~通観~
政宗は走る。
時に、迫る闇の異形を斬り払いながら。
それは立ち止まろうとする度に、襲って来た。
「埒が開かぬな……小十郎、後どれくらいで最初の間に着くのだ。」
「三人で駆け抜けたときは、この様に長くは…。当に着いても良い頃です。」
その一歩先を進みながら、小十郎が答える。
「我が道を阻むか、摩天楼よ!」
先の見えぬ闇の中で、政宗は笑う。
初めは窮屈に感じていた体つきも、馴れて来ると身軽さとして利用出来た。時に舞の様に身を翻し、刀は大小のどちらも駆使して異形を巧みに牽制し、突き進んで行く。
「不思議な戦法にござりまするな、政宗さま。」
見たことが無い。
目新しさに小十郎は感嘆する。
「ははは。戦法には無いだろう。戦無き世で嗜むは、能か…炊事くらいのものだったからな。」
「…炊事を?!」
「美味いぞ、俺の料理は。」
───────
「と、しますと…奥方さまは。」
「
「何と!」
(そんなにも、伸し上がられたのか!)
小十郎は再び感嘆する。
「俺だけではない、大抵は主人自らが客を持て成す。それが流行りだったと言えば聞こえは良いが…」
「……。」
「心までは手放せなかったのだ、誰も。戦の終わりを知る友は皆、最期までそれを持ってあの世に行ったと思う。」
「戦無き世も平和ばかりではない、と?」
「平和だとも。ただ、均衡が無ければ成り立たぬ世ではあったな。」
「均衡…?」
政宗の話は本当に面白い。
何より偽りの無い事が解るから、小十郎は興味津々と耳を傾けていた。
「程々が肝心と云う意味だ。戦無きとて娯楽に溺れ過ぎては、早う呆けてしまうからな。」
政宗は語りながら、僅かだけ懐かしさを滲ませて笑った。
───────
「武士は死するまで、武士であったのでこざいますね。」
「……そうさな、根っからの
「左様に。」
言葉を返しながら、小十郎は思う。
(梵天丸さまとは違う……いや、このお方が、真に梵天丸さまのゆく末であらせられるならば――――)
考えて、己の滾りを感じた。
気付くとその震えは、先刻までの【恐怖】とは全く別のものになっている。
男は、恥じた。
(暫時でもこのお方を差し置いて恐怖に屈するなど、とんだ大ばか者だ。臣たる事の微塵も、俺は理解していなかった。)
そして。
「……政宗さま」
「何だ?」
「失礼を、仕まりまする。」
一礼し、脇差を抜く。
素早く政宗の前途を整えると、その道を見据えて小十郎は言った。
「共に参りましょう、摩天楼…その頂に。」
政宗は満足気に笑み、頷く。
「それでこそ、我が右目だ。」
再び闇に染まる二人を、小さな灯火たちが見送る。
後方から新たな足音が迫るのを、見つめるのはまだ、摩天楼だけだった。
───────
「なるみ」
「いや、
「断る!なるみ~!」
「し、げ、ざ、ね!何でお前に断られなきゃなんないんだよ!!あと暴れるな!ぶん投げるぞ!!」
「それは私が断る!」
「じゃあ代わりに背負って下さいよ、殿下。」
「そうしたいのは山々だが、本人が“なるみ”を所望するのだから、仕方が無い。」
「成実です。」
「ふん。正して欲しくば、この太閤秀吉に対する態度を重々改めるのだな。」
「…偉そうに…。」
「偉そうではなく、偉い。信長様の命さえ無ければ当の昔に手討ちにしている所だぞ。」
「そうですよねー。お殿さん居なかったら立場も何もありませんものね。殿下は。」
「…貴様。」
「ふぁーあ。…口を開けば立場だ呼び名だ、いちいち五月蝿いのぅ、貴殿らは。日ノ本を背負う男児が何と情けない。」
「お前が言うな!!」
「こら、藤五郎!」
───────
少しの時を遡る。
政宗に秀吉の牽制を任された成実は、その地で静かに戦っていた。
摩天楼の麓。
斬り合いになれば難しくなるその勝負を鍔で阻止し、政宗が悠々と進めるだけの時間を稼ぐ。
「口先だけではないようだな。流石は由緒正しき伊達の名を持つ者。」
そんな成実を、秀吉は正直に褒めた。
「しかし何時までも、貴殿の時間稼ぎに付き合うつもりはない。」
ギリ…ッ。
言葉と共に、剣圧が重くなる。
「…っ。」
「何故、禁じの触れが出た今日にまで摩天楼を登る。あれがどんなものか、知っているのか。」
成実は必死に塞き止めながら返事をした。
「知りませんよ。登るのは…あいつがそうしたいって言ったからだ。」
「成程。ならば止めるべきは貴殿ではないと云う事になるな。」
秀吉が更に力を込める。
その様子を察して、成実の顔付きも僅かに変わった。
「……俺たちは、終わらせたいだけです。」
「終わらせる?」
「沢山の人が傷付いていく、戦だけの時代。」
「……。」
「その時代を作るのに、あの塔の存在は邪魔だ。」
「それは私も同感だな。…そうか。」
納得したと頷く秀吉。
───────
「…止めだ。」
「えっ?」
秀吉の剣がふっと軽くなったので、成実はそのまま相手を窺う。
「そこまで言うのなら、見せて貰おう。貴殿らの行く道を。」
「は、それってつまり…」
「許可すると云う事ではないぞ?同伴して危険と見做せば、やはり私は貴殿らを上へは遣れないだろうからな。」
「殿下…。」
「さぁ、開け。」
「え?」
「扉だ。」
「俺がですか?」
「他に誰が居る。」
「…さっきちょっとだけ感動してたんですけど、撤回しますね。」
「何故だ。私はあれには触れられない。今のは貴殿を頼る意味で言ったのだ。」
「頼る・って云う態度じゃ…ないんだよな…。」
───────
(解説欄)後日更新
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