5 踊り食いは踊っているのではなく、死に足掻いている。
◇
「‥ちょう、のう、りょ、く」
目の前で巻き起こる、漫画やアニメによく似たその光景に、思わず非現実的なそんな言葉を呟いていた。
タケちゃんの身体が、元の倍ほど大きく変化している。後ろ姿しか見えないが、背後からでも確認できるほど、腹部は普段よりも巨大に膨張していた。そんな化け物じみたタケちゃんの大きな口に、勢いよく飲み込まれていく黒龍。反応が遅れた一頭は頭から、もう一頭は、逃げようともがいているが、尾の先からどんどんと吸い込まれていく。
こんなこと現実にありえない。
乾いた笑みが喉の奥からこみ上げてくる。体は緊張で硬直していて、この危機的状況の中、俺は情けない声で笑っていた。
何かが変わるーー、そんな期待を胸に抱きながら。
◇
どれくらい時間が経ったのだろうか。
バチンッと火花の様な青い光が何度か散って、ほんの少しの土煙と、晴天の青空が広がる。
ひらけた世界で、唯一その空間に立っている人間。
天を見上げ、グオオッとゲップをする男。
タケちゃんだけが、その景色の中心に存在していた。
静寂が世界を包む。俺は何も出来なかった。ただこのなんともいえない不思議な光景を、ぼーっと見つめていた。
「っ!!ああ!!マコたん!!無事だったでござるか!?はひぃ‥守り抜きましたぞ姫‥ご安心を」
静寂を破ったのはタケちゃんの奇声だ。俺はハッと現実に引き戻される。くじの袋を抱きしめるタケちゃんはいつも通りで、一瞬自分の頭がおかしくなったのでは?なんて思ってしまうほどに呆気に取られた。
夢じゃない、よな?俺は急いで辺りを見渡す。ボロボロだな街。まるで怪獣に踏みつけられた特撮の箱庭の中みたいだ。やはり現実だ。そう実感すると同時に、鋭い痛みが左足に走る。
「イッーー!?」
てえええ!?なんじゃこりゃ!?血塗れじゃねえか!?俺の左ふとももに貫通する鋭い何か。血の溜まりが円を描いて地面を彩っている。これ出血多量でやばいんじゃね?あれ、なんか実感したら視界がぐらぐらしてきた‥。
「ん?んん?‥ネギー?なんでそんなボロボロで?」
やっと俺の存在に気づいたであろうタケちゃんが、首を傾げながら俺の名を呼ぶ。平和ボケしたその顔面にパンチをかましたい。
てめえを助けに行ったんだろうがあああ!?てか、さっきの何よ!?どういうことなのよおおお!?そう言って胸ぐらを掴んでやりたいが今は我慢だ。うん。お願いだから‥
「だ、だすげ、で‥」
今の俺の顔は、きっとゾンビの様だろう。
タケちゃんが目を見開いて、こちらに駆け寄ってくる。
「ん?んんんん?血?ちいいいい!?な、なななななんと!?大変でござる!!だ、誰かああああ!誰かこの中にお医者様はいらっしゃいませんかああああ!?ひいいい!?赤い赤いえぐいぐろいいい!誰かああああ」
「ちょ、や、めッ」
大きな叫び声と共に、タケちゃんに肩をぐわんぐわんと揺らされて、俺は飛びそうになる意識を必死で保った。誰かこいつを止めてくれ。本当に死んでしまう。俺のライフはマイナスよ。
「誰かああああ!?誰かああああ!?」
タケちゃんの呼びかけも虚しく、避難場所から次々と出てくる人達は、誰もが俺たちから目を逸らし、各自好きなように行動しはじめる。その光景に、自ずとため息が出た。
災害時、救助、医療行為は上ランク優先ーー。これは法律にもなっている厳しいシステムだ。人間をランクで分けるんだ。そりゃ命の重さも変わる。破れば罰金。複数人の医療行為が必要な際は、必ずランクを先に確認するのがこの世界のルール。だからそう。どうみてもド底辺な俺のことなんて、後回し。誰も助けてくれないのがオチだ。
だけど‥タケちゃんは‥。この人達はタケちゃんのあの活躍を見ていなかったのだろうか?タケちゃんがこれだけ呼びかけているのに見向きもしないなんて。
まるで居ない者のように扱う。いつとの同じ。俺も含め、今ここにいる殆どが、タケちゃんのおかげで助かったんだ。その現実も、先程の出来事も、夢か何かだったっていうのか?
疑問を感じながら動き出す人々を観察していると、こちらを見つめていた女の人と目があって、すぐに逸らされる。なんだ?
「‥ねえ、あの人さっき‥あの怪物倒してくれたんじゃ‥」
「ッ!気のせいだって、たぶん集団幻覚とかでしょ!つかあんなどうみても底辺ランクの奴が何かできるわけないって!」
「そ、そうだよね‥!」
コソコソと耳に入ってきたのは、確かにタケちゃんの話で、でもそれは決して良い話ではなくて。
うわ、そういうことかよ。その目で見たはずなのに、それでも信じないとか。お前らの脳みそどうなってんだよ。つかどんだけ俺ら嫌われてんの。はは、笑える。こんなのさ、
「だ、誰かああああ!!誰、か、はあ、はあ‥」
無視されても尚、この世界を信じ続けられるタケちゃんに、なぜか沸々と怒りが込み上げてくる。なぜ、信じられるのだろうか。俺には分からない。努力するだけ無駄なのに。少しでも変わると思った自分が馬鹿だったわ。
「も、いい、よ‥だい、じょ、ぶ‥だか、ら」
俺は叫び続けるタケちゃんを止める。助けてもらえるなんて思ったらダメだ。自分で考えないと。俺は馬鹿な頭で考える。現在の位置から病院までは、幸運なことにそれほど遠く離れていない。ここは病院にいち早く駆け込んで、診察の順番を勝ち取るのが妥当だ。より上のランクの治療が優先だけど、それが終わればDランクの俺だって治療を受けられる。そうと決まれば行動だ。悪いけどタケちゃんに手助けしてもらってそれで‥
そんな作戦を思いついた矢先だったーー。
ドカンッーーー。
「ひぃっ」
「な、ん、」
嘘だろ、また!?
再度響き渡る爆発音。地響きが地面を伝って俺の体へと駆け巡る。終わりじゃないのか?うそだろ、そんな
グウウ、ウガァアアッ!?!?ーーー
耳をつんざくような叫び声が空気を震わせる。
2体目の化け物が、出現したのだ。
大きな、骸骨の怪物‥いや、冠やマントまで羽織っているから、こういうのって意思があるタイプで意思があるってことは頭を使う強力なやつであるわけで‥。ああッ!もうわからん。あんなもの、この世に存在しないのだから。と、とにかく逃げないとッ。
「た、けちゃ!に、にげ!ぐっ、、」
立ちあがろうとして、鋭い痛みに襲われる。
そうだ、俺、足‥。感覚がないそれに苛立つ。こんな時にッ。
いや冷静になれ。大丈夫だ。幸いにも骸骨巨人が出現した場所からは距離がある。
それに、さっきみたいにタケちゃんの力があればあんな化け物も一瞬だ。
とにかく、こんな状態の俺を助けてくれるのはタケちゃんだけだ。勝手だけど命を預けさせてもらうぞ。
「たけちゃ、‥ごめ‥手、かして、くれ‥」
俺は、呆然と立ち尽くしているタケちゃんのズボンを引っ張る。
「そ、そうだねッ!うんっしょおおおッ!?ぐ、ぐ、!!?あ、あれ??」
「っ、」
少しかがんで、俺の左手を肩に乗せ踏ん張るタケちゃん。だけど様子がおかしい。
「な、なんで‥、ち、力が、入んないッど、どうしよっどうしよネギー!!?」
「ッ!?」
タケちゃんの破けたパーカーやズボンから覗くそれを見て驚く。殴られたように黄色く腫れた皮膚に、筋が浮き出ていて、ガクガクと麻痺したように震える筋肉。心なしか顔色も悪く見える。能力の後遺症?副作用?もしかして、今タケちゃんはガス欠状態ってことなのか?
状況が変えられぬまま、ドスン、ドスンと、地響きが着々と迫ってくる。その度に恐怖が襲い、息が荒くなってきた。タケちゃんもガタガタと身体を震わせていて、先ほどまでの覇気は無い。今のタケちゃんに能力は使えない。そう確信し、そして絶望した。
ああ、これは、ダメなパターンだ。
「、‥タケちゃ、に、にげ、て‥」
すぐに口に出した言葉は、どこかのドラマや映画でよく聞くようなセリフで泣けてくる。自分がこんな言葉を言う羽目になるとは。
「で、でもっ、ネギーがッ」
「だい、じょ、ぶ‥なん、とか‥す、る‥」
諦めることは慣れている‥。死ぬのは怖いけれど、きっと俺の運命はここまでなのだろう。覚醒した友人を送り出す役割とかだったら、ちょっとかっこいいじゃん。へへ‥なんて、死ぬの怖すぎて無理ぽよ。震え止まんねえ。まじつんだ。どうしよ。
「あ、歩けないのに無理だよ!?」
タケちゃんが、おろおろと視線を泳がせる。
そんなこと分かってる。だから置いていってくれって言ってるんだ。2人一緒に死ぬことはない。この足だって、この状態だって、結局は俺の運の悪さが招いた事で、自業自得だ。そう、自業自得‥。タケちゃんは下克上できるラノベみたいな能力持ってんだから、俺の分も俺つええな人生を送って幸せに生きてくれよな!ひひん、もう涙でまえがみえましぇん!誰か助けてええええ
「ネギーッ、や、やっぱり誰かに助けをッ」
「たけちゃ、」
お、お前ってやつはっ、これだけ言っても置いて行かないでくれるなんて‥。マコたん命で、天秤にかけたら俺は絶対負けるであろうけれどもっ、ちゃんと友人と思ってくれてたんだな‥。さっきは殴ろうとしてごめん。俺感動で泣きそうだわ。今度なんか奢らせてくれ‥。まあ、今度があればだけど。
「だ、誰かああああ!?誰か!!ここに友人がッ、友人が怪我してッ、誰か!あ!そこの人!ちょ、どうして無視するでござるか!な、なんで、貴方!そこのおじさん!お兄さん!ど、どうして‥」
人々が新たなモンスターの出現に慌てふためき、逃げようとして俺たちの側を走り抜ける。
タケちゃんが必死に呼び止めるが、眉を寄せて、俺たちには目も向けず、ただ化け物とは反対の方向へと消えていく。俺たちだけじゃない、他にも沢山助けを求める声が聞こえていた。女性も、お年寄りも、小さい子どもも。
そんな彼らを駆けつけた自衛救助隊が救助してる。だけど、俺たちには手を差し伸べてはくれない。目があっても、まるで汚物を見るような目で俺たちを見るのだ。
俺はその光景から目を逸らした。
ああ結局、何も変わらないのか。
「早くここから避難しろ!自衛救助隊だ!!怪我人はいるか?!自力で動けない者は避難所まで案内する!!君はAランクだな?よし、俺の背中に乗れ!!」
近くで救助隊の制服を着た男がそう叫ぶ。
タケちゃんが咄嗟に通り過ぎる自衛救助隊の制服を掴んだ。
「っ!!救助隊の人でござるか!!ここにも怪我人が!!」
「ッ、邪魔だどけ!!」
「ぐわっ!?!?ま、まって!?」
再度男の腕を掴むタケちゃん。男は鋭い目つきでタケちゃんを睨みつける。
「おい、その手を離せッ!」
「で、でも友人が足を怪我しててッ」
「はああッ、お前らみたいな奴等はな!なんっっっの役にも立たないんだから!こんな時こそ化け物を引きつける囮役にでもなっとけよ!?!分かったかこのブタ野郎ッ!離せッ」
ドンっとタケちゃんの手を振り払う男。
ぷつりと、その自衛救助隊の男の言葉に、頭の中の何かが、切れた音がした。
あ、まじか。なんだ、俺たちって本当に終わってんじゃん。
「うぐっ!?まって、まつでござるよッ!!?」
「も、いい、」
「、ネギー?」
「もう!い、い、からッ!ッ行けっていってるだろッ!!」
俺はタケちゃんの胸を力一杯押して、そのまま地面にダサく倒れ込んだ。久々に大きな声を出した喉はヒリヒリと微かに痛みがあって、何度か咳き込む。
驚いた表情をしたタケちゃんが俺を見てプルプルと震え出した。
「ゲホッ、さ、さっさと行けよノロマ‥デブ、助けられねえんだったら、でしゃ、ばるんじゃねえよッ!!ゲホッ、お、お前なんかと、並んで、ある、くの、ほんっ、と嫌だったんだ!!」
「ね、ネギー‥?」
「ゴホッ、て、てめえみたいなデブと一緒に、いる、からッ誰も、俺を、助けて、くれないんだよッ!!わか、ったか!!さっさと消えて、くれ!!!」
タケちゃんの瞳がきらりと揺れて、ツーっと涙が垂れていた。タケちゃんは一度俯いて、そしてそっと立ち上がった。
「ッ、。」
マコたんのくじ袋をしっかりと腕に巻き付け、俺に背を向けるタケちゃん。よろよろと一歩ずつ歩いていくその後ろ姿にほっと息を吐く。ありがとう。こんな俺と友達でいてくれて。本当に。
タケちゃんの背中がほぼ見えなくなって、気づけば俺の周りには人1人居なくなっていた。俺はその背中から視線を逸らして、まだ距離がある化け物を眺める。
あれに踏み潰されるのだろうか。それともよく見るブレスとかで焼き尽くされるか。できれば痛くない方法でお願いしたい。数分前にも死にそうな思いをしたばかりなのに、すぐにまた繰り返しだ。死ぬのは怖い。すげえ怖くてちびりそう。
でも、仕方ない。人間は平等ではないのだ。真っ先に助けなければいけない人がいて、その人はきっと沢山の人を助けるし、世界の役に立てる人で。
さっきの自衛救助隊の男の言葉が、頭で何度も再生される。
何にも役に立てない俺は、化け物に食べられる囮だ。囮になって、世界の役にたつんだ。
だから俺が死ぬのもきっと仕方ない。
あーあ、死にたくねえな。
正直ちょっとだけ、期待していたし、信じていた。自分の未来はきっとキラキラしていて、何かで認められた俺は歴史に名を残しちゃったりして。そんで満面の笑みで人生を謳歌してる。そこにランクなんてなくて、ただ俺自身を認めてくれるそんな未来。宝くじに当たるのを期待するみたいな、運試し的な信頼だったけど、それでもよかったんだ。生きてさえすれば、夢は抱き続けられるから。それだけで俺は大丈夫だったのに。どんなに辛くても惨めでも、大丈夫、だったのに。
変われるんじゃないかって。
なにか変わると、思ったんだけどな‥。
現実はそんなに甘くないってか。努力もしなかった俺には、何もしないで流れに身を任せてた俺には奇跡は起きない。当たり前のことだ。仕方ない。
でも、諦めさせたのはこの世界なのに。いや、これもきっと他人から見れば、ただの言い訳にすぎないのだろう。いってえな‥。
ウガガガアアアアッーー
また雄叫びを上げる化け物。俺は思考を止めて、そいつをただじっと見つめる。少しずつ近づいて来てはいるが、ふと、その姿にどこか違和感を感じた。
「‥?」
先ほどの黒龍とは違い、街を破壊する様子もない。ただ、ヨロヨロと前に進んでいるだけだ。それに人のように指や関節がある手で頭と心臓を押さえて、どこか辛そうにしている。その様はまるで人が苦しんでいるような。ふいに、ドバッと化け物の口から何かが流れ落ちる。遠くでよくは見えないがあれは恐らく‥血だ。
吐血、してるのか‥?弱っている?どうして‥
ヴア、ガッ‥
ああ、お前も‥
「くる、し、の、か‥?」
ふいに、灰色の両目玉が、俺をとらえた気がした。びくりと体が強張る。いや、ありえない。こんなに距離があるのに俺に気づくわけないだろ。気づくわけ‥
ウガガ‥‥、
ーーーーニ、ゲ、ローー。
「は?」
いま、なんて
それは一瞬だった。
ウギイイアイアイイアアッ!?!?ーー
四方八方から、光が溢れ、晴天の空を覆い尽くすほどの魔法陣のようなものが展開される。それと同時に七色の光の棒状のものが出現し、勢いよく化け物めがけて突き刺さった。俺はうめき声を上げながらのたうち回る化け物を唖然と見つめる。
「な、」
次から次へとなんなんだ!?一体この世界に何が起こってるんだよッ。もうわけわかんねえ‥。しかも、あの化け物、さっき喋って‥。
「ゔわッ」
突然の風圧と衝撃。地震のように大きく地面が揺れて、それに耐えられず、俺は抵抗も虚しくもその場に転がりながら倒れ込んだ。
ぼやけた視界の中で次第に光は消えていき、黒く焼け焦げた匂いと灰色の煙だけが風と共に辺りに広がる。
倒したのか?あの化け物を?一体誰が?もしかしたら、タケちゃんみたいな能力者が他に?くそ、意識が朦朧とする‥確認したいのに‥、こんな疑問が残ったままで死ぬなんてッ。うきいい、やるせないッ。
どくどくと左足から心臓の音がする。感覚もほとんど無い。寒気が全身を襲い、視界がぼやけてきた。やばい、俺、本当に‥
『ァァ‥ドウシテ、セカイノコトワリヲ‥』
意識が朦朧とする中で、誰かがそっと、俺の頭を撫でた感覚がして、ゆっくりと閉じていた目を開ける。
「ッ!?!?」
俺は瞬時に声にならない悲鳴を上げた。
それもそうだ。目の前には大きな灰色の目玉をした化け物が、
ぎょろりと俺をとらえていたのだから。
怖すぎてちびりそうですはい。
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