ひっこ抜いたら王になれるという聖剣をほんとにひっこ抜いたら、腰も抜けたので田舎に帰って養生します。

山口遊子

第1話 聖剣を引っこ抜いたら腰も抜けた。

[まえがき]

長文タイトル、試してみました。いつもはメートル表記ですが、今回はヤード・マイル表記にしてみました。最後まで(全12話予定)よろしくお願いします。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 冒険者はとしが四十近くになると、足腰にガタがきて危険な仕事はできなくなり、臨時パーティーにもお呼びがかからなくなる。その齢になって一人で危険な仕事につけるほどの能力があるのなら、体が衰える前に小金を貯め込んでとっくに引退しているだろう。


 俺の場合、五年ほど前、ある出来事で利き腕である右の肩を傷めてしまい、それ以来、剣を振り上げることができなくなった。物を両手でなら持ち上げることはできるが、上に差し上げることはできない。という訳で今の俺は誰にでもできるような簡単な仕事をギルドで探して請け負い、日々の糧を得ているわけだ。




 その日の俺の仕事は、いつものように冒険者ギルドで見つけた日雇い仕事で、とある商会から荷車を引いて王都のやや外れに建つ大神殿とそのほか数カ所に荷物を届けるというものだった。


 大通りから大神殿の裏門に続く脇道に向かって荷車を引いていくと、運の悪いことに、俺の知っている冒険者の三人組に見つかってしまった。その三人が新人だったころ、何度か危ないところを助けてやったことがある連中だ。俺が右肩を傷めた原因になった連中なのだが、今ではバッド・ボーイズというふざけたパーティー名で、王都ここの冒険者ギルドでもトップクラスのパーティーになり上がり肩で風を切っている。


 新人時代、俺に助けてもらったことを恥じているらしく、剣も振れなくなって落ちぶれた俺を笑いものにしている連中だ。


「おっと、誰かと思えば冒険者・・・の大先輩、オーサーさんじゃないですか」


「今日の日雇い仕事は荷物運びのようですね」


「重そうな荷物だけど、これだけ運んでいくらになるの? 大銅貨1枚くらいにはなるのかな?」


「オーサーさんにとっちゃ大銅貨1枚でも大金だぞ」


「そりゃそうだ。アハハハ」


「どれ、俺たちで手伝ってやろうぜ」


 三人の中のリーダー格が残りの二人に目配せしたのが分かった。


「手を出すな」


 そういった俺の言葉を無視して、三人は荷車を押して・・・そのまま突き放した。荷車は道の脇の溝にはまり、荷物が何個か荷台から滑り落ちた。


「おっと、手が滑っちまった」


「お手伝いも難しいもんだ。何せ俺たちは荷物運びみたいなチンケな仕事はしたことないしな」


「済まなかったねー、それじゃあ俺たちは、捕り物・・・で忙しいから、じゃあな、大先輩」


 三人はそう言い残してさっさと行ってしまった。


『何も言い返せず、黙ってるだけだったな。最底辺が俺たちに文句言えるはずないものな』


『せっせとはした金を稼げよ、アハハハ』


 三人組は嗤いながら歩き去っていったが、その後も俺のことを歩きながら話している声が聞こえてきた。


『冒険者として、みっともないからどこかの地方いなかにでもいけばいいのにな』


『あれじゃあ、畑仕事もできないんじゃないか?』


『違いない』


『アハハハ』




 荷物を乗せたまま溝にはまった荷車は俺一人の力ではどうしようもなかったので、荷台に残っていた荷物を一つずつ降ろして、何とか道に戻すことはできた。


 荷物を荷車に乗せ直し、表通りから大神殿の裏門に続く脇道に入り、突き当りまで荷車を引いていった。


 大神殿の裏門は開け放たれていて、門番などいなかったので、敷地の中にそのまま入って通用口まで荷車を引いていった。


 通用口の扉の前から中に向かって、


『○×商会の荷物を届けにきました。どこに荷物を降ろしましょうか?』


 とたずねたら、中から出てきた神殿の雑役夫に、


『いつもの男ではないのか。

 荷物は扉の脇のそのあたりに邪魔にならないように置いておけ』


 商会で渡された受け取りの確認書にサインを貰って、俺は言われたままに荷物を扉の脇に降ろしていった。


 荷物は麻袋に入った豆や麦といった穀物だと思う。商会では何かの関係でいつも荷物を届ける者の都合が悪くなり臨時におれを雇ったのだろう。


 なんとか荷物を全部荷台から降ろして言われた場所に並べることができた。


「ふう」


 いったん地面に腰を下ろしてしばらく休み、近くから大神殿の鐘楼を見ようと見上げると、手前の屋根が邪魔になって鐘楼が見えなかった。せっかくここまできたのでちゃんと見ようと通用口から建物に沿って回り込んでいたら、中庭のような広場に出た。


 うん? 中庭の真ん中に四阿あずまやのようなものが建っていた。その屋根の下にそれなりの大きさの石が地面から顔を出しており、その石の真ん中に何かが上に向かって突き出ていた。


 近寄ってみると、突き出ていたのは剣の柄で、その柄の長さはおおよそ十二インチ、一フィートほどだった。剣の突き出たその石の前には古びた御影石のプレートが置かれており、何やら文言が彫りこまれている。彫りこまれた文字はだいぶ薄れてきていたが、ちゃんと読み取ることはできた。


                   聖剣

               ジルベルネ・スローン

              われを石より引き抜きし者

                 王とならん



 なんだか、おとぎ話にでてくるような話だな。


 引っこ抜けるはずはないだろうが、こんなことが書かれているとなんだか試してみたくなる。勝手にひっこ抜いたら怒られるだろうが、抜けたらの話だし、万が一、抜けてしまったら抜いた穴にまた戻しておけばいい。


 そんな安易な考えで、石の上に乗っかった俺は、突き出た柄に両手をかけて上に引っ張ってみた。


 おっ。けっこうしっかりと石の中にはまっている。俺の場合右腕を振り上げることはできないが、下から引き上げるくらいならある程度の力を出せる。


 もうちょっと本気でいくか。


 うぐぐぐぐ。


 ふー。ちょっとだけだが手ごたえがあったような気がするぞ。


 もう一度、


 うぐぐぐぐぐーー! スポッ!


 ギクッ!


 思いっきり力を入れて石から突き出た剣の柄を引っ張ったら、剣がすっぽり石の中から抜けた。それと一緒に俺の腰がおかしくなってしまった。腰以外でもどこか体を動かすだけで腰に激痛が走る。これがうわさに聞くぎっくり腰というやつか?


 ぎっくり腰は神殿で高額のお布施を積んで神官に祈祷してもらっても治らないし、高級ポーションでも治らないと聞く。



 俺が手にした剣は、石の中に長年刺さっていたのだろうが、剣身は見事なまでに銀色に輝いていた。


 一瞬だけ腰の痛みを忘れて見事な剣身に目を奪われたが、返しておかないと泥棒と間違えられては踏んだり蹴ったりだ。腰の痛みをこらえて、その剣を今まではまっていた穴に戻そうとしたのだが、いつの間にか穴が消えていた。


 マズい、マズいぞ。


 仕方ないので引っこ抜いた剣を、今まで刺さっていた石の上に腰の痛みをこらえながら置いた。そのあと痛めた腰に力が入らないよう背筋を不自然に伸ばして恐る恐る足を動かし、荷車を置いた通用口の前まで帰り着いた。


 ある程度腰の痛みが引くまでじっとしていたかったが、犯行現場から一刻も早く退散したかった俺は、腰に力がかからないよう這うような速さで、荷車を引いてきた道を戻っていった。




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