り出す。今回もなかなか豪華だ。 

 メインはかつサンド。多分これもあの銘柄オークなのだろう。分厚くていかにも美味しそうだ。更にポテトサラダのサンドイッチとか夏野菜とチーズのサンドイッチも入っている。

 あとドリンクは牛乳だろうか。ちょっと粘度があるような気がするけれど。


「これも美味しそうですわ」

「ではいただきましょう」

 昼食開始。


「うん、このカツが分厚くていい味なのにゃ」


 確かにこれは食べ応えがある。肉もやっぱり旨みが強い。

「このカツのソースも美味しいですわ。甘酸っぱくてよくあいます」


「これも特産オークですけれど、どうしてもお弁当は似た感じになりますね。クーザニ迷宮ダンジョンでアンに持ってきていただいたものと似た感じになってしまいましたわ」

 確かにその辺はオルネットが作る弁当と同じパターンだよな。豪華で持ち運ぶ弁当となるとこの辺ではサンドイッチが定番になってしまう。


「でも味は全く違う方向で美味しいよね。あとこの白い飲み物、牛乳じゃないんだ。ちょっととろっとして酸っぱくて甘くて美味しい」


「それはヨーグルトですわ。チーズと似たような作り方で作りますの」


 なるほど、確かに美味しいな。でも毎日サンドイッチだと飽きるかな。そう思ったところで私は思い出した。そう言えば最初の日、そば粉のガレットを出してくれたよな。ならアレもあるかもしれない。無くても作るのは出来そうだ。


 なお作るのは勿論蕎麦である。おっさん時代には蕎麦打ちも経験済みだ。汁がうまく出来るかはわからない。でも醤油に似たものは存在している。キノコ類もあるだろう。鰹節はないけれど魚の干物である程度代用は出来るだろうか。

 想像しているうちに食べたくなってきた。


「そう言えば最初のお昼に蕎麦のガレットを頂きましたね。蕎麦粉も先程の商店街で購入できるのでしょうか?」

 善は急げと聞いてみる。


「ええ、一般に売っていますわ。でもガレットとか、あとはお湯で練って食べるくらいしか致しませんけれども」

 つまり蕎麦はないという事か。よしよし。


「ならここを出た後でお買い物をしてみて宜しいでしょうか。実は昔本で読んだ食べ物で、蕎麦で作るものがありますの。是非それを作って食べて見たいと思いまして」

 うまくいけば天ぷら蕎麦なんてのも食べられる。これは是非試してみたい。


「どんな食べ物ですの?」


 リリアに尋ねられた。説明しようと思ってちょっと戸惑う。そう言えばこの国で麺類を見た事がない。これは実際に作って見せないと難しいだろう。

「それは作る過程でのお楽しみですわ。材料もそこそこ必要ですし」


「楽しみなのだにゃ。にゃんならこれからすぐ作ってみたいのにゃ」

「そうですわね。迷宮ダンジョンよりも何か楽しみになってきましたわ」

 おっと、そうなったか。

 でもそうと決まれば善は急げだ。


「なら午後は迷宮ダンジョンではなく料理の試作をしてみましょうか。買い出しして、別荘へ戻って」

「楽しそうですね」


 全員の意見がそうなってしまった。そして何より私、正確には私の中のおっさんが天ぷら蕎麦を食べたい気分になっている。

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