誰がロビン・モアを殺したのか?

イクゾー

第1話 煉獄のロビン

 荒野だ。

 目の前に、いや、前後左右全てに乾いた荒野が広がっていた。

 空が変だ。

 青くない。紫色の空だった。


 ここがあの世か?


 やけに殺風景な所だな。

 せめて三途の川ぐらいあってもいいだろうに。

 試しに俯瞰視バードアイの能力を発動してみたが何も見えない。お手上げだ。

 ともかくじっとしていても始まらない、移動するか。

 当てもなく長時間歩いたが、周りの風景にはほとんど変化がない。

 どういう仕様なんだこれ。

 いい加減に心が折れかかっていた時、チラッと左前方に人影らしきものが見えた。

 急ごう。

 お約束で人影が消えてしまわない内に接近したい。

 気づくと俺は走っていた。

 

 人影はどうも子供らしい。さかんに飛び跳ねているようだ。

 近くまで来るとやはり10歳ぐらいの外国人の女の子だった。

 何がそんなに嬉しいのか知らないが、やたら上機嫌ではしゃいでいる。

 そんな姿を見ていると、どうしても娘たちを、現世のことを思い出してしまう。


 クララ・・・


 目頭が熱くなりかけるのを気合で封じ込める。

 もう全て終わったことなんだ。

 今はこの得体の知れないフィールドを把握しないと。


「ちょっといいかな?」

 邪魔して悪いねという感じで話しかけると、女の子は顔をこっちに向けてニコッと笑う。


「なーに、おじさん?」


 お、何故か言葉が通じる。

 どんなあの世理論か知らんがとにかく助かる。

 しかし、おじさんと来たかあ・・・まあ仕方ない確かに否定できんしな。


「俺は武者野という者だけど、君は誰だい?」

「ムシャ・・・ムシャールノ? アハハ、変な名前だねー」

「違う、武者野・・・いや、ムシャかムーシャとでも呼んでくれ」


「分かった。じゃあムーシャだね。僕はロビンだよ」


 え、僕? 

 あ、こいつはいわゆる、ボクっ娘ってやつか?

 ホーリーランズのメインスポンサーだったアニメイトの社員が、やたら熱く語っていたやつだ。まさか実在するとは思わなかったぞ。


「ロビン、ここが何処か分かるかい?」


「どこって、そんなの煉獄れんごくに決まってるじゃない!」


「煉獄・・・? それって何だっけ?」

「ムーシャはそんなことも知らないの? どうして? そんなの変だよ」

「うーん、あんまり宗教に興味なかったからなあ」


「あ、ずっと東にある大陸にはそんな人もいるって聞いたことあるよ。そっかー、どうりで名前も見た目も変なわけだね」

 さらっと無邪気に容姿をディスられた。子供は残酷だ。


「じゃあいいよ。僕が教えてあげる。煉獄はね、天国と地獄の間にある世界だよ。僕たちは死んだらまず煉獄に行って審判を受けるんだ。それで天国か地獄に行くかが決まるんだよ」

 どうもキリスト教の概念のような話だな。煉獄というのは。

 ということは、この娘はキリスト教国のどこかから昇天したのだろう。


「ロビンはどこから来たの?」


「セクスランド王国のベルディーンからだよ」


 セ、セックスランド!?

 ちょ、女の子がそんなこと言うもんじゃない! お父さんは心配性なんだぞ。

 というか、そんな国は聞いたことがないな。

 一度聞いたら忘れられない国名だから間違いない。

 うーん、もしかして・・・俺の知らないずっと昔に存在した国なのか?


「ロビンはいつからここにいるの?」

「いつって、ついさっき来たばかりだよ」

 過去の国という説は消えたか・・・つまり、どういうことなんだこれ?

 

「話は聞かせてもらった」ストン!

 

 な、空から猫が降ってきた。そしてしゃべった!

「我が名はカトー。煉獄センターの番人だ」

 いや、人じゃなくて猫だろお前。番猫だろ。

 それに煉獄センターってなんだよセンターって?


「灰色の猫って初めて見たー。カッコイイね!」

「カトー、状況を説明してくれたら助かる」

「ふむ、お前は冷静だな。死んだばかりだというのに」

「職業病だ。気にしないでくれ」


「よかろう。状況は簡単だ。お前は地球からここへやって来た。ロビンは別の世界からここへやって来た。それだけだ」


 なるほど。SFでよくあるパラレルワールド的な世界が実在するってことか。

 ロビンはその一つからやって来たと。世界は別でもあの世は同じだったんだな。煉獄センターというのはそういう意味なのかもしれん。


「分かった。それで、俺たちはこれからどうすればいいんだ?」

「私が担当の天使へ引き継ぐ。後は天使の指示に従えばいい。それで、お前たちの宗教はなんだ?」

「僕はもちろんパルセノス教徒だよ!」

「俺は・・・特にないな」

「なんと無宗教者か!」

 そう言ったカトーは、チッ面倒だなこれだから地球のやからはと呟いた。

 おい、聞こえてるぞ。

 無宗教者なんて今は珍しくもないだろうに。


「ともかくロビンの天使を呼ぶか。少し静かにしておけ」

 カトーは目を瞑り集中して気を練り始める。

 カトーの周りにオーラのような光が集まり輝きを増していく。

 おお、やってることはよく分からんが、とにかく凄い緊迫感だ・・・ゴクリ


「ふにゃ~お」


 ズコッ! 

 何とも場違いで間の抜けた鳴き声をカトーがあげたせいで俺も気が抜けた。

 しかし、間もなく上空に眩い光彩が現れそこから天使が降臨してくる。


「呼びましたか、カトー」

 気だるげな雰囲気だが優しく微笑をたたえた天使が目の前に立っていた。

「うわぁとっても綺麗な天使さんだね!やっぱり煉獄って凄いなぁ」

 素直に感動し称賛しているロビンを目で示しながらカトーが天使に要件を伝える。

「パルセノス教徒のロビンだ。案内してやってくれ」

「承知しました。そちらの殿方は違うのですか?」

「こいつは無宗教者だ」

「あら、それでしたら、この方も私がご案内しましょう」

「ルチアよ、どういう風の吹き回しだ。あれだけ霊魂の手続きを面倒くさがっていたのに」

「何を仰いますの。本当にご冗談がお好きですこと。オホホホホ」

「フン、大方、ノルマがこの二人で終わるのだろう?」

「否定はしません。そもそも四級天使の私にこんな雑用をさせることがあやまちなのです」


「今はどこも昇天ラッシュなのだから仕方あるまい」


 なんかサラッととんでもない事を言ったぞ!

 考えたくないが地球もヤバイのか・・・

「分かっています。だから私も文句ひとつ言わずに励んでいるのです」

「・・・まあいいだろう。この男の名はムーシャだ。責任持って案内を頼む」

「ご心配には及びません。四級天使の私がこの程度の仕事で失態など犯すはずがないでしょう」

「だといいがな」


「さあ、ロビンにムーシャ、私についていらっしゃい」

 カトーの皮肉は聞こえない振りをして、ルチアはさっさと背を向け歩き始める。

「はーい。じゃあ灰猫さん、バイバ~イ」

 とことん明るいロビンはカトーに別れを告げると何の迷いもなく天使に付いて行く。

「世話になったなカトー」

 そう言って俺もロビンに続いて歩き始めると、カトーから忠告を受けた。


「あの天使には油断するなよ」

 え、どういうことだと振り向くと、カトーの姿は既にそこにはなかった。

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