第2話 田舎に逃げ帰る


 痛めた腰をだましだまし荷車を引いて何とか商会に帰りつくことができた。


 まだ四軒荷物を運ぶ仕事が残っていたのだが、腰がいかれたことを説明してその日の仕事はそれでおしまいにさせてもらった。もちろん聖剣を引っこ抜いて腰を痛めたとは言わず、荷物の袋の重さのせいにした。


 その日の報酬は、契約未達ということでもらえなかった。


 そのことについては俺自身も諦めていたので仕方ないが、聖剣を引っこ抜いたことが気になり始めた。あれが露見すると大変なことになってしまうと思った俺は、王都での生活に見切りをつけて田舎に帰ることにした。結局、都会の水は俺には合わなかったんだ。


 ここ数年雑役くらいしかできなくなっていた俺だが、冒険者という名をとうとう捨てる時が来たようだ。


 これまで真面目とは言えないかもしれないがそれなりに冒険者として働き、無駄遣いもせず貯めた蓄えがそれなりと、今では使うことも無くなった剣や防具を売った金を合わせると、故郷の田舎むらまでの馬車賃や途中でかかるだろう諸々の費用を工面することができたうえ、多少は金が手元に残りそうだった。残った金だけでも田舎なら一年くらいは生活できるはずだ。その間に何か仕事を見つければ生きてはいけるだろう。少なくとも畑の手伝い仕事くらいはあるはずだ。



 俺は痛む腰を労わりながら、王都を離れる駅馬車に乗り込む前に、王都のたたずまいを最後に一瞥しておいた。もうこれで王都を見ることはあるまい。



 俺の故郷は王都から見て南にある。南に向かう駅馬車に揺られて十日ほど。途中何度か駅馬車を乗り換え、俺の生まれ育った村の近くで駅馬車から降ろしてもらい、村に帰り着くことができた。そのころには、歩く程度では腰が痛むことはなくなった。


 村長に挨拶したら、温かく村に迎えてもらえた。俺が以前住んでいたあばら家は今では廃屋になっているそうで、とても人の住めるようなところではないらしく、村長の家からも近い村で持っている小屋を無料で貸してくれることになった。その小屋の裏手は荒れてはいるが畑になっていてそこを使っても良いとまで言われた。


 そのかわり村の近くを通る街道の補修や村の井戸の修理といった行事・・には強制参加させられるようだが、それは当たり前のことなので気にはならない。ただ、俺の腰が言うことを聞いてくれなければ他の行事参加者に迷惑になるのでそれだけが心配だ。


 小屋の場所は知っていたので、村長に礼を言って、道で出会った村人に適当に挨拶しながらその小屋に向かった。みんなも俺のことを憶えていてくれたようで、村に帰ってきた俺を笑顔で迎えてくれた。


 こんなことなら、都なんかに出ず、村で暮らしておけばよかった。



 昔、村に侵入して俺の両親も含めて六人ほどの村人を殺害したモンスターがたまたま村を通りかかった冒険者のパーティーによって退治された。一度に両親を失った俺は途方に暮れたが、面倒を見なければいけない弟や妹といった兄弟もいなかった俺は、街に出て冒険者になろうと決心した。若気の至りだったんだろうな。


 そういったいきさつは今となっては何も意味がないのだが、村の小道を歩きながら懐かしい景色などを見ているうちに思い出してしまった。



 小屋に着いて鍵などかかっていない扉を開けて中にはいると、そこは土間が一間あるだけで、壁には鋤や鍬といった農具が立てかけてあった。種や苗は村長に言えば分けてくれるそうなので、これからは農家として生きていくことになる。当面の食べ物は村で開かれる朝市なんかで買うことになるが、万が一作物がまともに収穫できなくても1年先くらいまでなら今の蓄えで何とかなる。


 土間の先にはかまどと調理台だけの小さな台所。


 その土間の横に寝起きするためのベッドが一つ。ベッドといっても枠組みに板が敷いてあるだけのただの台なので、麦わらを都合して下に敷き、上は今羽織っているマントをかけるくらいか。今は春なのでこれから暖かくなるし、冬までには何とかなるだろう。


 その日は小屋の中を軽く掃除したあと、近くのうちで麦わらを分けてもらい、ベッドの上に敷いた。新しい麦わらの上から1枚だけ持参したシーツを巻くようにしてベッドの出来上がりだ。それなりの値段のシーツだけあって、麦わらが突き出ることもなく、ふかふかで気持ちよく横になることができた。これなら腰に負担はかからないだろう。


 家の中の片付けとベッドの準備が終わったところで、夕食の準備だ。村の井戸で食事用の水を桶に汲んで小屋に戻り、薪は小屋の裏に数日分積んであったのでそれを使うことにした。ベッド作りで余った麦わらを種火にして火を熾し、薪に火をつけた。持参した小さな鍋にこれも持参した大麦で麦がゆを作って夕食とした。味付けはわずかだが岩塩を削って入れている。それだけでは腹が一杯になるわけではないが、何も仕事をしていない今、それで我慢して日が暮れて早々ベッドに横になった。



 その夜。寝ついたのが早かったせいか、夜中に目が醒めた。明り取りの窓から月の光が差し込んでいる。桶に汲んであった水でも飲もうと腰を気にしながら起き上がろうとしたら、月明かりを背にして、人が立って俺を見下ろしていた。


 ハッ! とした俺は、ゆっくりと上半身を起こしながら、枕もとの剣を後ろ手で探ったが、剣は都で手放した後なので、そこにはなかった。


 その人物は見た目それほど大きくはない。というか華奢に見える。しかもなで肩。女なのか? これなら俺の力でも何とか組み伏せることができるか?


 いくら相手がひ弱そうに見えても、何か得物を持っていれば今の俺ではまず組み伏せることはできない。実際はどうだか分からないが、見たところ両手には何も持っていないようだ。


 俺は相手との間を取るため「誰だ!」と、その人物を誰何すいかした。


 冷静に考えれば、こんなあばら家とも呼べないような小屋に物盗りが忍び込んでくることはないだろうし、俺を害そうと思ってやってきたのなら、とっくに俺はくたばっていたはずだ。


 ということは、こいつは俺に用があるということか? それこそ、あり得ないよな。





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