第38話:旅程10

 グレアムは足を踏ん張るための体重移動しつつ、形だけ剣を突き出した。

 吸血女が大切にしているであろう顔に向かって剣を突き出した。

 グレアムの予想は当たっていた。

 軽い突きにもかかわらず、吸血女が大きな動きで避けたのだ。

 その陰で重心を落として力が入れられる時間をギリギリ稼げた。

 これで万全の態勢で吸血女と戦えるとグレアムが思った時。


 グッオオオオオオオ


 背後から途轍もない雄叫びが聞こえた。

 俺の事を忘れるなと言っているようだった。

 グレアムがとっさに吸血女と巨躯男の両方に備えられるように半身になった。

 両眼で吸血女と巨躯男を捕らえられるようにした。

 左目が突進してくる巨躯男をとらえた瞬間、死を確信した。


 吸血女と巨躯男の二人を相手にして勝てるとは思えなかった。

 だが自分が死んでしまったら少女はもちろんオードリー嬢も生きていけない。

 どれほどの屈辱を受けようとも恥をかこうとも生き残らなければいけない。

 グレアムは再度吸血女の顔めがけて右手の剣を投げた。

 投げると同時に生き残っている護衛兵に向かって走った。

 護衛兵の中に入って乱戦にするためだった。


 グッオオオオオオオ

 ギャアアアアア

 ウワッワアアアアア


 巨躯男は一切躊躇しなかった。

 護衛兵ごとグレアムを吹き飛ばそうとした。

 全ての護衛兵が宙を舞い地に叩きつけられた。

 体当たりされた時にはもう護衛兵は絶命していた。

 だがグレアムは必死のステップで巨躯男の突進を躱し続けた。


 グレアムは必死だった。

 巨躯男だけでも絶対に勝てない強敵なのに、吸血女までいるのだ。

 しかも二敵の目が少女に向けられないようにしなければいけない。

 だから攻撃を避けて逃げられる方向が極端に狭められてしまっている。

 単に逃げるだけでは直ぐに追い詰められる。

 巨躯男が鱗に覆われていない目を狙って突きを繰り返す。

 吸血女が大切にしている顔に向けて突きを繰り返す。


 キャアアアアアアアア


 最悪の状況になってしまった。

 茫然自失していた少女が我を取り戻してしまったのだ。

 鱗に覆われた巨躯男が間近に迫るのを見て悲鳴をあげてしまった。

 腰を抜かした状態で後ろにずりさがって逃げようとしていた。

 その姿を見た吸血女がニンマリと残酷な笑みを浮かべている。


「この少女を庇っているのね。

 だったらこの少女を人質に取ってあげるわ」


 そう言うと即座に少女の方に走り寄って行った。

 グレアムは吸血女を阻みたかったが、巨躯男の突進を避けた直後で間に合わない。

 吸血女が少女をつかみ吊るし上げようとした時。


ヒッヒッヒィイイイイイン


 左前脚が折れてプラプラの状態のスタリオンが、三本の脚だけで突進して吸血女に体当たりをして少女を助けた。

 だがスタリオンは無事ではすまなかった。

 激怒した吸血女が爪を長く伸ばしてスタリオンを斬り裂いたのだ。

 それを見たグレアムは怒りに我を忘れてしまった。

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