8 幽体離脱してる時に自分が動き出した場合、どうすればいい?

‥‥


「ちっ、うぜってえ‥邪魔が入ったな魔王。今度こそ決着をッ」


「‥。」


最初に聞こえてきたのは、俺をこれでもかと痛ぶったへそ出し紫野郎の声だった。なんだこれ‥映像‥?俺がいる。真っ黒で、血だらけで、首が変な方向に曲がってて‥正直めっちゃグロい。


扉を開けて奥に広がる景色を眺める。青くて真っ白で真っ赤で‥何とも言い表せない空間。なんだか下手くそに見えんのに評価される絵みたいだってそう思った。その中心に映画館のスクリーンみたいなのがあって、空から撮ったような視点で、倒れた俺と骸骨さん、そして電気へそ出し紫野郎と、その他ファンタジーズがスクリーンに映し出されている。


この異様な光景に俺は考えた。

たぶん死んだ。もしくは、死ぬ直前で幽体離脱してるとか。きっとそうだ。間違いない。まあ、あの苦しみ‥電気ビリビリショック&みぞおち脳天殴りを永遠に味わうよりはマシだっただろう。はあ、やっと解放された。

骸骨さんは‥結局逃げられなかったか‥。囮俺だしな。無理だよやっぱ‥。助けたかったな‥。


次生まれ変わったら、もうちょいましなもんになりてーな‥。


「あ、‥が、が‥」


そんな事を呑気に考えていると、映像のグロい俺が少しずつ動き出して俺は悲鳴をあげる。軽くホラーだ。


「っ、‥なんだ‥?」


へそ出し紫が驚いたようにグロい俺に視線を戻す。いやほんと、なに?!なんで動いてんの俺。だって俺、ここにいるじゃん!ここに、ちゃんと‥


「っ、あれ‥」


ふと、辺りの、あるものが目に入る。

トカゲ‥の絵?

スクリーンのすぐ左下。見覚えのあるトカゲの絵。子どものラクガキのように歪でぐにゃりと線が曲がっているが、確かにそれだと分かった。

あれは政府から支給されたAIドールだ。昔からずっと一生だったぬいぐるみ。忘れるわけがない。

トカゲのぬいぐるみだけじゃない。父さんと撮った唯一の家族写真。お金を持って怒ったような表情の母さん。笑い合う幼馴染三人。他にもカツアゲしてきた不良や、父さんと手を繋ぐ少年‥。様々なものが、スクリーンを取り囲むようにラクガキされている。


ドキリと心臓が嫌な音を立てた。この場所は一体‥なんなんだよっ。


「ーーー″ああああああ痛いいいい!?苦しいいい!?あ゛あああ!?あ゛ぁ、あぁ!?しにたくねえよおおおおお!?」


刹那、俺の悲鳴が空間にこだまして、

爆音に耳を塞ぎながらも、俺はスクリーンに視線を戻し、その光景に驚愕する。


「な、こいつまだ生きてッ、」

「ひっ‥な、なんであの状態で動いているのにゃ‥っ」


「全身焼け焦げているし、首もあの角度なら折れているはずだ‥それでも立ち上がるというのか‥とてつもない精神力と肉体だ。あれがこの世界での人間という種族の特徴なのか‥?」


青髪の勇者と呼ばれた男が、冷静にスクリーンの俺の状態を解説する。

っ馬鹿、んなわけねえだろ。


『違いますっ、あんな‥あんなものはっ‥』


化け物だよーー。あんなの。


「だ、だから、さ、さ‥だ、だからぁ‥






‥誰かぁくれよーーー。」


真っ黒に焼き爛れた皮膚。ぐにゃぐにゃと、関節を無くした手足。あらぬ方向に曲がった首の俺がにっこりと微笑んだ。


「っ!?ーーー」


スクリーンの自分の姿を受け止められず耳を塞ぎ震えていると、ふわりと右隣から風を感じて、俺は恐る恐る視線を向ける。


「っ、」


俺は思わずひっと、声があげた。これはきっと夢だ。五歳ぐらいの‥幼い俺が、俺を見て笑ってるんだから。

幼い俺が急に駆け出して、すかさず地面にあった絵の具と筆を持ち、その部屋の壁という壁に落書きし始める。


ビリビリと電気マークと共に描かれた紫髪の男。


あれは‥へそ出し紫野郎だよな‥?


完成したのか少し間を置いて、動きを止める幼い俺。

ーー痛くする人、嫌い‥。

何かをぼそりと呟いた後、幼い俺が手をかざすと、そこに真っ黒なバケツが現れる。俺が驚くのも束の間、彼はその中身を先ほど描いたラクガキにぶっかけた。


「ッ!?ぐ、



うががあああっ!?!?ーーー」


途端にスクリーン内から鳴り響く悲鳴。

ーーエスター。紫色の男。そう、こんなふうに、ぐちゃぐちゃ。俺が切り刻んだトカゲのぬいぐるみも、お父さんの写真も!


「なっ!?エスター!?!?」


俺はわけがわからなかった。スクリーンの中、苦しみながら身悶える紫髪の姿。青髪の男が心配そうに彼に駆け寄った。その姿はついさっきスクリーンに映し出された俺と同じく、真っ黒に焼け爛れてゆく。そして反対に、俺のグロイ姿が、おかしな事に正常に戻っているのだ。


黒い絵の具だろう。それが入ったバケツを壁という壁にぶちまける幼い俺。次第に、少年の姿も飛び散った絵の具で黒く染まっていく。

ーーお父さんの顔の横に並ぶあいつも、俺を見捨てた幼馴染達も、


『ッ!?アレク下がって!!これは‥想定外ですッ、く!?』


スクリーンの声が頭に入ってこない。

俺はただ、真っ黒な少年の顔を見つめていた。

ーーいろんな色を混ぜて混ぜて混ぜて

そしたら、最後は黒く一つになるんだから。

そしたらさ、そしたらね‥

もう、俺のこと憎くないでしょ?嫌わないでしょ?


『転移しますッ』


ーーだからね‥分かってくれるよね?俺の苦しみも‥恐怖も‥痛みも‥我慢してきたこと全部、全部‥代わりに抱えてくれるよね‥?一緒だもんね‥一緒じゃなきゃダメなんだからッーーー


真っ黒に色づけられた壁に幼い俺は笑みを浮かべる。俺はその表情にぞくりと鳥肌が立った。これ以上ないぐらい満足して幸福な‥俺がずっと思い浮かべて夢見ていた、


そんな表情だったからーー。

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