第一王子は男爵令嬢にご執心なようなので、国は私と第二王子にお任せください!

黒うさぎ

第一王子は男爵令嬢にご執心なようなので、国は私と第二王子にお任せください!

「レイシア、貴様との婚約を破棄する!」


 きらびやかなパーティー会場で、第一王子であるロイスは言い放った。


 ああ、ついにこの日が来てしまったか。

 婚約破棄を言い渡されたというのに、当の本人であるレイシアには驚きの感情はなかった。

 ロイスの判断に呆れこそすれ、なるべくしてなったのだと、容易に受け入れることができた。


 レイシアはロイスの隣にいる、メリーへと視線を向ける。

 ロイスにすがるようにしていて、その様子はまるで怯える小動物のようだ。

 だが、その目は、公爵令嬢であるレイシアからロイスを奪ったという優越感に浸っていた。


 どうしてこんなことになってしまったのだろうか。


 ◇


 この国の貴族の子女は、十五歳になると国立の学園に通うことになっている。

 貴族としての立ち居振舞いや教養、心構えなどを学ぶというのが表向きの理由だが、社交の場としての側面もあわせ持つ。


「レイシア、お前はもう帰っていいぞ」


 ロイスが冷たい視線を向けてくる。


 幼少の頃よりロイスの婚約者として教育されてきたレイシアは、学園に入学後も婚約者としてロイスに付き従っていた。

 場合によってはロイスの行動に意見を挟むこともあったが、全てはロイスのため、ひいては国のためだった。


 だが、そうしていつも自身の行動を監視されているような状況であるロイスにとっては、レイシアの存在は目の上のたんこぶのようなものだったのだろう。

 いつの頃からか、ロイスはレイシアのことを邪険にするようになっていた。


 レイシアはそんなロイスの態度について、とくに思うところはなかった。

 元々、愛だの恋だのそういった感情を抱いていなかったからだろう。

 レイシアにとって、ロイスの婚約者であるということは、公爵令嬢として産まれたが故の義務以外の意味は持っていなかった。


 ロイスとの関係を割りきっているレイシアだったが、このところある悩みの種を抱えていた。


「ロイス様~!」


 甘ったるい声を出しながら、一人の女子生徒が駆け寄ってくる。

 同じクラスの男爵令嬢であるメリー。

 彼女こそ、レイシアの悩みの種に他ならなかった。


「やあ、メリー!

 今日は城でお茶でもどうだい?

 実は隣国から、メリーのために珍しい菓子を取り寄せたんだ」


 熱のこもった声をメリーに向けるロイス。

 そんな声、婚約者であるレイシアにさえ向けられたことはないというのに。


 ロイスは明らかに、メリーに惚れていた。

 庇護欲をそそられる見た目に惹かれたのか。

 それとも、男爵令嬢という、ロイスからしたら平民と大差ない、ある意味未知の存在だから気になるのか。


 正直、理由はどうでもいい。

 ロイスも人間なのだから、誰かに対して恋愛感情を抱いてしまうこともあるだろう。

 レイシアもそんな感情の機微にまで、文句をいうつもりはない。

 将来的に、側室にでも迎えるつもりがあるのなら、喜んで歓迎しよう。


 だが、問題なのは、ロイスが明らかにメリーに入れ込んでいるということだ。


 婚約者であるレイシアを蔑ろにして、メリーと行動を共にしているという事実だけでも、あまり外聞のいい話ではない。

 それに加え、このところロイスは、国の金にまで手をつけてメリーに貢いでいるのだ。

 まだ、その金額は目をつぶることのできる範囲内ではあるが、このままいけば、近いうちに看過できない規模になるだろう。


「ロイス殿下、本日はこの後侯爵閣下の屋敷でパーティーの予定があります」


「うるさい!

 そんなことはわかっている!

 パーティーまでの時間をどう過ごそうが、私の勝手だろう。

 時間までには侯爵の屋敷に行くから、お前もそれまでどこかにいっていろ」


「……わかりました」


 頭を下げるレイシアには目もくれず、ロイスはメリーを連れて立ち去っていった。


 ◇


 ロイスに厄介払いされたレイシアは今、王城に来ていた。

 別にロイスたちについてきたわけではない。

 目的は他にあった。


「ごきげんよう、リンド殿下」


 レイシアは王城にある、庭園を訪れていた。

 一流の庭師の手によって彩られた庭園は、鮮やかな花々が咲きほこっていた。


「レイシア、いらっしゃい」


 柔らかな笑みで、第二王子であるリンドが迎えてくれる。


 王城の庭園は、レイシアにとって数少ない心安らぐ場所だった。

 見ているだけでも癒されるのだが、ここに来ればリンドに会えるからだ。


 リンドは植物が好きなようで、庭園にいることが多い。

 初めはロイスの弟として接していたレイシアだったが、いつの間にか、リンドに対して別の感情が芽生えていた。

 そして、時間があれば、こうしてリンドに会うために庭園を訪れるほどに感情が膨れ上がってしまっていた。


「兄上は今日もまたメリー嬢と?」


「ええ、まあ。

 こちらにいらっしゃるということは、リンド殿下の方も」


 リンドは苦笑で返した。


 既にレイシアはリンドに、ロイスとの関係について、自分の思いを話していた。

 弟であるリンドに対して、そんなことを話すべきではないのだが、何度も話しているうちにリンドならわかってくれると思ってしまった。


 そんなレイシアに、リンドも自身の婚約者との関係について話してくれた。

 どうやら、リンドも婚約者と上手くいっていないらしい。


 似た者同士。

 だからこんなにもリンドのことが気になってしまうのだろうか。


 メリーとの関係について、ロイスにあまり強くいえないのは、自身にも負い目があるからなのだろう。

 こうして、リンドに会うための時間を作ってくれるというのもあるかもしれない。


「……リンド殿下が私の婚約者だったらよかったのに」


「えっ?」


「い、いえ、何でもありません。

 そういえば、殿下が王位継承権を放棄しようとしているというお話を聞いたのですが、本当ですか?」


「……まあね。

 私に王はむいていないよ」


「そんなことありません。

 殿下は国民のことを思いやる、優しい心をお持ちです」


「それだけだよ。

 兄上のように、人の上に立って、導くようなことはできない」


「ロイス殿下のあれは、人の上に立っているだけです。

 今のロイス殿下に、国民を導けるような器はありません」


「あはは。

 自分の婚約者に対して随分辛辣だね」


「いいんです。

 男爵令嬢に現を抜かしているような方ですから」


 その言葉はレイシアにも返ってくるのだが、リンドの前でくらい、自分を偽らなくてもいいだろう。


「……レイシアは私が王位を目指すといったら、応援してくれるかい?」


「それは……」


 いくら心の中ではリンドのことを思っているからといって、ロイスの婚約者であるという立場を捨てることはできない。

 レイシアは貴族だ。

 その人生は国民のために捧げるべきであり、ロイスに王位継承権がある以上、ロイスを支持しなければならない。

 そう教育されてきた。


「ごめん、意地悪な質問だったね」


「いえ……」


 静寂が二人を包む。

 レイシアはリンドの隣に立った。

 ここがレイシアの居場所ではないということはわかっている。

 でも今だけは。

 このまま時間が止まればいいのに、と思ってしまう。


 ◇


 侯爵家でのパーティー。

 普通パーティーでは、会場までパートナーにエスコートされて向かう。

 だが、レイシアたちの場合は、まさかの現地集合である。

 これだけでも、二人の仲が良好ではないということがわかるだろう。


 だが、今日はそれだけではすまなかった。

 レイシアが侯爵家の屋敷の前で待っていると、ロイスがメリーを連れて現れたのだ。


「ロイス殿下、これはどういうことです?

 メリーさんは今日のパーティーに招待されていないはずですが」


「私が連れてきたのだ。

 問題あるまい」


「今日のパーティーの主催は、殿下ではなく、侯爵閣下ですよ。

 閣下の顔に泥を塗るおつもりですか」


「うるさい!

 メリー、こんなやつは放っておいて、中へいこう」


「はい、ロイス様!」


 腕を組み、レイシアの隣を抜けていく二人。

 すれ違う瞬間、ニタッとメリーがレイシアを笑った。


「っ!」


 思わず罵声が出そうになるのを、グッとこらえる。

 今は他の貴族の目もある。

 レイシアの醜態は、公爵家の醜態になりかねない。

 婚約者の手綱を取れずに、他の女に隣を奪われている時点で、もう遅いのかもしれないが。


 会場に入ると、周囲がざわついた。

 それはそうだろう。

 ロイスの入場だと入り口を見てみれば、その隣に立っているのは公爵令嬢であるレイシアではなく、男爵令嬢であるメリーなのだから。


 いや、メリーのことを知っている者など、この場にはほとんどいないだろう。

 社交界における知名度は、公爵令嬢であるレイシアと、男爵令嬢にすぎないメリーとでは天と地ほどの差がある。

 そもそも、レイシアがロイスの婚約者であるということは周知の事実なのだ。


 そのレイシアはというと、前を歩く二人の後を追うように、一人で会場へと入ってきた。


 あまりにも惨めだった。


 レイシアはロイスのことを全く慕っていなかったとはいえ、それでも己の存在意義を考え、ロイスが立派な王になれるよう、全力で支えてきたのだ。

 その結果がこの仕打ちである。


 多くの貴族に見られてしまった以上、今日のことは公爵家当主である父や、国王陛下の耳にも入ることだろう。

 問い詰められるだろう未来を思うと、頭が痛くなる。


 だが、ロイスの仕打ちはそれでは終わらなかった。


 パーティーの来賓として、ロイスが挨拶をする場面があった。

 国の第一王子だ。

 こういった場での挨拶も慣れたものであり、その姿は堂々としたものだった。


 しかし、ただの挨拶では終わらなかった。


「さて、折角皆の前で話す機会を得たのだから、一つ発表したいことがある」


 無性に嫌な予感がする。

 今すぐ、ロイスを止めなければ。


 けれど、レイシアの手がロイスに届くことはなかった。


「私は今日この日をもって、ここにいるメリーと婚約を結ぶ。

 それにあたりレイシア、貴様との婚約を破棄する!」


 ロイスがレイシアを指差しながら、高らかに宣言した。

 周囲の視線が痛いほどに刺さる。


 ロイスにどう思われているのかは、なんとなくわかっていた。

 だから、婚約破棄自体に思うところはない。


 だが、男爵令嬢にしか過ぎないメリーと婚約を結ぶことなどできるはずがない。

 レイシアと婚約を結んでいるのだって、公爵家との関係を思ってのことだ。

 国王陛下は公爵家の影響力を正しく理解している。

 こんな馬鹿げたこと、陛下が認めるわけがない。


 いったいこの場をどう静めるつもりなのだろうか。

 婚約破棄を突きつけられた後まで、レイシアが尻拭いをしなければならないのだろうか。


「殿下、本気ですか」


 レイシアは一縷の望みにかけて問いかける。

 今なら冗談で済ますことができるかもしれない。


「ああ、本気だとも。

 お前の顔を見なくてすむと思うと、清々する」


 ……終わった。

 もう取り返しはつかないだろう。


 父にお叱りを受けることを思うと憂鬱だが、この場にとどまるのも居心地が悪い。

 レイシアは一礼すると、会場を後にした。


 ◇


 公爵家の屋敷に戻ったレイシアは、公爵家当主である父の書斎を訪れていた。


 レイシアは侯爵家のパーティーで起こったことのあらましを包み隠さず話した。

 そして、自身の至らぬ点を謝罪した。


「そういうことか」


 公爵はなにかを納得したようにうなずいた。


(そういうことか、とはどういうことかしら?)


 疑問には思うが、張りつめたこの空気で質問するわけにもいかない。


「レイシア、お前に婚約の話が来ている」


「えっ?」


 思わず、すっとんきょうな声が漏れる。

 レイシアはついさっきまでは、確かにロイスの婚約者だったのだ。

 第一王子の婚約者だと知って婚約を申し込んでくる者がいるとは思えないし、かといって婚約破棄されたことを知ってから申し込んでくるには早すぎる。


「いったいどなたが……?」


「リンド殿下だ」


 レイシアは目を見開いた。


「来たのはつい先程だ。

 リンド殿下が来たときは驚いたが、どうやらあちらも婚約者と上手くいっていなかったようだな。

 殿下も婚約破棄をなさったそうだ。

 既に陛下とも相手方とも話はついているらしい。

 私としてはロイス殿下でも、リンド殿下でも王位につく方との婚約を結べるのなら、どちらでも構わない。

 いや、レイシアに気がある分、リンド殿下の方が公爵家にとって都合がいいかもしれないな」


「待ってください。

 第二王子であるリンド殿下が、王位につくとは限らないのでは。

 だから、私はロイス殿下と婚約していたわけですし」


 歴代の王をみても、そのほとんどは王位継承権一位の者、つまり第一王子が継いでいる。


「ロイス殿下が本当にメリー嬢と婚約をするつもりなら、王位継承権を放棄するしかないだろう。

 まさか、ぽっと出の男爵令嬢を王妃にするわけにもいくまい。

 そうなれば、次期王はリンド殿下だ。

 レイシア、お前はどうする?」


「私は……」


 ◇


 その日、国王陛下の御前に、レイシア、リンド、ロイス、メリーの四人が揃っていた。


「父上、どうして私が王位継承権を放棄しなければならないのですか!」


「だから何度も言っておるだろう。

 メリー嬢を王妃にするわけにはいかん。

 どうしても婚約をすると言うのなら、継承権を放棄するしかないと」


「私はメリーを愛していますし、メリーも私を愛してくれています。

 メリーは心優しい女性です。

 王妃だって立派に務めてくれるでしょう。

 そうだよな、メリー?」


「はい!

 わからないこともあると思いますが、精一杯頑張ります」


 朗らかに宣言するメリー。

 その様子に国王は頭を抱えた。


「メリー嬢よ、王妃になる者が、王妃足る能力を備えているのは大前提だ。

 その事を頑張るようでは話にならん。

 それに、そなたの実家は男爵家であろう。

 いったいこの国において、どれだけの影響力がある。

 どれだけロイスの力になれる。

 力なき王政など、砂城より脆いぞ」


 国王の容赦のない言葉に、メリーはたじろいだ。


「し、しかし、ではどうしてレイシアがリンドと婚約をしているのですか!

 そんな尻軽が王妃に相応しいと言うのですか!」


「お前も婚約者がいる身で、メリー嬢を侍らしていただろう。

 それに、お前とメリー嬢が愛し合っているというのなら、リンドとレイシア嬢も愛し合っているようだしのう」


「なっ!

 レイシア、貴様!」


 キッとロイスが睨み付けてくる。


「私がリンド殿下との仲を深めることができたのは、ロイス殿下が私を厄介払いしてくださったお陰です。

 ロイス殿下が私を邪険にした分だけ、私はリンド殿下と同じ時間を過ごすことができましたから」


「ふざけるな!

 リンド、お前もだ!

 お前の婚約者はどうした!

 婚約者がいるのに、レイシアに近づいたのか!」


「兄上、私は円満に婚約を白紙にしましたし、その事は父上も承知しています。

 それに、レイシアとのことについては、兄上に言われる筋合いはありません」


 何を言ってもブーメランになって返ってくる。

 ロイスの姿は、レイシアからみても少し憐れだった。


「ロイス、どうするのだ?」


 国王がロイスを見据えた。


「……わかりました。

 王位継承権を放棄します」


 諦めたようにロイスが呟いた。


「ちょ、ちょっとロイス様!?

 そんな簡単に諦めないで下さい!

 ロイス様なら、国王にだってなれるはずです!」


「メリー、心配するな。

 王位につけなくても、私がお前を幸せにする」


「違っ。

 私は王妃に……」


 なにかをわめいているメリーを引きずるように、ロイスは部屋を後にしていった。


「レイシア嬢、ロイスがすまなかったな」


「そんな!

 私の方こそ至らぬ点があり、申し訳ございませんでした」


「お前のことは小さい頃からみてきた。

 人となりもわかっているつもりだ。

 リンドを、この国を頼むぞ」


「はい。

 この生涯にかけて」


 国王はレイシアと、その隣に寄り添うように立つリンドを眩しそうに眺めていた。

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