20話 彼女の家で問題発生

「あー、寒いな」




 今日は1月2日。今朝の天気予報では、最低気温-8度、最高気温5度。寒くて寒くて耐えられないほどに寒いのだが、今日だけは何があっても遅れられないという強い意志により、時間を1時間間違えて早く来すぎてしまったのだ。




 そう。今日は花蓮の家に行くことになっている。しかも、親御さんからの招待だ。期待が高い分、余計にプレッシャーがかかる。




「やばい。つぶれそう」




 そんなことを呟いていると、




「どうしたの?寒かった?」




 いつも聞いてて温かくなる、心に響く声の持ち主。そう、俺の彼女の岡田花蓮の声がした。


 振り返ってみると、ベージュのダッフルコートにチェックのマフラー。それと、おそらく短パンか何かを履いているのだろう。そんな感じの軽装で、まるで俺がもう来ていることは知っていたかのように彼女は現れた。




「まだ待ち合わせの50分前だけど?」


「匠君なら来てると思った」




 微笑みながらそう答える花蓮。天使にしか見えない。てか何?来てると思った?意思疎通でもしてるのかな?やべ、無理、可愛すぎ。




「そ、それじゃぁ行こうぜ」


「うん。行こう」




 俺は緊張しながらもいつも通り歩くことを意識して歩いた。




「匠君!そっちじゃないよ。逆だよ!」


「あ、そうなんだ」




 緊張してんのバレバレじゃねぇかよ。やっちまったな。俺は本当に大丈夫なのかな?






 何とか花蓮の家までつくことができたのだが、ここからの一歩がなかなか進まない。というか緊張する。




「匠君、早く早く」


「あ、あぁ」




 俺は覚悟を決めて家の中に入った。




「お、お邪魔します……」


「よく来たな、早野匠」




 緊張しながらも家に入ると、そこには風紀委員長がいた。




「せ、先輩。いらっしゃったんですね」


「まぁな。俺の家だ。当然いるだろ」


「ですよね…」




 何だかびっくりしすぎて変なこと聞いてしまったな。でも、おかげで少し気が楽になった。




「匠君ってお兄ちゃんのこと苦手だよね」


「昔から実は苦手で……」






――今から1年半ほど前の6月の上旬。




 俺と花蓮は仲良くなり、よく2人で話したりするようになった。




「この前の中間どうだった?」


「そこそこかな」


「それで、何位だったの?」


「俺は11位だったよ」


「え?すごいね。てっきり私と同じくらいの学力かと思ってたよ」


「まぁ昔から勉強だけはやってたから…少しはね」


「かっこいいな~」


「かっこいい?俺が?」


「うん!やっぱり勉強できる人ってかっこいいよ。自信もっていいと思うよ」


「そう…なのかな。何か嬉しい」


「そんなに露骨に照れられるとこっちまで恥ずかしくなってきちゃうよ」


「悪い悪い。それで、花蓮は何位だったんだ?」


「私は120位かな」


「120位って真ん中じゃん」


「うん。しかも平均点と同じなんだー」


「すげー。ある意味すごいなそれ」


「私もびっくりした。こんな偶然あるんだね」


「そうだな」




 これは後々知った話なのだが、花蓮はこの後120位しかとっておらず、しかもすべて平均点なのだ。




 そんな楽しい会話をしていたとき、ふとすごい視線を感じた。気になってみてみると、そこには睨んでくる風紀委員長の姿があったのだ。


 後に花蓮のお兄さんだったってことは知るんだが、この時は風紀委員長は花蓮のことが好きなんだと思っていたため、何だか裏で殺されそうだと思って出会うのを避けてるうちに苦手になっていた。






「どうしたの?匠君」


「い、いや。何でもない。悪いちょっと緊張しててな…」




 俺がボーっと考え事をしていたせいで、花蓮に気をつかわせてしまった。




「そっかー。私も匠君のお母さんにしか会ったことないから、今度匠君の家に行ってみたいなぁ~」


「それなら…」


「ん?」




 俺はあることを思い立って、すぐに口を閉じた。




「そうだな……今度機会を作ってみるよ」


「うん!ありがとう」




 無邪気に笑う花蓮に、1人で顔を真っ赤にしながら照れていると、どこからか声が聞こえてきた。




「かれ~ん。帰ったの~?」




「あ、お母さんだ」




 我に返った俺は、花蓮がお母さんと呼んだ人の声が聞こえた方を振り返る。




「あら花蓮。このかわいい子が匠君?」




 そこには、花蓮によく似た綺麗な女性が立っていた。


 ……ん?ほんとにお母さんなの?お姉さんとかじゃないの?若くない?今、委員長が高3だから…18歳で、ってことはもう40歳くらいなんじゃ……。信じられん。


 シミ、しわの無いつるつるな顔は、とても整っており、年を感じさせないスラっとした体形は、花蓮に負けず劣らずと言ったところだろうか…。




「かわいいって、お母さん……」


「博さ~ん。花蓮が匠君連れてきたわよ~」




 そう言って、花蓮のお母さんが呼んだ時だった。




『ドタドタドタドタ』




「母さん。どこだ?どこにいるんだ?匠君はどこだ?」




 マージか~。ほんとに個性つえ~~。しかも超気さく~。




「あ、どうも。僕が早野匠です」


「君か!すごく可愛い子だな」


「あ、ありがとうございます……」




 え?俺ってそんなに童顔なの?でも、なんか嬉しい自分がいる…。




「もう!お父さんまで…。匠君はカッコいいんだよ」




 そんな風に照れながら言う花蓮を、「にまー」と言う擬音語がしっくりくるように笑って、ご両親が見ていた。




「ラブラブね」


「ラブラブだな」


「まったく、俺が心配する必要もなかったな」


「も、もう!みんなしてからかわないでよ!」




 か、可愛い。可愛すぎるだろ、花蓮。家で花蓮ってこんな感じなんだ。てか、いつの間に委員長来たんだ?知らなかった…。




「ずっといたぞ?早野」


「そうだったんですねーアハハ…」




 風紀委員長。エスパーか何かかと思った……。






 花蓮の家での一面と、風紀委員長の超能力を垣間見た俺は、花蓮のお母さんの案内でリビングに招かれソファーに座っている。




「それにしても昨日の今日でよく来てくれたな。匠君」


「いえ、僕にはたくさんの友達がいないので、予定も数少ないんですよ」


「そうかい。それは良かったよ。俺としてはいつか来てくれればと思っていたからね」




 花蓮のお父さん。岡田博おかたひろし。がっしりとした体格で、濃いめの顔。腕を組みながら笑顔で話しかけてくれるので、本当に関わりやすい。


 委員長がアレだったので、正直お父さんもすごく厳格な人なんだろうと思っていたのだが、気さくな人柄で本当に良かった。何と言うか、上司にしたいランキングで上位に食い込むタイプだ。




「花蓮さんのお父さんも、同じですよね?」


「博さんはね、花蓮が彼氏できたって言った日から毎日のように会うのを楽しみにしてたのよ」




 花蓮のお母さん。岡田和子おかたかずこ。容姿についてはさっき述べた通りだが、性格はお父さんと似ていてとても気さくな人だ。




「ガハハ、そうだったな。それだったら母さんもそうだろ。花蓮に好きな男の子ができた日からどんな子なのか一目生で見たいって言って写真を毎日拝んでいたじゃないか」


「うふふ。そんなこともあったわね」




 喧嘩しているようにもみえるが、この2人は根っからのおしどり夫婦だ。仲が良いというのが嫌でも伝わってくる。




「2人とも、もっと抑えてよ…。匠君もいるんだし……」


「そうだ。匠君。俺のことは博でいいぞ?」


「じゃぁ私は和子でいいわよ」


「は、はぁ。分かりました」


「お母さんもお父さんも、匠君困ってるじゃん!ごめんね匠君。いつも以上にうるさくって」


「いいよいいよ。うちもこんな感じだし」


「そうなんだ!匠君の家も絶対行きたいな」


「近々呼べるようにしとくよ」


「ありがとう」


「……」




 さっきから一言も喋っていない委員長…。いつもはすごく目立つのに、個性の強いご両親の陰に隠れてしまっている…。岡田家恐るべし…。






 俺と博さんと和子さんが、楽しく雑談をしていると、時刻は12時を回ろうとしていた。




「もう12時ね。そろそろお昼ご飯だわ。匠君、何か食べられないものある?」


「い、いえ。特にありません」


「そっか。じゃぁおせち食べられそうね」


「今回は私とお母さんで作ったんだよ?」


「そうなのよ。珍しく花蓮がお料理を手伝いに来たから何事かと思っちゃったのよね」


「そうなんですか!ありがたく頂きます」




 チラッと花蓮の方を見ると、頬を膨らませながら赤面していた。本当に家ではこんな感じなんだな。委員長と言い、花蓮と言い、学校では考えられないな。特に委員長…。






「「「「「頂きます」」」」」




 おせち自体は完成してあったので、後は並べるだげだった。そのため、すぐに準備が終わった。




「ん!このカモとってもおいしいです!」


「それはゆでたの花蓮だったわよね~。良かったわね~、おいしいって」


「う、うん。ありがとう!匠君」


「お、おう…」




 あっぶね~。何でこんなに花蓮は可愛いんだろうか。こんなに可愛い花蓮を生んでくれた和子さんと博さんに感謝しないとな。本当にありがとうございます。




「それにしてもどれもおいしいですね」


「母さんは何でも作れるもんな」


「博さんだって、お料理上手じゃない。魚とかも捌けるしね~」


「やめろよ。照れるだろ?」


「うふふ」


「アハハ」


「……」




 おしどり夫婦、恐るべし…。委員長も何も突っ込めてないし…。




「そうだ匠君。晩御飯はすき焼きにしようと思うのだが、大丈夫かい?」


「えっと…大丈夫と言うか、むしろありがたい限りなんですが……いいんでしょうか?夕飯までごちそうになって…」




 正直そこまでしてもらうのは悪いような気もしたからそう言ったのだが、博さんと和子さんの顔を見て、花蓮の言葉通りなんだなと思った。




「楽しみにしてた」か。




「いいんだよ。せっかく娘の初彼氏が家に来てくれたんだ。もっと話もしたいじゃないか」


「そうよ。もっと眺めていたいのよ。あの花蓮が好きになった男の子を」




 優しい声でそう言ってくれる2人。ほんと、花蓮はご両親にもお兄さんにも愛されてるんだなってつくづく思う。


 まぁ、うちも結構愛されて育ってきたから、変に羨ましいとかは無いんだけどね。




「もう!お父さんもお母さんもさっきから変な話ばっかりしすぎだよ!」


「そうか?いつものことだろう?」


「そうよね~」


「……」




 ほっこりする家族でよかった。この調子なら、両親関係でトラブルは起きなさそうだな。


 その点、委員長の言っていた家族に認められるというのはこういうことだったのかもしれないな。変な男は兄貴が近づけないから、そこが世のお父さん的存在なのかもしれないな。


……ん?この感じだと、委員長って極度のシスコンなのか?




「違うぞ。早野」


「そ、そうですよね~。あははは……」




 うん。やっぱりこの人エスパーだ。






 夕ご飯もごちそうになり、俺はある程度の時間が来るまで雑談をしていた。


 途中で、花蓮は恥ずかしさに耐えられず2階にある自室にこもってしまった。




「花蓮も恥ずかしがるんだな~」


「そうですね」




 天井を見つめながらそう言った後、2人は少し真剣な顔をしてこちらを見た。


 親の顔と言うのだろう。とても真剣で、それでも圧を感じることは無かった。




「匠君。花蓮は、学校で上手くやっているだろうか?」


「は、はい。とても楽しそうですし、常に友達に囲まれています」


「そうか。それは良かった」




 何の話をされるのかと思ったが、本当に父親らしいことを聞いてきた。安心とともに、こんな人になりたいと、どこからか思えた。




「それとだな……」






「今日は来てくれてありがとうな。匠君」


「ありがとうね」


「またいつでも来てくれ。30分あったら速攻で片付けるからな」


「ありがとうございます。こちらこそ呼んでいただいてありがとうございました。ぜひまたお邪魔させてください」


「おう。いつでも来い」


「いつでも来てね」


「……」


「はい。それでは、僕はそろそろ帰らせえ頂きます。お邪魔しました」


「またな」


「またね」




 そう言って、俺は玄関の扉を開けて家を出た。




「今日はすまなかったな、早野」




 俺が外に出ると、委員長が俺に声をかけてきた。




「えっと……」


「うちの両親は早野のことをどうやとても気に入っているようなんだ。悪いが俺には手が付けられなくなっている」


「大丈夫ですよ。僕も楽しかったので」


「そうか。それならよかった。それじゃぁな」


「はい。さようなら」




 そうして俺は、花蓮の家を後にした。






 俺を花蓮が駅まで送ると言う何だか逆な気もする展開になって、俺たちは今駅に向かって歩いていた。




「今日はありがとね。お父さんたちも喜んでた」


「そ、そっか。それならよかった。俺も楽しかったし」




 ぶっちゃけあれだけのユニークなご両親だったら、疲れないし、むしろ学校で生活するときの方が気を使うくらいだった。




「しっかしほんとに驚いたよ」


「どうしたの?」


「花蓮って家ではあんな感じなんだな」


「そ、そうだね。あははは~」




 花蓮が赤面しながら下を向いてしまった。うん。可愛い。






 そうこうしているうちに、駅に着いたので、俺たちは改札をくぐった。花蓮は定期券を持っているので、特に問題はなかった。




「それじゃぁ…ね、また今度ね」


「お、おう……そうだな」




 後1、2分で電車が来るな~と思いながら電光掲示板を見ていると、花蓮が俺を呼んできた。




「匠君!」




「ん……!」




 俺が振り返りながら返事をしようとしたが、俺の口が物理的に閉じられ、続きが音になることは無かった。


 ホームには人がちらほらいたが、みんながみんな携帯の画面を眺めている。列車の到着を知らせる音楽が、大きな音量で流れていた。


 クリスマス以来だった。だから、そんなに期間は空いていない。しかし、こんなにも柔らかかっただろうか?と思った。2回目であろうと慣れなんて存在しない。




 ほんの数秒だった。ゆっくりと唇を離して、花蓮は呟いた。




「ごめんね、突然。どうしても我慢できなくて……」


「べ、別に問題は無いけど、どうしたんだ?」




 俺が心配して聞くと、見事に心配事が的中することになる。




「今日はあんまり匠君と話せなかったし、それに、1人で部屋にこもってた時に昔のこと思い出しちゃって……」




 悲しみとは違う、無と言う感情だ。それは全てを失い、希望を持たなくなった時に人間がする表情だった。






「安心しろ。花蓮。俺は花蓮から離れたりしないから」






 俺は大きめの声で花蓮を引き戻すように言った。


それを聞くと、花蓮はスッと涙を流し、俺の胸に飛び込んできた。




 ホームには人はおらず、ただ電車の発車音と花蓮の鳴き声が、冷たい虚空に響くのみだった。

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