6 添い寝をするなら美女がいい。

できれば白目を剥いて気絶してしまいたい。

そう思えば思うほど、神経が冴えわたる現象。俺の頭に触れる大きな手にいつ叩き潰されるのかとビクビク震える。巨大な骸骨の化け物が目の前にいるなんて、いったいどんなマジックを使ったのか。つか、これ‥よく見たら‥添い寝状態じゃね?骸骨さんも地面に仲良く転がってる気がするんだが。え、やだ。もしかしてぶっ飛んできたの?さっきの攻撃の衝撃で?‥俺‥よく無事だったな‥いや、もう魂刈り取られる寸前だけどね!?


ズシリともう一つの骨ぼねしい腕が俺に伸びてきて、ついにその時がきたのだと、俺はぎゅっと目を閉じた。


刹那頭の中でまた、キーーンと、音がして、俺は同時にきた頭痛に目を細める。なんだまたッ。いってえし、気持ち悪い‥頭の中が組み替えられていくような感覚。視界が狭まる中、骸骨の背後で何かが輝いた。


『うぐッ、!?!?』


「!!」


骸骨の背後。光った空から現れた矢のようなものを、骸骨が間一髪で受け止める。

あれは‥さっき魔法陣から出たやつ‥同じ攻撃か‥?いや、でも少し威力が小さい気が‥


『ナゼダ!マダ ジカン ガ カカルハズッ!コンナニモ ハヤク マリョクカイフク シタトイウノカ!!』


骸骨さんの脳みそに直接響くようなダミ声が辺りに響き渡る。

急にデカくなったその声に俺は失神しそうになるのを必死で堪えていた。やめてほんと、急に大声出されるとびっくりするからね?ね?


『ッ?!、イヤ、チガウ‥。ソウカ‥オマエガ‥コノセカイノカミモ、ダマッテハイナイヨウダナ』


「っ‥?」


くるりとまたこちらを向いた骸骨さんが、掴んでいた巨大な矢を拳で粉砕して、また俺の頭に触れる。ひいい‥なんなんだよぅ。めっちゃ怖えって‥。

カタコトだけど、しっかりと言葉を話す化け物。頼むからやるなら早くやってくれ!怖すぎるんだよもう、精神おかしくなるわ!意味わかんねえ言葉で喋りやがって!どこの国の言葉か知らねえけど、神とか世界の理とか、わけ、わか、らん‥あれ?


なんで俺‥言葉の意味、理解できてんだ‥?

違和感だらけ。いや、もう考えるのはよそう。


『スマナイ‥オマエタチノ、セカイニカンショウシテ、タクサンノ、イノチヲ』


先ほどと違って優しい声。まるで俺たち人間を本気で心配してるような。

大きなゴツゴツした腕でわさわさと頭を撫でられて、なんだかむずがゆい。ふと、頭をよぎる場違いな考え。

頭を撫でられたのなんて何年ぶりだろうか‥?こんな風に、触れられたことだって。


ランク付けされたあの日から‥母さんは俺を避けるようになった。生活に必要なお金は毎月、机の上に置かれるようになって、初めてした自炊は水みたいな味の味噌汁だった。すげえ苛ついたし、胸が痛くなったけど、毎夜父さんの写真を持って泣いている母さんを見て、俺は何も言えなかった。


3年ぐらい経って、帰宅途中にふと父さんを見かけた。帰ってきたんだと無意識に期待して期待して、それで。

父さんが誰かの頭を撫でる。俺と同い年ぐらいの少年だった。


母さんが養子の資料を漁ってたのは知っている。ただ俺がいるからお金がなくて、引き取りの対象になれなかったみたいだった。だからだろう。母さんは働き始めて、ほとんど家に帰ってこなくなった。たまにすれ違う時もあったけど、母さんはもともといいとこ育ちの娘だ。父さんとの結婚を半ば駆け落ちのような形で成立させたらしく、家族とも縁が切れているようなもので、何事も父さん頼りの人だった。父さんと離婚した後は、ばあちゃん達が心配してせめて一人娘の生活費ぐらいはと、毎月振り込んでくれていたようだけど、養子縁組する為にはそんなお金だけじゃ足りない。働いたことなんてないのに、無理をするから、いつも痩せこけて、疲れきった表情をしていた。まだ年齢が足りなくて働けなかった俺も、学校から帰宅すると部屋の前に置かれた内職の箱を見て察する。コツコツとただ作業を繰り返して母の手伝いをした。母の口座に振り込まれた俺の内職代はどのくらい足しになったのかは分からない。ただ、悪気はない、父さんに帰ってきてもらうためだってそう久々に俺に笑って話してくれたのを思い出した。


でもさ、母さん、俺の代わりなんていくらでもいるんだよ。すぐに見つけられる。父さんはああ見えてお金はたんまり持ってる人だっただろ?もう、代わりは見つかったみたいだ。俺の代わり。


‥どうして俺は幸せだけを持ってかれて苦しみだけを背負わされないといけないんだろう。代わりなんだったら‥この苦しみ事代わってくれたらいいのに‥。


あの日の俺は、仲良く歩く2人の背中を見つめて


血が滲むぐらいに、拳を握りしめていたーーー。


我慢すればいい。この世界は我慢しなきゃいけないようにできてた。俺だけじゃない、底辺ランクになった他の奴らもきっとそうだ。大好きな友人や両親と関わりたくても、助けてほしくても、怒りも悲しみも、たとえ死の恐怖だって全部。我慢して、そしたらきっとどうでもよくなる。俺は誰にも傷つけられない。傷つかない。ほら解決。


嫌な記憶が脳裏に浮かんで、俺は深く息を吐く。見上げた先にいた怪物のは、記憶の中のどんなやつよりも優しく見えて、

ふと、何を思ったのか俺は、俺の頭を撫でまくるその大きな手に、そっと触れてみることにした。


『!‥』


びくりと反応した怪物。動きを止めて、俺が触れるのをじっと見つめている。

固え‥。人間の頭なんて一握りなのに。おかしな奴。


「‥ころさ、ない‥?」


俺はそっと口を開けて、化け物に問いかけてみた。世界初、化け物、いや、宇宙人との交信?こういう時に限って、変なテンションになっちゃうよね。やべえ殺されたらどうしよう。でもなんかさ、こいつは‥大丈夫な気がするんだよな‥。


『ッ、ソンナコトハシナイ ダガ イカイノコヨ マタスグニ ヤツラガ コウゲキシテクルダロウ ドウニカシテ トメナケレバ コノセカイガ ホウカイシテシマウ ダガ マソガナイ コノセカイデハ ワレハ ナススベガナイ スマナイ スマナイ』


なんか良いやつのオーラ醸し出してるつうか。この世界の人間らよりずっと好感持てるわ。

世界の崩壊ね‥止めなければって‥。骸骨さんヒーローか何かなのか?その見た目で反則だろ。文化の違いなのか知らねえけど、100人中100人が勘違いしちゃうでしょうが。

まあでも、残念だが、俺に伝えたところでどうにもならない問題だな。俺はこの世界の代表でもないし、むしろ蔑まされる底辺野郎。同じ人間同士にも意味なく嫌われ捨てられる。ただ、骸骨さんがぶっ飛ばされた先にいただけのゴミクズみたいな存在なんだよ。自分で言ってて泣けてくるわ!


「ご、め‥おれ‥なに、も‥でき、な‥」


『ッ!キヅイテイナイノカ‥?』


「‥?」


骸骨さんが、飛び出そうな目玉をぎょろりと見開いて、慌てた声でそう告げる。意味深な言葉。脳裏に浮かぶ、タケちゃんのあの異様な力。いや‥そんなわけない‥。俺は何も変わらなかったじゃないか。この怪我がその証拠だ。足手まといで、何もできないDランクの出来損ない。


『オマエ ニハッ ッ!?、、クルッ!!』


「ッ!?」




光ーー。

骸骨さんが何か言いかけたところで、目を開けられないほどの眩しい光が俺たちを照らす。刹那ふわりと体が浮いて、俺はいつの間にか骸骨さんの肩に抱かれていた。俺らがいたであろう場所に目を向けると、大きく空いた穴と、稲妻のような雷光の痕跡。え、これって‥攻撃されたのか?ってことは、助けてくれたのかよ‥え、イケメン。ちゅきになっちゃう‥トゥンク


『ッブジカ‥!?』


「ッ!、う、んっ!」


心なしか、ど低いダミ声もイケボに聞こえてきた。ドクロ王子って呼んでいいっすか?


「へえ、今の攻撃、よく、耐えたな。さすが魔王。まあ、でもそろそろ、かな?お前の仲間の元へ送ってやるよ!」


よく通る声が舞い上がる砂埃の中から聞こえてくる。

煙中から現れた人影にゾッとした。

目立つ髪色。そしてアニメや漫画の中でしか見たことのないような服装。

こ、コスプレ集団‥?いや、それにしては異様つか、本物っぽいっていうか‥。ってかいま魔王って言った?

俺はガタガタと骸骨さんの肩で震えていると、ドスンっと嫌な音がして、骸骨さんの足元に何かが投げられた。




な、に、か‥いっぱい‥


これって、な、なななな生首、‥?!


「ッ!?!?ゔッ」


俺は気持ち悪くなって、急いで口を抑える。

ツノが生えてたり、人間の顔じゃなかったりするけど、でも髪の毛とか、目とか鼻とかっ、ほとんど違いがない。だから余計に気分が悪い。

いやいやいや、生首って何時代だよ!?流行り遅れすぎて引くからほんと!?


「エスター、油断するな。この一撃で決めるぞ。」


「はいよ、勇者様はお堅いねえ、ま、そういうとこが気に入ってんだけどな!おらあ!いくぞ!」


「エスターうるさいです!集中してください!」


「あれれ〜?人の子?人質にされちゃってるけど、大丈夫にゃ?」


「なに‥?!」


『構いません。あれはこちらの世界の人族と同じ外見をしておりますが、その中身は争いや犯罪の絶えぬ残虐で非道な異界人の人間と呼ばれる種です。わたくしたちの世界とは関係ありません。勇者アレクよ、迷いは必要ありません。』


「女神イリス‥そうか。なら、遠慮はしない。俺は争いや犯罪‥その全てを終わらせるのだからな、‥俺はもう迷わないッ。いくぞ、エクスカリバー!!」


次々と現れる人‥人‥人‥?いや、

なんだよ、これ。見た目はカラフルだけど俺たちと同じ‥でも‥異様。この世界のものじゃない。そんな気持ち悪さが襲う。エスターと呼ばれている身軽そうな紫髪のへそだし男に、聖職者系金髪美女。茶髪の猫耳少女‥そして極めつけは青髪のやばそうな剣持ったこのイケメン野郎‥微かに勇者って聞こえた気が‥いや、そんなことどうでもいい。

青髪の背後で光り輝いている、半透明の少女‥馬鹿な俺でも分かる。人間じゃない。

なんなんだよ‥ファンタジー小説が丸々この世界に召喚されましたってか?キャパオーバーだって‥もう頼むから勘弁してくれよッ


「神の加護をッ悪を抹殺しろーーエクスカリバーホーリーライトおおおおおッ!!!」


俺がツッコミを脳内でかましてる間に、迫り来るファンタジーズ。

勇者と呼ばれた青髪が、何か呪文のようなものを叫んだ瞬間、真っ白になる視界に瞬きすらできなかった。や、ば


全てが焼けていく。目に映るもの全てが浄化されるかのように、真っ白な光に消えていく。目の前の視界が消滅して、次は俺の番だと覚悟を決めた。途端、ぎゅっと包み込まれる身体。俺はスローモーションのような空間の中で、骸骨さんの温もりを感じていた。


「ッ、あ、れ‥?」


死んでない‥?また助かった?


『ヨカッ、タ‥』


「ッ!」


目の前で焼け焦げた髑髏が笑う。俺はただ目を見開いて、その光景を疑った。


なんで?次第に頭が疑問で埋め尽くされる。意味わかんねえ。会ったばっかだし、庇ったって損しかねえし。俺、底辺だぞ?下から2番目のDランクなんだぞ?!俺がたとえ助けを求めたってこの世界の人間は誰も見向きもしない。そういう奴なんだ。そういう扱いが普通なんだって。

なのになんでお前は‥そんな‥ボロボロになってまで俺を庇ってんだよ‥。胸が締め付けられる。熱い想いが溢れてくる。馬鹿だよ。本当に馬鹿だ。


『ぐがが‥』


「ッ、し、か、り、しろ!」


パラパラと、骸骨さんの装備が焼け散っていく。苦しそうなうめき声をあげながらもゆっくりと俺を地面に横たわらせて、そのまま動かなくなってしまう骸骨さん。


俺は、近くにある骸骨さんの腕を、尽きかけの体力で必死にゆする。

耳をすませば、スゥーっと骨々しい口から微かに呼吸の音が聞こえて、安堵した。だけどたぶん、このままじゃダメだ。


「だ、誰、かっ!?誰か!!」


俺は叫ぶ。先ほどのタケちゃんのように必死で叫んだ。喉が潰れようが、足の感覚がなかろうが、意識が飛びそうだなんて関係ない。ただ目の前のこいつに助かってほしくて、こいつを助けたくて僅かな希望に欠けて叫んだ。俺を助けてくれた、馬鹿な恩人をどうか‥。

ヒーローみたいなやつがきっとこの世界にもいるはずだ。余裕があって、損得考えないで人助けをするさっきのあいつら三人みたいにっ。Sランク‥いや、Aランクなら‥来てくれる。どんな底辺でも救ってくれる余裕がある奴っ頼むッ。‥ああ、タケちゃんも‥こんな気持ちだったのだろうか。


「誰かこいつを助けてくれよッ!!!」


俺の声が響き渡たる。辺りはもちろんなんの反応もない。


紫色の髪をした男が呆れた顔をしてこちらに近づいてくる。


「はぁ‥うるせえなぁ‥なんなんだこの人族もどきは?魔王を庇ってんのか?ふざけんな!こいつごと殺していいかぁ?」


『ええ、その人間ごと、』


「‥エスター、イリス、やめろ。そいつに戦う意志はない。」


『ッ、でもアレク!?』


「戦う意志のないものをむやみに殺すのならば、それは虐殺と変わりない。先ほどは止むを得ず判断したが、もう状況は変わった。俺たちの勝利だ。」


「だけどよッ!?」


「今するべきことは魔王にとどめをさすことだ。虐殺をしたいのならば、俺が先にお前を斬ろう。さあ、どうする?」


「くっ‥分かったよ‥ただし!魔王は俺がやる!異論は認めねえ!」


「あぁ、構わない。」


『な!魔王のとどめは勇者アレクでなくては!』


「うっせえ色欲女神!アレクがいいっつってんだろうが!」


『ですがっ』


俺たちを差し置いて繰り広げられる口論。俺らの意見はもちろん無視だろう。だけども好都合だ。その間に何か突破口を探せるかもしれない。


俺は考えた。考えて考えて考えて‥ああ、やべえ何も出てこねえ!俺馬鹿すぎてなにも出てこねえっ!時間がないって思うと焦る。焦ると頭がどんどん真っ白に。目が回る。血も吹き出してるッぎゃああごめん骸骨さんッ‥ああくそおお諦めんな、考えるんだ!誰かきっと‥誰か‥。


『ヒュー‥ニ、ゲ、ロ‥』


ふと消えかかった瞳の色が、俺を見つめていた。‥俺ってほんっと、馬鹿だよな‥。

誰かって誰だよ。こいつは俺を身をもって助けてくれたんだぞ?それに今だって俺の心配してる‥。自分の方がボロボロなのによ。


そうだよ世界の役にたちたいんだろ?この骸骨さんは世界の崩壊を止めるとかなんとか言ってたじゃん。それって今まさにこの世界に必要なことなんじゃねえの?あんなやべえ奴ら止めれんの、この世界じゃ骸骨さんぐらいしかいねえよきっと。


ほら、こんなのさ、俺が行かねえとダメじゃんか。この骸骨さん助けねえとじゃん。最後ぐらい、意味が欲しいって思ってたじゃん俺。

っ〜!!あーもう、この歳で恥ずかしいけどなぁ!頭撫でられてすげえ嬉しかったんだよなああ!!ああああ


『分かりました‥アレクの指示に従います』


「よしきた!んじゃ、待たせたな魔王さんよぉ。最後の言葉はあるかぁ?」


どうやら話がまとまったようだ。紫男が上機嫌で骸骨さんに近寄ってくる。俺の覚悟も決まった。俺はいつものようにモブと化し存在を消してそのタイミングを待つ。


『‥セカイノ コトワリ‥オカスモノ カナラズ バツガ クダル』


「はぁ‥誰が罰を与えんだよ。こちとら神様つきだってのバーカ。聞き飽きたっつうの死ねーーサンダーボーー」


囮になって世界の役にたてるって?なら、ここだろ。へそだし紫髪男の何が技名っぽい台詞が言い終わる前に俺は動き出す。


「おあおあおあああああッ!!!!」

「うおっ!?」


俺はタイミングを見て何度目かわからない最後の力を振り絞り、目の前まで来た紫男の腹にケンケンしながら体当たりをした。めちゃくちゃダサい掛け声とともに。最後はかっこいい声で‥決めたかった、な。


『はあ‥愚かな異界人ですね‥』


『ッ!?イカイ ノコ!?』


「逃げ、てっ!!ぐぅッ、!?!?カハッ、、、、!?」


脳内でおちゃらけられるのもそこまでだった。同時に倒れ込んで、ついでにぎゅっと掴んだ紫男の腹筋バキバキの腹。やった!そう思ったのも束の間。全身が熱くて、痛くて、もう声すらでない。

何度も何度も頭を殴られる。ついには頭上から厨二病みたいな技名が聞こえてきて、俺はもう、痛みと恐怖とで悲鳴をあげることしかできなくなっていた。


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