第2話 攻略開始
女中のオルネットもいるし、アンフィーサ自身の記憶もある。だから無難に着替えまでこなす。
「本日から学園も高等部の授業ですわね。お父様のご命令通りエンリコ王子と仲良くなさるのですよ」
その台詞で今の時間設定がゲーム開始時だなと俺は気づく。このゲーム『プリンセス・リュミエール』のゲーム開始はリュネットがこのカーワモト王立学園高等部に入学し、最初の授業の前に登校するところだ。そこで出会った第二王子と会話をするかどうか選ぶのがゲーム最初の選択肢である。
もちろん悪役令嬢たるアンフィーサの行動はそこまで描かれていない。だから俺は普通に寮から学園の校舎へと登校すればいい。
そう言えば一人称、頭の中では俺を使っているが、以降は出来るだけ私にしておいた方がいいだろう。何かのはずみで俺と言ってしまうとまずい。何せここは貴族様と上級商人様の子弟が通うハイクラスの学校なのだ。その辺注意した方がいい。
「アンフィーサ様、おはようございます」
中等部の頃からの顔見知りの女子生徒が俺、いや私に挨拶をする。
「おはようございます、ユーリア様」
面倒だが初日から態度を変えて問題があってはいけない。ここは無難で通すべきだろう。だがユーリアは一瞬怪訝そうな顔をした。
「あれユーリア様、どうなさいました」
「い、いえ、何でもございません」
あ、そうか。私は気づいた。
元々のアンフィーサは育ちのせいかかなり屈折していて、自分より目下の相手には挨拶すらしないんだった。そういう描写がもう少しゲームを進めた先にある。
だがここはあえて今の感じで通すべきだろう。私がやるべきは悪役令嬢を演じ来る事ではない。自立出来る能力を身につけてこの環境から逃げ出す事だ。その為には味方は多いほどいい。
だからここはもう少し押しておこう。
「あと様付けはしなくていいですわ。ここ学園の中では外の身分は一切関係ない。そう入学式で国王陛下も仰っていましたし」
「……わかりました。それではどうお呼びすれば宜しいでしょうか?」
「単にアンフィーサ、またはアンで結構ですわ。私もユーリアとお呼びしますから」
あ、明らかに怪訝な顔をしている。こいつ頭でも打って気が狂ったか、そういう感じだ。ここはもう少し説明というか押しが必要だろう。
「春休み中にすこし考えを改めたのですわ。今までの私は色々な方に対して失礼でしたし狭量でした。ユーリアにも何度も失礼な態度をとってしまいましたわ。本当に申し訳ありませんでした」
立ち止まって頭を下げさせて貰う。
「アンフィーサ様、ここでそのような事を……」
おっとユーリア、慌てているな。その様子がなかなか可愛らしくて宜しい。ここでもう一押しというか駄目押しをさせて貰おう。
「様はいらないと言ったはずですわ。アン、でお願い致します」
あざといかもしれないがここでにっこりと笑顔をつけるのを忘れてはいけない。
「あと口調も生徒同士ですからもっと気楽でいいですわ。まだ慣れないので練習中ですが、よろしくお願いします、ユーリア」
これでどうだ! 笑顔を保ちながら私はユーリアを観察する。今までツンツンだった美少女の笑顔なのだ。これは女子相手だって効果がある筈。
「アンフィーサさ、いえ、アンフィーサがそう仰るのでしたら……」
よし、もうひとつ駄目押し!
「アン、で結構ですわ。それでは教室に行きましょうか、ユーリア」
「は、はい、そうですね」
ユーリア、顔を赤らめてついてくる。よし成功だ。これでユーリアは堕ちた。この表情と反応は間違いない。
乙女ゲーはあまり経験なくとも美少女ゲームはかつて極めた。それこそマスターの名にふさわしい程に。唯一の不安は現実女子を攻略した経験が無いことだがここは元々ゲームの世界。だからきっと大丈夫な筈だ。そうに決まっている。
おっと、次の獲物発見だ。しかも此処はゲームでも存在したシーン。立場と視点は違うけれど。ここは間違わずに攻略させて貰おう。彼女は有用だし可愛いから。
「おはようございます。リュネットさん」
男爵家令嬢にしてゲームの主人公、リュネットだ。
ちなみにここのシーンはゲームだと、
① このシーンの前にエンリコ王子と会話した事をリュネットが空想中。
だからアンフィーサが近づいた事に気づかない。
② 向こうからの挨拶が無い事に腹を立てたアンフィーサが、わざとリュネットの足を踏む。
③ リュネット、慌ててアンフィーサに挨拶。
④ 「あら、そんな処にいたのですか。挨拶も無いので気づきませんでしたわ」
そう言ってアンフィーサが立ち去る。
という感じで進行する。
なので最初からあえて違う行動をしてみたのだ。
さてリュネットはどう出るか?
「お、おはようございます。アンフィーサ様」
おっと、この辺の台詞は原作と変わらない。これではいけない。修正が必要だ。
「同じ学園の生徒ですから様はいらないですわ。これからはアンと呼んで下さいね」
勿論ここでにこっとした笑顔をを忘れない。
「え、えええっと……、それで宜しいのでしょうか」
おっと、こういう場に慣れていないから大分とまどっているようだ。なかなかうい反応で私の中のおっさんが喜びまくっている。
「勿論です。同じ生徒ですから。これから宜しくお願いしますわ、リュネットさん」
「わかりました。アンフィーサ様」
「様はいらないですわ。出来ればアンとお呼び下さいまし。私もリュネットと呼ばせていただきますから。リュネットさんがよろしければ」
この辺の手管はユーリアと同じだ。いや、可愛い子相手だと楽しいよなこれは。王子なんてのよりこういった女の子相手の方がよっぽどいい。かと言って夜のナニまでするような攻略をするわけにもいかないけれど。少なくとも今は。
「は、はい。勿論構いません、アン……さ」
「様はいらないですわ、リュネット。それではまた」
よし、この辺でいいだろう。リュネットは別の学園からの転入生でここの空気には慣れていない筈。だからあまり押すのも可哀想だ。
「今の方、リュネットさんという方はどなたなのでしょうか?」
ユーリアが私に尋ねる。
確かにユーリアは知らないだろうな。貴族は自分より上級の貴族は失礼が無いように必死になっておぼえるけれど、目下の存在はそう本気になっておぼえないから。
「タクボ男爵家のご令嬢ですわ。以前はハマーダの学園にいらしたのですが、魔法の成績が優秀な事から高等部でこちらに編入なさったと聞いています」
「よくご存じですわね」
「魔法の成績が優秀だと聞いて、授業でご一緒する事を楽しみにしていたのですわ」
とりあえずゲームなら最初の選択肢はベストルートを選択できたかな。そう思いながら私は教室を目指す。
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