1部2章 流水の弟子編

幕間41.5話 始まりの行方☆



 ※



 それは、ザラの救出劇からしばらく経った、ある日の事だった。


 ゼンは適当なお菓子や果物等を買い込み、孤児院への差し入れに持って行くところだった。


<主様、子供を孤児院にわざわざ連れて行ってお世話をしたのに、更に差し入れなんて、甘やかしすぎですの!>


<同意ですわ、主様、あまり甘やかすのはどうかと……>


 ミンシャとリャンカの、二人の従魔がゼンの差し入れを何故か反対する念話を送ってよこす。


<いや、別に少しくらい構わないだろ?こんなものを持って行っても、待遇が良くなったりする訳じゃないが、放り込んでそれきり、というのも無責任な感じがするよ>


<主様はお優し過ぎですの!なら、もっとあたしにも優しくして欲しいですの!>


<主様、犬娘の戯言はともかく、その優しさが仇になって帰って来る事がある事を、お忘れなきように……>


<長物の胡散臭い話を無視するですの!>


 それからしばらく二人は言い合い、にらみ合いの様な状態になっているみたいだ。


<……もういいから、二人で話したいなら、俺を巻き込まないで欲しい>


 真面目に聞いて損をした。単におしゃべりがしたかっただけの様だ。


 まだ何か言って来る二人の念話は締め切って、とにかく孤児院へと向かう。


(甘いとか優しいとか、そんなんじゃない。こういうのは、単なる偽善にすぎないだろうに……)


 まったくもって、そんなに大騒ぎする程、大した話ではないのだ。


 

 ※



 教会の運営する孤児院は、フェルズが辺境にあるにしては大きな大都市であるせいか、それなりの規模がある。


 受付で、差し入れと面会を、と申し込むと、先日の話を覚えていたシスターがいたらしく、とても喜んで出迎えてくれた。


 差し入れを渡すと、とても大袈裟なぐらいに喜ばれた。


 人数がいそうだからと、やたら沢山買い込んだその量が凄いせいだと、ゼンは気が付いていない。ゼンは、色々と常識がズレた子なのだ。


 そして、ゼンが連れて来た6人と遊戯室、とやらで面会。


 6人とも血色が良く、ちゃんと三度の食事にありつけているのだな、と、少々失礼な感想をゼンが思うのは、その考えがスラム基準だからだ。


 スラムでは、一日一度食べられたら御の字で、それで何とかしている所が多かった。


 子供達は、まだゼンの事を覚えていてくれて、ゼンにぃー、ゼンにぃーと呼んでくれて、ゼンが来た事を喜んでくれた。


 後、ボンガがいないのを残念がっていた。ボンガは子供受けがいい。大きいのに優しいところが、子供達に好かれる理由だろう。


 今度来る時は、実体化して一緒に連れて来ようと思うゼンだった。


 遊戯室にいた子供達には、ゼンが持って来た差し入れのお菓子が配られ、シスターがお礼を言うように、と皆に言い、元気良く「ありがとうございます!」と大声で言われるのは大いに照れた。


 それからしばらく、子供達の相手をして遊んでいると、車椅子に乗った、不健康そうな青年が遊戯室に入って来た。車椅子には杖もついている。足が悪いようだ。


 車椅子の男は、ゼンにも軽くお辞儀をすると、子供達に声をかけ、一緒に遊びだした。


 何故だろうか、何か既視感を覚える青年だった。こんな所に知り合いがいる筈はないのだが。


 シスターが来て、飲み物をくれたので、ついでに聞いてみる。


「ああ、あの人は、ここで保父をしてもらっているんです。


 昔、ここに入った時から足に怪我をしていて、うちの治癒術士にはうまく治せなくて、傷害が残ってしまったのですが、前から年下の子供の面倒見がいい子だったので、保父になってもらったんです」


「そう、なんですか……」


 何かが心に引っかかっていて、うまく思い出せないのがもどかしい。


 確かに何か、覚えがあるのだが………


 その時、子供達が彼を、「オヤブーン」「オヤブン」と呼んでいて、呼ばれた青年も、「コブンども、元気にやってるかー!」などと呼び合っている。


 ゼンはそれを見て、自分の原初に近い記憶が呼び覚まされる。


 カクレガの、本当の持ち主。最初に瀕死のゼンを助けてくれて、スラムでの生き方を教えてくれた年上の少年の事を!


 驚愕がひど過ぎて、唖然としてしまった。


 確かに「オヤブン」は、孤児院の呼びかけに応じて、スラムを去った。だが、あの時のスラムで、それが本当に孤児院の呼びかけかは、二分の一の、五分五分な賭けだったのだ。


 孤児院の呼びかけに見せかけた、悪辣な奴隷商の手先共がいたが為に、判断力の低い子供達では、どれが本物なのかなど分からず、全部を避けるしかなかったのだ。


 現在のフェルズには、もう奴隷商はいない。


 ゼンが従魔達と、その類いの店は全て、凶悪なまでに脅しをかけて追い出したからだ。


 だからもう、偽の孤児院勧誘等はいない筈だし、もしその手の何かおかしな連中が現れたら、子供達のリーダー的存在のゾイが、ゼンに知らせてくれる事になっている。


 だから、今のスラムは、前に比べたら多少は安全になっている。


 だが、前は酷かったのだ。その時に、賭けで、足が怪我をした事を理由に、彼はスラムを去った。生き残る可能性がなかった訳でもないのに、てっきり死んでしまった、もしくは奴隷商のところでひどい目にあわされた、とか、そんな事ばかり考えていたのは、ゼンに関わる者の死が多過ぎたせいだろう。


 それが、生きていてくれた……。


 ザラと合わせると、たった二人だが、ゼンが一番世話になったと思える二人が、二人とも生きていてくれた、という事実は、それだけで、ゼンのスラム時代の嫌な事が浄化されたような、そんな気にすらなれる、“奇跡”だった。


「その……あの人、名前はなんと言うんですか?」


 子供時代にちゃんと聞き取れなかった、覚えられなかったそれを、今なら確かめられるのだ。


「ああ、あの人ね、“オヤビーグ”と言うんです。でも、子供達はそれを聞いてすぐ、オヤブンとかオヤビンとか言ってしまって、だからああなんですよ」


 そう笑いながら青年を見る目には、ある特有の熱があるように思えた。


「“オヤビーグ”……。そうですか……」


 今度は、忘れないように、心の奥底に刻み込もう。自分を最初に助けてくれた恩人の名。

 

(ああ、ガンガをここに連れて来れたなら、きっと喜んでくれただろうに……)


 彼も、“オヤビーグ”に助けられた者の一人だ。もういない、ゼンが看取った少年。


 そんな事が出来る訳もないのに、ついそんな事を思ってしまう……。


<リャンカ、あの車椅子の青年の足、治せないか?俺の、とでも大切な恩人なんだ……>


<あ、は、はい。見てみます。―――何か足の中に、毒素の元になるような物があります。それを取って、治療すれば、多分……>


<ここからじゃ無理か?近づかないと駄目かな?>


<いえ、そうですね。もう少し近いと、確実に出来ます>


 リャンカに言われ、ゼンは子供達を遊ばせながら、青年には背中を見せる状態で距離をつめた。お互いが後ろを向き合っていて、かなり近い距離、すぐ傍だ。


<これくらいで大丈夫です。主様、何か、入れる物はありませんか?小さな箱のような物。その毒素の部分を出しますので>


<これでいいか?>


 子供達にあげたお菓子の空き箱で、小さめの物だ。


<大丈夫です。後でどこかで捨ててくださいね>


 すると、空き箱に何か入ったのが分かる重さになった。ゼンはそれをさりげなく収納ポーチに入れる。


<治療は、どうします?今、全部治してしまいますか?>


<余り、不自然じゃない方がいいかな。1カ月ぐらいで、段階的に治せたりはしないか?>


<それは、出来ますよ。術を時限式に設定すれば、そういう風に、段々と、自然に良くなった風に出来ます>


<じゃあ、そうしてくれ。それで完治まで持っていくように……>


<はい。……でもあの、名乗られたりはしないのですか?どうして、知られないように治すのでしょうか?>


<……彼にはもう、彼の人生がある。俺なんかに関わっても、ロクな事にはならないだろう>


<……私はそうは思いませんが、主様の望むがままに……。術の設定、終わりましたわ>


<色々すまないな……>


<いえ!そんな事は!主様のそのお言葉だけで、リャンカは報われていますから!>


 少し大げさじゃないかな、とゼンは思う。


「……じゃあ、そろそろ戻りますので」


 ゼンはシスターに帰る事を告げる。


 六人の子供達は、えー、もうなの?と不満の声を上げるが、今度はボンガを連れて来るよ、とゼンが言うと、途端にニコニコ機嫌が良くなった。


 こちらを見ていた青年にも頭を下げ、退室する。


 青年はその、小さな背たけなのに、立派な皮鎧を装備した冒険者が帰って行くのを見ながら、


「まさかな……」


 と首を振る。


 どうしたのオヤブン、と口々に疑問を投げかける子供達に、青年は笑って言う。


「昔いた、俺の優秀なコブンを思い出したんだ。ただそれだけだよ……」


 と。



 ※



 ゼンは、孤児院を後にしながら、子供達に約束したボンガの事を思い、そして、自分の友達未満だった、ガンガの事を考える。


 この二人の名前は凄く似ているが、そう意識して名付けたのだっただろうか?


 正直覚えていない。単なる偶然かもしれないし、あの子の事を思って名付けたのかもしれない。でもそれは、どちらでもいい事だ。


 彼の事は、まだゼンの記憶に、何故か鮮明に残っているし、ボンガは今ここに、ゼンの中にいるゼンの従魔だ。


 そこに関連性があろうとなかろうと、ゼンは“彼等”と共に生きていくのだから。











*******

オマケ(この話は第103話相当の時、書かれた)


リ「リャンカちゃん大活躍~~」

ミ「……蛇の数少ない見せ場ですの」

リ「え~、そっかなぁ~。見せ場的には、私の方が多いですよね~」

ミ「……ミンシャは『俺のミンシャ』言われてるですの!」

リ「ぐぬぬぬ……」


ゼ「いや、ここだとその話は、時系列的におかしいんだけどね…」

セ「無駄ですよ」

ゾ「聞く耳ねぇからな、あいつら」

ボ「……いつも仲良し」

ガ「馬耳東風」

ル「るーも、まざりたいお?」 

(話題は、幕間85.5話の話から)

 

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