ストーカー

私誰 待文

すとーかー

 最近、誰かにねらわれている。おそらく、ストーカーだ。


 ○○


 きっかけは一か月前のよる、自室で明日の講義こうぎの準備をしている途中だった。


——プルルルル


 突如、俺のスマホから甲高かんだかい着信音がひびいた。最初は、大学の友人か実家の両親から定期的にくる仕送りの連絡だと思った。


 だけど、画面に映る番号を確認して、俺はいぶかしんだ。

 かかってきた番号は、電話帳に未登録のものだった。


 最初は無視を決め込んだ。未登録番号の着信は五秒程度で切れた。

 かけ間違いだと思っていたからだ。相手も番号ちがいに気付いて、すぐにコールは切れるだろうと見込み、事実としてコールは切れた。


——プルルルル


 が、一秒のすきも入れず、二コール目がかかってきた。


 まだ向こうが間違いに気づいてないかもしれない。俺は再び無視を決め込んだ。そして二コール目も七秒程度やかましくさわいだ後、切れる。

 だが安心もつかの間、三コール目の着信が部屋にひびく。


——プルルルル


 流石にこわくなった。二回ならまだしも、三度目ともなると、何らかの意図を持ってして俺の携帯電話にかけていることは明白だったからだ。


 その日は早めに就寝した。スマホはベッドから反対の位置に投げ飛ばして、うずくまるように毛布をかぶってたぬき寝入りを決め込んだ。結局、その夜は未登録電話からのコールに耳をおかされながら、何かの間違いであってくれと、祈りながら意識を手放した。


——プルルルル プルルルル プルルルル……



 翌朝、コール音は切れていた。おそる恐るふるえる手で画面を開くと、あの後も例の番号からの着信通知は途絶とだえていなかったらしい。


 九十三件の着信がとどいていた。


 ○○


「で、それがストーカー被害の始まりだと」

 小太りの警官がメモを取る様を見つつ、俺はただ首肯しゅこうしていた。今日は大学が休みなので、例の被害について近くの交番へ相談におもむいていた。


 あの着信事件以降、俺を標的にした何者かの被害は日に日にあくどさを増した。コールは一日に必ず十件以上はとどくし、金曜日の夕方にはアパートの郵便受けに、「大好き」とあらい字で書かれた張り紙がテープ止めされていた。

 挙句あげくの果てに。


「見てください、これ」

 俺はSNSのアカウントに届いた画像数点を警官に見せる。

「これは……全部、君がうつってるね」

「盗撮ですよ!」



 ある日、俺のSNSアカウントに、一枚の画像がダイレクトメールでられた。そこに写っていたのは、夕暮れ、大学から帰る俺の姿すがたを、遠景からられた画像だった。

 

 それから不定期のタイミングで、俺のプライベートをあらゆる角度から撮影した画像が「今日もオシャレ!」「寝ぐせ直して!」「ズボンのチャック開いてる!」等々のメッセージえで届くようになった。


「これのせいで俺、外に出るのも怖いんです……」

 どうやら俺の声は相当弱って聞こえたらしい。それまで節目ふしめがちに応対していた警官が、哀れそうに俺を見た。


「分かりました。それでは朝と夕方時、あなたの通学路での巡回警備を多くします」

「多く、ですか? その、見回りの数を増やすのは、できないんですか?」

 万が一命の危機にひんした時、警官一人だと心細い。だが、俺が不安を口にすると、警官は頬を指で三度きながら答える。


となり町で殺人事件が起こりましてね。現在、犯人確保のために、そっちに人員が割られてるんですよ。申し訳ありません」

 結局、警官側のストーカー対抗策は、巡回ルートを変える、に落ち着いてしまった。


 ○○


 それからの二週間、俺は警官の言葉を愚直ぐちょくに信じて、いつストーカーにおそわれてもいいように、巡回警備員の近くを出来るだけ通るようにした。相変わらず無言着信は十件以上届くし、金曜の夕方には、変わらずあらい字の手書きメッセージがテープ止めされている。


 きわめつけは、二週間目の水曜日だった。


「こんにちは」

 その日も俺は帰路に立つ警官と、挨拶を交わす。警官としたしくすることで、俺は国家権力を後ろ盾にしたのだというプレッシャーを与えているのだ。


 警官と挨拶した後、俺は足早に家路を行く

「おまわりさん、こんにちはー!」

 背後で、男女入り混じった小学生の一団の、はじけるような声が聞こえる。近くの小学校に通っている生徒たちと俺の大学から帰る時間がかぶるため、夕暮れ時は、度々この光景と遭遇する。


 アパートの自室に帰り、スマホにひびくストーカーからのコールを無視しながら風呂と夕食を終える。もう一か月近くコール音が鳴る生活を送っているので、慣れてはいけないこの状況にも順応してしまった。


 ふと、携帯のコール音が止む。

 これは終わりの合図ではない。一瞬の静寂の後、俺の携帯へ届くのは——


——ピロリン


 俺のアカウントから通知が来る。毎夜毎夜届く、俺の盗撮写真が送りつけられた通知だ。

 ため息を一つく。ページを開いてしまった時点で既読通知が付く設定のため、見た以上向こうを助長させてしまう。できれば閲覧えつらんはしたくないのだが、状況証拠をあぶり出すためだと警官になかば強引に説得され、泣く泣く欠かさずチェックしている。


 だが、その日送られた画像を見て、俺の全身からねつは消え去った。


 画像は「お疲れ様です!」の一言と共に、俺が挨拶した警官の腰の位置から、俺の後ろ姿を盗撮した画像だった。


 ○○


 もう限界だ。あの画像から察するに、警官もすぐそばまで近づいていたストーカーの存在には気が付いていない。

 どうすればいい……。俺はこのまま、正体の知れないストーカーの影におびえなければいけないのか?



 明くる日。俺の心臓は朝から物々しい拍動をひびかせていた。今日、俺は例のストーカーと対面するつもりだ。

 大学の構内で護身用のカッターを購入した。ストーカーの盗撮写真は決まって夕暮れ、つまり黄昏たそがれ時のいずれかにストーカーは俺を何らかの手段で撮影している。


 いつも通り駅を降り、帰路を歩く。いつおそわれてもいいように、カッターは上着の内ポケットに忍ばせている。そして片方の手にスマホを握りつつ、例の巡回警官の位置まで通りがかる。



「こんにちは」

 定例通り挨拶を交わした後、俺は歩幅をゆるめる。時刻は夕方、日もかたむあかね色が世界を燃やす。


「おまわりさん、いつもありがとうございます!」

 近所の小学生たちが挨拶し、警官もやさしい顔で返答する。いつもの光景だ。


 俺の推定では、昨日送られた盗撮写真。警官のこし辺りで撮られていたというなら、カメラレンズの位置はそこにないとおかしい。つまりストーカーは昨日、小学生の一団に身をかくすように俺を盗撮したのだ。そんな馬鹿な、と一蹴する気持ちになれていないのは、俺がストーカーの存在をおそれているからだ。


 いよいよだ。俺はスマホを着信履歴りれきから、例の未登録電話番号を確認する。今日まで合計四百超の通知が残った番号の、一番最新のものに、俺は——


 盗撮は近くでしかできない。今近くにストーカー本人がいる場合、ここの何処からか着信音が鳴るはずだ。途方もない計画だと理解しているが、やらないよりはましだと、俺は本気で思い込んでいた。


 いのるようにリダイヤルをかけつつ、周囲に気を配る。

 そしてこちらからストーカーへ向けてかけた着信は——



——俺の背後。小学生の一団の中からひびいた。



                                  〈続く〉

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