第6話:ビュリダンの期末試験
最強にして常に危険と隣り合わせの孤高の観測者ことAは人生最大の危機に瀕していた。
期末試験。さて困ったぞ、赤点を取ると補習がある。つまり遊ぶ時間が減る。それは嫌だ。
そもそもAは頭がいいわけではない。だから高校もそれなりのところではあるが賢くはないし、校内順位も中の下といった辺りだ。そして実は下の上に成り下がる日もそう遠くはない、少なくとも本人はそう思っていた。
どうしよう。彼女の目の前には、ある問いが一つ。そして彼女はその問いの意味を理解していなかった。やたらと長い文章題、こんなの読みたい奴なんていないでしょ。心の中だからと言いたい放題ひとしきり教師たちに文句と罵倒の嵐をぶつける。心の教師たちは嵐に飛ばされて星になった。そっと黙祷しておく。いや、夢やVRはともかく絶対に現実にならないような妄想は現実にはならない。それに妄想はただの空想であり「観た」わけではない。やって観測者の力は発動しないのだ。わっはっはー。
心の中の自分が乾いた笑い声を漏らす。誰が聞いても諦めたようにしか聞こえない笑いだった。我ながら情けないったらありゃしない。
Aは問題に思考を戻した。かなりの高得点が与えられているだろう問題。幸いなことにそれは記号問題だった。しかも二択。つまり適当に選んでも当たる可能性は高いのだ。
しかしそうとなるとどちらを選ぶのか迷う。Aは設問をすでに理解していないためどちらかが当たる確率は同様に確からしい。つまり二分の一、ハーフアンドハーフ、五十パーセント、五分五分。
問題の選択肢に目を移す。それっぽい方を選ぼうと選択肢の文章に目を走らせた。そして数秒後、Aは撃沈して机にうなだれた。
どっちもそれっぽいわ……。
当たり前だ、こんな配点の高い問題が勘で解けるように作られているはずがない。
そうだ、こんな時あいつならどうするんだろう。Aは頭の中に友人を召喚した。「召喚とか相変わらず痛いわー」などと脳内ミニ友人がぼやいているが無視を決め込む。せめて脳内でだけは黙れ。
「この問題、あんたならどうする」
「当てずっぽ」
訊いたあたしが間違ってた。この半熟ニートが真面目に答えてくれるはずがないんだ。そもそもこの脳内ニートはあたしの妄想の存在だから自分の知識以上のアイデアが出るはずないだろ。内心手をついてうなだれたい思いに駆られつつもう一度選択肢に目を通す。
どーちーらーにーしーよーうーかーなー。指が二つの選択肢の間を交互に動く。やがて脳内再生されていた歌が止まるとともに指も止まる。神様の言う通り。止まった指は当たり前だが片方の選択肢を指していた。そちらの選択肢を紙に書こうとして手が止まる。
神に従うのも何か癪だ。
書きかけた手を完全に止めてもう一度考え直す。意味のない思考だけが加速していくのが自分でもわかった。
きーんこーんかーんこーん。
高校にしては少々間抜けな聞き慣れた音が鳴る。テスト終了のお知らせ。
「選べなかった……ッ!」
教師に咎められない程度の小声で呻く。どうやら赤点回避はできなさそうだった。
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