第37話:旅程9

 グレアムは剣を失った左手を使って指笛を吹いた。

 残った愛馬スプマドール、ラムレイ、バビエカへの知らせだった。

 バビエカはグレアムを救うために駆けた。

 ラムレイがオードリーを乗せた荷車を曳いて逃げようとした。

 スプマドールがオードリーを護るためについて行く。

 だが直ぐにバビエカが戦闘現場に辿り着けるわけではない。


 ドーン


 グレアムとっさの行動だった。

 吸血すると宣言した女から少女を護るために無意識に身体が動いていた。

 巨躯が更に膨れ上がったドラゴッシュには勝てない。

 折れた剣だけではまともに戦っても時間稼ぎもできない。

 身体を低くしてドラゴッシュの脚に体当たりをして体勢を崩し、背中に乗せて吹き飛ばして時間稼ぎをした。


 血を吐きながら身に付けた戦闘術の賜物だった。

 ドラゴッシュを吹き飛ばしたグレアムは、吸血女に向かって走った。 

 口から剣が突き抜けても死なない敵をどうすれば斃せるのか。

 首を斬り落とせば斃せるのか。

 それとも心臓を貫けば斃せるのか。

 だがそれを折れた剣一本でやれるのか。


 グッアー。


 吸血女が血塗れの顔で叫んだ。

 まだ口の中に血が溢れているのだろう、くぐもった叫びだった。

 だが敵は吸血女だけではなかった。

 護衛の兵達も一斉に襲い掛かってきた。

 だがこれはグレアムにとって好機となった。


 グレアムは右斜め前から襲い掛かってきた護衛兵に進路をかえた。

 一気に懐に入って折れた剣で下から切り上げた

 護衛兵は手首を砕かれて剣を吹き飛ばされた。

 護衛兵の剣が名剣ではないが鈍らでもない事を確認したグレアムは、折れた自分の剣を吸血女に投擲した。

 吸血女が再び少女に喰らいつこうとしていたからだ。


 グレアムはそのまま突っ込んで次の護衛兵の手首も左手に持った剣平で砕いた。

 護衛兵の手から離れた剣を今度は右手で奪った。

 その剣も名剣とは呼べないが鈍らでもない普通の剣だった。

 両手に剣を持ったグレアムは渾身の力で身体を捻って方向転換した。

 残りの護衛兵に向かうのではなく再び吸血女の方に向かった。


 吸血女が激怒してグレアムに向かってきていた。

 一度目は口から剣を突き刺され、二度目は弾き返したとはいえ顔を狙われたのだ。

 もう少女の血を飲む事など後回しにしてグレアムを殺すと決めたのだろう。

 ランランと光り輝く両目に明確な殺意を宿らせて襲い掛かって来ていた。

 その速さはとても人のなせる技とは思えなかった。


 無理矢理体勢を変えたばかりのグレアムは足元が不安定だった。

 これ以上はどれほど無理をしても足元に力を入れることができない。

 この状態で人間離れした吸血女を斬っても斃せる自信がなかった。

 ドラゴッシュと同じような鱗を持っていたら勢いの弱い剣など弾かれて終わりだ。

 グレアムはとっさに思いついた行動をとった。

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