第34話 復活?
俺は、どうしたら良い。
一騎でも多くの龍を助けようと、先行きの暗い競翔龍たちを勝たせてきた。その過程で多くの人を不幸にし、龍自身も傷つけてきた。全ては龍の為、その言葉を胸に何もかもを遮断してここまでやってきた。
でも、駄目だった。
どうやっても弱い龍は死ぬしかない。勝たせようと無茶をさせれば故障して、勝たせても結局は処分される。何もしなければ当然のように殺される。騎手一人がどれだけ抗っても、龍たちのその後は変わらなかった。
俺は、何もできなかった。
そこで、考えるのを止めた。ここしばらく同じ事の繰り返しだ。後悔して悩み、思考を止め、気付けばまた答えの出ない問答が頭をぐるぐる回っている。
電話がひっきりなしに鳴っていた。カーテンの隙間から薄暗闇に陽が差している。今は何時だ。いや、何日だ。あれからどれだけの時間が経った。
あれって何のことだ。カラマンとセヴェリンが死んだ日の事か。葵が警察を呼んだ日の事か。良く分からない。どうでも良い。
躰はベッドに縫い付けられたように動かない。しばらく風呂に入っていないせいか頭が痒い。でも掻こうとは思わない。腹は空き過ぎて痛くなっている。でも食欲は湧いてこない。トイレに言った記憶はないから漏らしているかもしれない。でも確認しようとは思わない。
俺は眼を閉じた。視界はほとんど変わらない。暗いままだ。俺はどうしたら良い。俺に何ができる。
分からない。
重いものが落ちるような音が、玄関の方から聞こえた。
「戸次騎手、聞こえますか!? 蒲池です! ダイブの記者の蒲池です!」
妙な声が家の中から聞こえてきた。肉声ではなく、機械越しのようなくぐもった声だ。郵便受けからスマホか何かを投げ入れたんだろうか。
「記事見てくれましたか!? 以前の取材の記事がようやく載ったんです。私が未熟なせいでここまで遅くなりましたけど、その分良い記事になったと思います。これで戸次騎手への誤解も解けて、騎乗依頼も増えてくる筈です!」
思い出した。「ダイブ」の蒲池か。
「それと……一萬田厩舎所属の二騎の死は聞きました。一萬田先生や志賀さんから事情も聞いて、戸次騎手がどんな状態かは知っています。……今、私がどこにいると思いますか。中東はドバイ、競龍の本場です」
中東か。行った事はないけど興味はあった。
元々龍と暮らしてきた文化があり、そこにオイルマネーが後押しして競龍大国になった。龍に関しては世界最先端、日本競龍界も中東を目標にして生産からレース体系まで多くを参考にしている。
「凄いですよ。とにかく見てください。画像を送ります」
少し気になった。ズボンからスマホを取り出し、しばらくぶりに電源を入れる。馬鹿みたいに来てる着信やメール、メッセージを無視して目的の画像を開く。
「見ましたか? その施設が何か分かりますか?」
映っていたのは、龍の牧場らしき施設だった。日本と同じでコースがあり、龍房が並び、そこに龍たちが押し込められている。龍を生かす為だけに存在する、自由のない監獄のような光景だ。
「そこ、郵便局なんです」
衝撃が、全身を突き抜けた。
「ドバイではドローンに代わって、龍を使った配達が行われようとしています。まだまだ実験段階ですけど、もう正式運用も決まっているらしいです」
震えが、余韻のようにやってくる。
「分かりますか。中東では龍が、競翔龍でなくても生きてるんです。繁殖に上がれなかった龍でも生きていけるんです」
俺は走った。直ぐにこける。節々が固くなってうまく動けない。俺は這いずりながらも前に進み、立ち上がって玄関に落ちたスマホを拾う。
そこで、我に返った。
「……中東と日本は違います」
「戸次騎手! ああ、いえ……確かにその通りです。でも実現例はあるんです。不可能ではない筈です」
「……無理ですよ」
中東において龍とは、神の死者であり化身であり、神自身だった。
その下地があるからこそイスラム教が広がっても龍は大切にされ、保護されてきた。他国とは人と龍の関係がまるで違う。中東において龍とは聖獣であり、日本では怪獣だ。
「日本で龍が、街中を飛べるわけがない……」
「何故諦めるんですか!?」
叫び。音声が割れる。
「自分の命を懸けてまで龍を救おうとしてきたあなたが、何故諦めるんですか!?」
荒い吐息が聞こえてくる。
「あなたにとっての龍はその程度の存在なんですか。たった二騎の龍が死んだから何だって言うんですか。あなたはその二騎を救う為だけに競龍騎手になったんですか」
違う。
救いたい龍はできるだけ多く、際限なんてない。
「今この瞬間にも、龍たちは死んでいます。殺されています。へこたれている暇はない筈です。さあ、立ってください。龍を救いたいと思っているのはあなただけじゃありません。みんなで龍を救いましょう」
へこたれている暇はない、か。
その通りだ。俺が一人で悩んでも何も解決しない。それどころか事態は悪くなり、龍たちは用済みとばかりに殺されていく。
「……ありがとうございます、蒲池さん。もう大丈夫です」
玄関の扉を開ける。耳をそば立たせていた葵に、拾ったスマホを返した。
「風呂入って着替えてくるから、その間にタクシー呼んでくれるか」
惚けていた葵の顔に、満面の笑みが浮かんだ。
「うん、任せて!」
俺は部屋に戻り、服を脱ぎ捨ててシャワーを浴びた。伸び放題だった髭も剃り、何日も放っておいた躰を綺麗にする。
これからする事は決まっている。俺は騎手だ。何もできない騎手だ。俺は龍を救う。騎手に龍が救えないなら、騎手は辞めよう。
俺はドバイに行く。
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