常識が壊れている
ここで言葉選びを間違えれば、この場で暴れずとも良くない方向に行くかもしれない。
(イギルぐらいの年頃の男はこういうところが厄介だよな……いや、実力に関しては三十や四十になっても気にする奴は気にするからな)
イギルの話を聞く限り、絡んでしまった相手はイギルよりも歳が下だが、実力は完全に上の人物。
マスターはイギルが体が大きいだけのでくの坊ではないことは知っている。
だからこそ、イギルが絡んでしまった相手が気になった。
(ここ最近でこの街に現れたスーパールーキーなんて……もしかして、あの噂の少年たちか?)
バーには多くの客が来る。
その中には当然だが、イギルの様な冒険者もいる。
そんな冒険者から噂話を聞いた。
二人でCランクやBランクのモンスターを倒してしまう二人組のルーキーがいると。
「……イギル、お前は自分が天才だと思うか?」
「そう思ってた……時期はあったな」
怒りや妬みの感情があれど、事実として力の差を思い知らされた。
「お前は決して弱くない。お前ぐらいの年齢でDランクに上がれる奴はそう多くない。自分の長所を生かして戦えてるだろう」
「……………」
「でもな、世の中には……頭がおかしいだろ、って思ってしまう奴らがいるんだよ」
「俺やマスター以上の才能を持つ奴がいるってことか」
イギルの体から怒りが漏れる。
力の差を思い知らされたとしても、まだ完全に心が負けを認めていないイギルにとってマスターの言葉を容易に飲め込めないものだった。
「俺はなんでも視えたり解る超人じゃない。ただな、稀にいるんだよ……常識って部分がぶっ壊れてる奴がな」
「常識が、ぶっ壊れてる?」
「そうだ。俺たちの共通認識である常識を平気な顔でぶっ壊す奴がいる……ぶっ壊せるのが才能かどうかは置いといて、それは武器を操る才能や魔法の才能とはまた別の部分だ」
過去にそういった人間とマスターは出会ったことがある。
自分たちと違って、どこか常識……ブレーキが壊れている人間がいた。
人として道を外れている訳ではない。
ただ……自分が同じ事を出来るのかと問われれば、即答で無理だと口にしてしまう。
それを平気で行う者が世の中には存在する。
「常識をぶっ壊せる奴が、今よりも強くなるコツってことなのか」
「それは少し違うな。仮にそうなったとして、絶対に戦いから生きて帰って来られる保証はない。訓練の最中に無理し過ぎて体を壊してしまうかもしれない。イギルが努力をしてないとは言わないが、お前が絡んだ同じルーキーはそこら辺の常識が壊れてるのかもしれないな」
マスターの言葉はまさにその通りだった。
ティールには知性というギフトを授かり、子供の頃からどうすれば強くなれるか……そして今の自分だと、どんな攻撃がモンスターに効くのか。
そういったことを導き、実践に移していた。
一般的な子供であれば、もっと自由にやりたい。
そんな地味なことばかりやっててもつまらない。
そういった愚痴が零れて放り投げてしまうだろう……だが、ティールは一瞬たりとも放り投げなかった。
それは何故なのか。
知性というギフトのお陰でそれが近道だと……最高のスタートダッシュだと理解していたから。
その為なら、まだ十歳にもなっていない時点でモンスターと戦うことを厭わなかった。
偶に強敵と戦うことに恐怖は感じるが、それでもティールは自身の努力を疑わずに走り続けた。
その異常性を傍で見ていたリースやジンは解っていた。
普通は止めるべきなのだが、こいつは普通じゃない……それが経験則として解ってしまったからこそ、止めずに背中を押した。
「お前が自分より歳下のガキが自分と同じステージに立っている。その事実についてイラつくことは悪いと思わない、寧ろ当然の感情だ。だがな、世の中には言った通り……常識がぶっ壊れてる奴がいるんだ。己の身を守る為なら、お前が怪我させてやろうとちょっかいを掛けた仕返しとして、殺すことを躊躇しないかもな」
「ッ!!!!」
自分が同じ冒険者に……ルーキーに殺されるかもしれない。
その言葉を受けた瞬間、頭が沸騰するような……心臓の温度が急速に下がるような不思議な感覚に襲われた。
「……まっ、とりあえずやらかしたならお前はしばらくの間、上の連中に何かやらかすかもしれないと睨まれてるかもしれない。だからあまり変な気を起こして馬鹿な行動を起こすのは止めろよ。これから先の冒険者人生を棒に振って、良いことなんて一つもないからな」
「…………うっす」
まだ完全に納得は出来てないが、それでも先程までと比べて幾分か苛立ちは収まっていた。
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