1部3章 従魔研編

幕間番外85.5話:“強奪”☆



 ※



「スキル泥棒?」


 ゼンは、その聞いた事のない単語を繰り返す。


「あるいは、スキル強盗、とでも言うのかしらね」


 フェルズのギルドマスター・レフライアは、聞いた事もない、前代未聞の事件に、どういった顔をしていいのかも分からず困惑していた。


「この1週間で、報告に上がっているのは10件。内、8名はB級やC級の冒険者、後、一般人もいるけれど、盗まれたのは、実用的な能力の高いスキル、余り持ち主のいないレアなスキル等で、誰も彼も途方に暮れているわ。


 盗まれた事自体に、被害者が気づいていない事もあるかもしれないから、潜在的にそれ以上の被害があるのは確かなようなの。


 実際、この事件が起こってから、ギルドの職員の調査を行ったところ、4名の職員が、持っていた筈のスキルがなくなっている事が判明しているの」


「それは、持ってると思っていただけ、とかでなく?」


 スキルというのは沢山あって、本人も把握し切れていない場合もある、と話では聞いていた。


「当然よ。ギルドでは職員の年一回の健康診断で、スキルの有無を調べているから、彼等のなくなっているスキルが何かも、ちゃんとこちらで把握出来ているわ」


 レフライアがデスクの上に出したのは、盗まれたスキルの一覧のようだ。勿論、本来は極秘の資料だが、これから調査にあたってもらう本人に隠しても仕方がない。


「スキルって、盗める物だったんですか?」


 ゼンは出された一覧を取り、何とはなしにそれに目を走らせる。


 本来全ての人間が持つべきスキルを持たない、唯一無二の人間、と言ってしまってもいいかもしれないゼンとしては、スキルの知識など根本的に欠如しているので、そんな常識的な質問をして来る。


「いいえ、まさか!少なくとも、私の知る範囲内で、そんな話は聞いた事がないわね」


「じゃあ、スキルを盗むスキルとかは?」


「それも、聞いた事はないけれど、神々は時に気紛れで、おかしなスキルを人に与える事もあるから、可能性はゼロではないと思うわ」


「ふーん……」


 確かに、神というのは、あの壁の仕掛けを考えてみても、どうしようもなくおかしいのだろう、と往来ではとても口に出来ない失礼な事を平気で考えるゼン。


「でもね。スキルというのは、そういう特有の能力だったりもするけど、大抵は、人の成長を補佐する為のもので、人はそれをコツコツと、努力を積み重ね、育てた上で強いスキルに花開かせる事が出来るものなの。


 いわば、その人の努力の証、苦労の象徴。もしもそれを安易に奪って、自分で利用している者がいるとしたら、それは人間のクズね」


 レフライアはいかにも汚らしい、と吐き捨てるように言う。


「そうですね。自分の物でもない、盗んだ名剣ではしゃぎまわり、その名剣が人が苦労の末に鍛え上げた物なのだから、それを好き勝手に使うのは、ゴミクズの類いでしょうね」


 ゼンには漠然としか分からないので、そんなズレた例を出す。


「だから、君が忙しいのは分かっているのだけれど、絶対安全に捜査出来るのは、フェルズで、いえ、世界中で、君しかいないの。すでに捜査に派遣したスカウト3名が、スキルがゼロの、身ぐるみはがされた状態、となって見つかっているのだから……」


 つまり、ゼンと一時的にでも同じ状態になっているのだ。


 ゼンは勿論そんな、人の不幸で喜ぶような悪趣味さは持ち合わせていなかったが。


「その、スキルを盗まれる前後に、容疑者とおぼしき、ボロボロの黒マントを羽織った不審な男、というのが目撃されているの。もしもその盗む能力が、スキルなのだとしたら、使う時に気配隠蔽を解く必要があるのかもしれないわ」


「つまり、相手は万能ではない、と」


「そうね。盗んだスキルを自由自在に流用出来るのなら、とんでもない能力持ちになっている可能性もあるけれど、いっぺんに全ての力を使えないのかもしれない。


 いえ、気配隠蔽と併用出来ないのなら、2つ同時に使う事すら出来ないのかも……」


「……一応、このなくなったスキルを、盗まれた、としてますが、もしも相手の力が、スキルを消失させる類いのものだったら、どうするんですか?」


「……それは、最悪ね。盗まれた、と思っていたからこそ、取り返せる可能性もあると、希望的観測で考えていた訳だから。正直、そうじゃない、と祈るしかないわ」


「……そうですか」


 捜査情報では、反撃した時に、盗まれたスキルが色々使用されているようだ。多分盗んでいるのは確かだと思うが、よく、遊びで盗みをやる者が、必要もない物を盗み、それをあっさりと捨てる場合もある。


 そもそも、その盗まれた状態のスキルを元に戻せるかの保証もない。


「とりあえず、捜してみます。俺も、知人や仲間がそんな目に合って欲しくないですから」


「ありがとう。ギルマスとして、形ばかりの領主としても感謝をするわ」


「義母(はは)として、だけで充分ですよ」


 ゼンにとっては一つでも過剰なのだ。


「欲のない子ね」



 ※



 さて、捜査を引き受けはしたものの、この広いフェルズで、スキルを駆使して隠れ潜む相手を、そう簡単には見つける事は出来ないだろう。何か手が必要かもしれない。


 とりあえず今日は、ゴウセルの屋敷に戻って考える事にする。


 フェルズの街並みは、ギルドから謎の流行り病の疑いあり、として外出の自粛を推奨している。当然、それは虚偽で、“スキル泥棒”対策だ。


 現状では、これくらいの消極的な策しかないのだ。


 少なくとも容疑者は、盗む相手の近くでないと盗めないらしい。遠隔発動出来るスキル、もしくは特殊能力ではないらしいのだ。


 それが多少の救いでもある。外出していなければ盗まれない筈。押し込み強盗よろしく、家に侵入して実行する可能性も当然あるが、それだけ派手な事が出来るような度胸もない、と今までの捜査資料からは推測出来る。


 そもそも人の物盗んで利用する、等ど言うのは小悪党の発想だ。


 とっとと捕まえて、ギルドに引き渡したいものだが……。


 ゴウセルの屋敷に戻ると、意外な展開が待っていた。


 ゼンの従魔、コボルト犬鬼 のミンシャが、“スキル泥棒”の被害にあっていたのだ。


「……ご主人様、すみませんですの……」


 ミンシャはショックの余り、憔悴して寝込んでいた。


 コボルト犬鬼 は強い魔物ではない。雑魚に数えられる魔物だ。


 ゼンの力を多く分け与えられたミンシャは、従魔の中で一番の強さではあったが、元が弱い魔物故に、スキルは貧弱で、あるのは気配隠蔽や危機感知で、他は、ゼンに教えられた料理と、剣術補正があるぐらいだったのだが、相手は気配隠蔽を持っていたからだろう、危機感知を取っていったらしい。


 自分の物よりも強い気配隠蔽を取って行くような判断力はなかったのか、単に種類が欲しいだけなのか、こちらが判断に困るところだ。


 食材の買い物に出ていたミンシャは、怪しい人物を見かけ(恐らく、ミンシャの気配隠蔽の方が強く、相手の隠蔽は通用しなかったのだろう)、取り押さえようとしたところ、身体の重みが倍加して動けなくなり気絶させられ、その隙に危機感知を取られた、と。


 盗まれたスキルの一覧に、重力操作、という極めてレアで強いスキルがあった。それを使われたのだろう。


 ミンシャは自分の数少ないスキルを奪われた事と、ゼンの従魔であるのに、怪しい男にしてやられた悔しさとで、二重にショックを受けてしまったようだ。


「気にするな。俺がすぐにでも取り返してやるからな……」


 ゼンは、寝床で泣きじゃくるミンシャを優しく撫でて、そう言い聞かせる。


 その内心は、はらわたが煮えくり返る程に怒り狂っていた。


 ミンシャはゼンにとって最初の従魔だ。だからこそ、付き合いも長く、色々な苦労をともにして来た。


 フェルズに戻ってからは、リャンカと一緒に家政婦のような役目についていて、余り構ってやれていないが、ゼンにとってミンシャは別格的に大切な存在だった。


 従魔で大事でない者などいないのだが、中でもミンシャは特に目をかけている。


 従魔が多く増えてしまったので、なるべく公平に、と接しているし、スキルで役割の多い者などがいるせいか、ミンシャを軽く扱っている様に、旅の間の事を知らない周囲には見えるかもしれないが、それと実態とは別物だ。


 ミンシャはゼンにとって最強の従魔で最愛の従魔でもある。


 言うとつけ上がるので言わないが、それが本当の真実だった。


 ただし、恋愛的な意味ではないのだが。


 泣き疲れたのか、ゼンに撫でられ安堵したのか、ミンシャが眠りにつくと、ゼンは自室にこもり、これからの算段をする。


 “スキル泥棒”に、どう復讐するかの……。




<……ガエイ、フェルズの街の要所要所に影の分身を配置してくれ。犯罪が起こりそうな暗がりなんかを重点的に>


<御意に、主殿>


<ただし、お前自身ではなるべく動くな。相手に“影移動”が盗られたりしたら、捕まえるのがより困難になる>


<お任せを……>


<リャンカはすまないが、屋敷の仕事が終わったら、久しぶりに中に戻ってくれ。犯人は、ギルドに引き渡さなければいけないからな。死体を渡すわけにはいかない……>


<は、はい!わかりましたわ、主様!>


 そして部屋を出ると、ゴウセルのいる居間へと行く。


 レフライアから頼まれた件で、フェルズ内の見回りをするので、食事時に帰れないかもしれない、と告げておく。


「わかった。俺も、レフライアから少し聞いてはいたが、まさかうちのミンシャが被害にあうとはな……」


 ゴウセルの表情も暗い。


 ここの所、ミンシャとリャンカにずっと料理、洗濯等、家事の一切合切を世話になって来ているのだ。


 さすがに娘同然、とまではいかないが、ゼンの大事な存在は、自分にとってもそうだと考えられる義父なのだ。


「……すぐに、どうにかするから」


 ゼンは屋敷を出て、夕闇迫るフェルズの街並みを歩いて行く。


 そこに硬い決意をみなぎらせて。



 ※



 すっかり暗くなったフェルズの裏通りを、二人の冒険者がふらつく足取りで、飲みかけの酒瓶を持ったまま歩いていた。


 流行り病や、スキル消失のおかしな噂などは聞いていたが、彼等はB級の冒険者。


 上級迷宮に入れる程の、上位の冒険者だ。くだらない噂や病など、屁とも思っていなかった。


 だからこそ、暗がりから伸ばされる手にも気づかず、簡単に昏倒する。


 自分達が苦労して磨きあげたスキルが奪われたとも知らずに。


 暗くほくそえみ、男は間抜けな冒険者達を後に立ち去る。


 彼は無敵の力を手に入れた。もはや、冒険者も魔物も関係ない。全てのスキルを奪い、手に入れ、世界の覇者、王になるのだ。


 考えるだけで笑いが止まらない。


 強い冒険者のみが集う場所、などどいうお題目を信じてこんな辺境の田舎に来たというのに、まるで相手にならない。


 この世に住む、全ての者が、自分にスキルを差し出す為だけに生きている、ただそれだけの存在だ。そうだ、我は王なり!全てを献上するのだ!


 自分の考えに酔う余り、前から歩いて来る人影に気づくのが遅れた。


 その人影は、小柄だが、立派な皮鎧を身に着けている。小人族の冒険者か。


 いつもの様に、隠蔽のスキルで姿を隠している。


 こちらに近づいて来るが、気づかれた様子は微塵もない。スキルは―――


 男は舌打ちしそうになる。何のスキルもない。力も感じない。ゴミだ。


 見逃してやるから、さっさと何処かに行け、と思いながら、相手が横を通り過ぎる、そう思った瞬間に、物凄い衝撃でその場から吹き飛ばされた!


 何が何だか分からない。ただ、脇腹に耐えようのない痛みがある。


「ぐう、こっ、『高速再生』!」


 スキルを念じると、やっと痛みが治まり、怪我も治り始める。


「やはり、同時にスキルを使えないのか。どんな奴かと思って来てみれば、随分と小汚く、貧相な……」


 その言葉に、相手を見ると、何とそいつは小人族ではなかった。人間だ!子供だ!単なるガキだ!


 その人影はゼンだった。ガエイの索敵範囲内に現れてくれた相手に、急いで復讐……もとい、捕縛する為に来たのだった。


「な、なにを偉そうにチビガキが!俺は、全てのスキルを支配する王だぞ!頭が高い!控え―――」


 また物凄い衝撃。今度は何をされたか分かった。蹴られたのだ!足蹴にされたのだ!偉大なこの身を!


「なに、寝言をほざいてるんだ?泥棒陛下か?そんなボロを纏ってコソコソと、人のスキルを盗むのが偉いのか?大した価値観の持ち主だな」


「ふ、ふざけるな!俺は泥棒なんかじゃない、俺の偉大なスキル“強奪”は、貴様ら愚かな愚民から搾取する権利!これを持っている事こそが、その証拠だ!」


「“強奪”?ああ、つまり強盗か。強盗陛下の方がよろしいのかな?どちらにしろ、余り変わらんと思うがな。ところで陛下、何故愚かを二重に使うのですか?その場合、愚かな民、もしくは愚民ども、でいいのでは?」


 いちいち小賢しい事を言うガキだった。だが、あの足癖の悪さは要注意だ。恐らく、こいつは、スキル隠蔽という、高等なスキルを持っているのだろう。


 だが、隠したとしても無駄なのだ。俺の“強奪”にかかれば、無作為にでも奪える!


 男が、スキルで怪我を治してから立ち上がり、素早く(と自分では思っている)手をかざし、勝利宣言をする。


「“強奪”!」


 当り前だが、何も起きない。


 愕然とした顔で、男は叫ぶ!


「な、何故だ?どうして奪えない!」


「何を言ってるんだ、お前は。選んでスキルを奪ってるって事は、スキルが見えているんだろ?それがそのまま答えだ」


「じゃ、じゃあ、スキルを何ももたないクズに、俺が……」


「クズはお前だ」


 またゼンは男を蹴り飛ばそうとしたが、さすがに慣れたのか懲りたのか、男の姿が消える。


「……短距離でも、スキルで転移出来るなんて、凄いよな」


「そ、そうだ!俺は凄いんだ!」


 建物の屋根の上に転移した男は誇らしげに言う。


「いや、お前じゃなく、スキルの持ち主の話だ」


「何を血迷った事を、このガキが!今、それは俺のものだ!俺が偉いだよ!」


「ギルマスの言った通り、清々しいくらいのクズっぷりだな」


 ゼンは、男の目には見えない程の速さで屋根まで跳躍し、駆け上がり、男を屋根から叩き落した。


 そのままそれを追って、ゼン自身も屋根から飛び降りる。


「さっさと怪我を治せ。リャンカに手間を取らせるな。治すスキルがあるんだろ?」


 起き上がって来ない男に、ゼンは歩み寄って―――


 恐ろしい程の自重の増加。その周囲一帯は、高重力の結界に閉ざされ、身動き一つ取れなくなる。


「ざまーみろっ!油断したな、ガキめが!」


 男は立ち上がり、勝ち誇る。


「重力操作は、地系魔術では最上位。それをスキルで習得するとか、本当に凄い持ち主だ。強盗陛下もそう思うよな?」


 男の隣で馴れ馴れしく肩を叩くゼンを、男はただ信じられないものを見た目つきで、ゼンと重力に潰れている人影を、何度も交互に見比べる。


「あれは影。残像を“気”で固定化する『流水』の技の一つ、と言っても知らないかな?」


「ば、化物め!」


 次に男が放ったのは雷撃だったが、また命中する、それも影。


 どんな強力なスキルだろうと魔術だろうと、相手をとらえきれないのならば、何の意味もない。赤い人も言いました。


「さて、俺もさっきのと似たような事が出来るんだ。味わってみてくれ」


 スキルを狂ったように乱発していた男は、見えない圧力に押されて、地面に無様に這いつくばる。完全に強制的に。


「これは、重力操作でもなんでもない、“気”で上から押さえ込んでるだけの、何の意味もない力技だよ。ただ殺すのなら、剣で急所を斬った方が余程力はいらない。でも、それだけじゃ俺の気が済まないんでね……」


 体中が、骨がきしむ。腕が、足が、頭が胴体が、ただ上から押される圧力に耐えかねて、悲鳴を上げている。


「ガッ…、ぐ、じ、『重力操作』!」


 男は決死の思いで重力操作のスキルを使う。ゼンの力を打ち消そうと、男の周囲の重さがなくなり、周囲の石や砂利が、ふわりと浮きあがり、上へと飛んで行く。


 男自体には何の変化もなく、押さえつけられる力も少しも弱まらない。


「……言った筈なんだがな。これは、重力操作じゃない、と。重さを操作しても、お前への圧力は何も変わらない。地面に押されているお前は浮き上がりもしない。その意味すら理解出来ないのか。


 どうでもいいな。俺のミンシャを悲しませた貴様は、死ぬよりも悲惨な目にあってもらう!」


 圧力が更に増す。もう痛みと苦しみとで、スキルを使う余裕もない。


 目に見えない力に潰される恐怖に、男は半狂乱になるが、動けないので、その様子はゼンには伝わらない。


 男の身体から血が滲み、骨の砕ける音がする。

 

<と、止めて下さい!主様!主様!いくら私のスキルでも、全部潰されたら、治し様もなく死んでしまいます!>


 リャンカの悲鳴のような念話で、ゼンは込めていた力を解いた。無意味な“気”の使い方で、異様に疲労していた。


「……悪い。そうだな、平面にまで潰したら、いくらなんでも元に戻せない、か」


 そこまで潰すつもりだったのか、と従魔達は揃ってゾっとする。


 リャンカのスキルで治療された男は、圧死されかけた余りの恐怖に錯乱し、何も出来ないでいる。


「さて、もういいだろう。知ってるか?砂漠のある部族では、物取りに重い罰を与える。それが二度と出来ないように、な」


 ゼンはそこで初めて剣を抜き、脱力した男のその両腕を、容赦なく斬り落とした。


「あ、あー!腕が!俺様の偉大なる両腕が!」


 痛みで正気付いたのか、男は両腕がない状態で、大量に出血する自分にうろたえ、騒ぐのみで、スキルで治療をしようとすらしない。


「何をいちいち騒いでいる。さっさと治せよ。……なんだ、集中出来なくて治せないのか?世話の焼ける……」


 騒ぐ男の手が戻る。リャンカの完全治癒スキルだ。


「あ、あれ?なに、これ幻影?幻覚?夢?」


「幻影が出血する訳ないだろうが。スキルの割に、本当に小物でしかないな。一体何なんだ、こいつは……」


 ゼンは呆れはてる。こんな貧相で頭の弱い男が、何故フェルズまで来て大騒ぎを起こしたのか、疑問だったからだ。


「……まあ、そこら辺はギルドで調査するだろう」


 すっかり混乱に打ちのめされた男は、もう反撃する気力も何もないようだ。


「おい、お前。奪ったスキルは戻せないのか?」


「あ?あ……わ、わからない、で、でででも、これは、俺のものだ!」


「チッ。戻し方も分からない癖に、所有権は主張するつもりか?どれだけ図々しいんだ……」


<あ、あの、主様>


<なんだ、セイン>


<そいつのスキル、変です。なにか黒々として、スキルじゃないのかも?>


<??>


<ボクの“浄眼”の視界を貸します。見て下さい>


 そう言われ、ゼンの視界が変わる。


 男の中にキラキラ光る、青い水晶体のような、不揃いの欠片がたくさんある。それは、男の中心の、黒々とした、何か粘った塊り、スライムの様なものがあり、青い欠片たちを絡め取っている。


 セインの“浄眼”は、ユニコーン一角馬の種族特性、邪悪な者の本性を見破ったり、幻影の本質を見極めたり出来る瞳の事だ。


<この青いのは、もしかしてスキルなのか?>


<た、多分、そうです。普段こういう風に見えたりはしません。盗られた状態だから、見えるのかも……>


<で、あの黒いのが奴のスキル、な訳ないよな。まるで別物だ。何なんだ?>


<わ、分からないです。見た事もありません……>


<ふむ。とりあえず、あの黒いのだけ、破壊出来ないか、やってみるか>


 ゼンは、セインの視界を借り続けたまま、剣で男を刺す。リャンカに頼んで、男は死なせないようにしながら、剣を、青い水晶片には当たらないようにして、黒い塊に刺し、“気”を込める。


 剣に鈍い手応えがあったと感じた瞬間、それはまばゆく光り、爆散した。


 青い欠片は、それぞれ目指す先があるとでも言うかのように、黒い塊から解放され、フェルズのあちこちへと飛び去って行った。


 その内の2つは、近くに倒れていた二人の冒険者の中へと入り、見えなくなった。


「……これで終わり、かな?」


 気を失った男を肩に担ぎ、ゼンはギルド本部へと歩き出した。



 ※



<闇に潜みし―――>


 そこは、色々と怪しげな実験器具や機材が山ほど積まれ、囲まれた空間。


 ガラスの筒に入れられ浮かぶ、魔物の出来損ないのような醜く歪んだ生き物。それらが無数の列をなして、標本のように飾られている。


「……フェルズに潜入させた試験体の反応が、消えました」


 水晶に映し出された観測情報を見ていた黒衣の影がボソリと言う。


「消えた?あれに対応出来る奴が、いたとでも言うのか?」


 もう一人の、長身偉丈夫な黒衣の影が、苛正し気に問いただす。


「……あるいは、自滅したのかもしれません」


「チッ。だから人間は使えんのだ。もっとマシな個体を選ぶべきだったな」


「仰せの通りでしょうな」


「フェルズなぞ、今は『三強』全員のいない、過去の名声にすがっているのみの土地となっていると聞く。子供の使い程度の事も出来んとは……」


「……確か、『流水』の弟子なる者が、この地に戻ったと聞きます」


 影は、その地についての大まかな情報を魔具から読み出し、主に告げる。


「弟子?…………ああ、思い出した!確か、十かそこいらの子供だった。そうだな?」


「仰せの通りです」


「平和ボケした人間どもの、なんとおめでたい事か。いくら寿命が短いとは言え、それ程の幼子を、英雄だのなんだのと祭り上げているとは……。悲しいな……」


 おめでたくも悲しき影は、そうのたまう。


「まったくです」


 主に同意しかしない影も頷く。


「まあいいさ。多少の情報は得られた。研究を進めよう」


「はい。次は、もっと強力なものを……」


 二人は暗く、どす黒い怨嗟の炎を燃やしながら笑い合う……











*******

オマケ


ミ「ご主人様が“あたしの為だけ”に活躍してくれたお話ですの!」


ゼ「いや、先に義母さんから頼まれたからね」(苦笑)

リ「く、悔しい!どうして私は先に主様と出会えていないの!先輩ズルい!」

ゾ「スキルを盗むスキルねぇ。主いなかったら、やばくね?」

セ「そうですよね。一体どうなってしまうのか……」

ボ「ゼン様、凄い!」

ガ「一騎当千……」

ル「おー……。すきるって、なんだお?」

ゼ「ルフにもすぐ、何か覚えると思うよ」

ル「おー!」

ミ「あたしも頑張って、何か新たに覚えるですの!」

ゼ「……無理しなくていいからね」

ミ「……ゴロニャン…」

リ「せ、先輩、犬だから!それ、変だから!」

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