3 白い少女と懲罰室の謎(6)
少しずつ日が沈んで、差す光が黄金色に変わっていく。潤の部屋の窓の前に、潤と昴、逆巻が立って、少し離れた場所に澄と木実も控えていた。潤は口を引き結び、昴も硬い表情。木実はあわあわと口を半開きにして、澄は無表情。逆巻はいつも通りの顰め面だが、その声は柔らかかった。
「さて、何があったのか説明してくれるかい」
「……分かりません。何で、あんなことになったんだろう。いつもは、あんなことにはならないのに」
潤は水で満たした部屋で眠ってしまっていた。息が苦しくなって目が覚めて、慌てて自分は息ができるように魔法を使ったけれど、湧き出す水が止められなくなってしまったのだという。
「……十代半ばというのは、魔法や魔術の制御が効かなくなることが多い年頃だ。一般的に、その年頃になると扱える魔力量が一気に増えることと、精神が強く揺れることが多くなること。この二つが理由とされている」
逆巻はそう話し始める。
「だからこそ、この学校では高等部の生徒数だけがとても多いんだ。湖池くん、きみが今回魔法の制御ができなくなったのは、これに由来する。毎年多かれ少なかれ似たようなことは起きる。事態は解決し、きみは無事なのだから、あまり気に病み過ぎてはいけない」
その言葉に、潤よりも寧ろ昴の方が、はっきりと安堵の表情を浮かべる。それを見て、逆巻はほんの少しだけ、眉間の皺を緩めた。
「魔法の制御が効かなくなるときは、何か悩みがあったり、辛いことを抱えていたりすることが多い。何かあれば、友達や、私たち教師に相談してくれ。僕はもちろん相談に乗るし、……きみには信頼する友達もいるようだし」
最後の方は、昴に目配せしながら言った。昴は少しだけ肩を揺らして、苦く笑った。
「……そうですね。俺なんかで良ければ、いつでも」
潤はそれを横目で見て、ほんの少しだけ唇を噛んだ。
その後、逆巻は職員室に戻っていった。昴は窓枠に寄り掛かり、苦笑いのまま溜め息を吐く。
「……ほんと、お前が無事でよかったよ」
「うん……」
潤はその場に座り込んで、そのまま膝を抱えた。
「……ごめんね、昴」
「え? 何で謝るんだ?」
「……だって、心配させた。迷惑かけた。……ぼくは、昴から離れなくちゃいけないはずなのに……」
抱えた膝に顔を埋めて、潤が呟く。昴はその声に耳を澄ませた。
「……どういう意味だよ? 『離れなくちゃいけない』って」
「だって、……だってぇ」
その声はだんだんと鼻声に、涙を含んでくる。昴は窓枠から離れ、しゃがみ込んで潤の肩に手を置いた。
「……だって、昴は凄いやつだから。ぼくなんかが一緒にいちゃいけない。ぼくなんかより、他の、色んなことができる人と一緒に居た方が、昴はきっと楽しいだろうし、それが昴のためなんじゃないかな……」
「……何だよ、それ」
昴は空いた手で額を押さえる。そのせいで表情が窺えなくなる。
「……別に俺は、俺のためになるとかならないとかでお前といたわけじゃないんだけどな……。でも、……そっか」
躊躇うように息を止め、吐き出して。
「でも、俺みたいなやつといるよりは、もっと潤の才能を伸ばせるような人と関わる方が、確かに潤にはいいんだろうな。……俺たちはもう、一緒に居ないほうが良いのかも」
一瞬だけおいて、昴は顔から手を離す。……綺麗に形作られた微笑みを、彼は潤に向けていた。
「えっ、な、何で、何でそんなこと言うの!? や、やだよ、昴、何で昴が離れてくの……?」
「何でって、お前は、俺とは一緒にいない方が良いって思ってるんだろ? そして、俺も、お前とは離れた方が良いと思ってる。だから、俺がお前から離れて、お前も俺から離れる。それでいいじゃないか」
「そ、それは……」
いつの間にか、潤の眼からは涙が溢れていて、昴は潤の方を見ていなかった。木実は隣の澄の耳元に囁き掛ける。
「こ、これ、大丈夫かな……? 何か拗れちゃってるみたいじゃない?」
「そうかも知れないね」
「このままでいいと思う? 心配だよ」
下げた眉を寄せて、目線を彼ら二人と澄とにうろうろさせている木実。澄はその様子を横目に見てから、目線を潤と昴に戻す。そしてモノクルの奥の眼をきゅうと細めながら言った。
「……良いんじゃないかな。私たちにできることなんて、そうそうないよ」
「えええ、そんな言い方……」
「……これはあの二人の問題だもの。どうにかできるのはあの二人だけだよ。二人が本当にそれでいいって思ってるなら、私は何も言わない。……本当に思ってるなら、ね」
最後の一言だけは、木実の方を見て。少しだけ、悪戯気に口角が上がっている。木実は目を少しだけ瞬かせてから、澄と同じようににやりと笑った。
「本当に思ってるなら、潤くんはあんなに泣かないし、昴くんは潤くんから目を逸らしたりしないよ! できることはそうそうないってことは、少しはあるってことでしょ?」
木実の表情が明るくなった。澄は僅かに頷いて、潤たちの方へ歩き出す。木実もそれに並んだ。
「――二人とも!」
木実は少し得意げに、明るい声で潤たちを呼んだ。潤は潤んだ眼で、昴は感情を読み取れない目で、澄と木実の方を見た。
昴のその目に、殺そうとして殺し切れず、仕方なく奥底に隠された感情を、澄は読み取った。木実が続ける。
「昴くん、潤くん、二人は、本当にそれでいいの? 本当に、離れたいと、一緒に居たくないと思ってるの?」
「……私は、そうじゃないと見たけれど。どうかな」
次いで澄も言った。潤はもう一度顔を膝に埋める。昴は僅かに、しかし露骨に視線を逸らしながらも、口を開いた。
「本当に、も何もないって。俺たちはもう離れるべきだし、一緒にいない方が良いって、そういう話なんだからさ」
「『べき』とか、『方がいい』かどうかじゃないよ。本当にそうしたいのか、って、私たちは聞いてるの」
澄は目を細めない。細めずともいいと思っていた。瞭然のことだったから。
「……いやだよ!」
そのとき、潤が叫んだ。
その瞬間だけ、顔を上に向けて。涙を一瞬だけ止めて、とてもはっきりと大きな声で。その声に木実は目を見開いて、昴は後ろにへたりこむ。澄は平然と、薄く笑んでいた。
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