~既望~
【摩天楼】を垣間見た時。
俺は全身が粟立つのを感じた。
何かが、【居る】。
人か獣か……
とにかくこの建造物が抱えているものは
只為らぬ【殺気】である。
───────
本宮と名の付いた地の境から、もう暫く馬を駆らせた所。
(あれは…門か?)
何かが見えようと云う時に、馬が警戒を示して歩みを止めた。
一先ずと連れて来た血気盛んな家臣たちも次々と不調を訴え始める。仕方が無い。手練れであればある程、此の殺気は身に刺さる。
然して其れに耐え得るかどうかは全く別の話である。政宗は生前、とある縁があり霊障の類いにも出会した経験があるが、彼等には。
元来は其れこそが普通の感覚だ。
「落ち着け皆の者」
励ましてもみたが、其れでも変わらぬ者は此処までと諭し、呉々も浄めて戻る様にと、その場で屋敷に帰した。
他家との小競り合いも今は摩天楼の件で有耶無耶に成っており、
「きつかったら頼って行け、途中で倒れるなよ!」
少し先まで見送りに行くと言うので、戻ってきた所で一行も馬から降りた。残ったのは決起した三人と、馬の世話だけでもと残ってくれた数人のみである。
やはり此処から先は、己が身を賭して進むしか無い。政宗たちは少しずつ、近付く度に増して行く威圧感にただ口を噤み進み始めた。
───────
(やはり、疼く。)
充満する悍ましい空気が犇々と、政宗の傷を蝕もうとしている。
久しく嗅ぐことも無かった血の臭いが、微かではあるが、確かに鼻に入ってくる。視界からも霞み始めていた、人の狂気――――…この【搭】は安易に、政宗にかつての戦乱を思い出させた。
やがて、疼き続けている傷が痛みへ変わる程に何かを感知し始めた。思わず足を止める政宗の身体を、小十郎と成実がしっかりと支える。
「政宗さま。」
「具合悪くなってないか?藤次郎。」
「大丈夫だ。しかし……」
三人が見据えるもの。
ぽっかりと開け放たれたまま、
果ての無い闇にも見えるこの黒こそ
摩天楼の、入口だった。
建物と云うよりは、その門だけが空間に佇んでいるので、余計に不気味である。政宗にはそれがじっと、何かを待っている様にも見えた。
「行ってはいけない」と訴えて来る本能とは他所に、「進め」とも促して来る【何か】。
其れは本来の自分であろうか
其れとも、ただの好奇心であろうか……
───────
ふと、小十郎と成実を見る。
二人は物怖じを感じさせない面持ちで自分を守り、この殺気に堪えていた。
「此処に入ったのか…俺は。」
「はい。【梵天丸さま】は偵察の名目で、大殿に連れられ過去に二度、この摩天楼を訪れております。」
右に並ぶ小十郎が返す。
次に成実が、左から答えた。
「三度目の時だな、藤次郎が一人で行くって言い出したのは。【覇王さん】が来たのは、四度目。」
「何と無鉄砲な……。」
「されば今朝は形式上、御遠慮頂くよう、念を押しました。」
「……ふっ。」
参謀として、言い分が通らなかった時の小十郎はいつも、僅かに冷ややかになる。
それは元服して間も無く伊達家の舵取りを任された政宗が、独り善がりに振る舞える立場でない事を自覚させる為でもあった。
(性根は、変わらぬという事か。)
「笑い事では御座りませぬ。」
「はっはっ、解った解った。我が直臣の言なれば、後生大事、肝に銘じねばな。」
七十年を生き切った政宗には、その青さが何処か懐かしいような、こそばゆいような。
そんな、感覚だった。
「無理と悟れば、退こう。」
「……何と。」
「嘘だろ、藤次郎が退く話してる。」
何と無しに投げた言葉。
それでも左右の二人は意外そうに、目を丸くしながら呟いた。
(其処までか。)
若い自分は確かに無鉄砲を自負出来る程の画策を熟した。
しかし、この【梵天丸】は、本当にがむしゃらだったらしい。政宗は、少しだけ己が情けなくなる。
「返事は如何した。」
「…ははっ。小十郎はいつでも、殿の側におりまする!」
「うーっし、行くかー。」
三人が決意を新たにした、その時。
「その必要は無い。」
僅か後方より
ざり、と土が鳴った。
───────
(解説欄)後日更新
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