6-4 奈朋のキモチ

  ◆◇◆◇◆◇



「ねえナホ」

「あ。うんハルちゃんなにかな?」

「さっきから何か気になるの?」


 昼休み、ハルちゃんと話すために保健室に来たけど、まさかせんせーがいると思わなくて。

 ハルちゃんとベッドに並んで腰掛けつつも、チラチラせんせーの方を見てたのがバレたみたい。


「えっと、別にそういうわけじゃないんだけど……」

「担任だ」


 う、ハルちゃんするどい……。

 いちお朝ごはんは作ってみたけど。まだ昨日のこと、きちんと謝れていないからずっと心がそわそわしてる。

 しょんぼりとつま先を見つめていると、ハルちゃんがわたしにずいっと身を寄せてきた。


「アタシがナホのこと『かわいくていい子』って言ったらね、誠くん、『あれはヨソイキの顔だ』って言ってたよ。そこまで担任に心を許すなんて、信頼できる先生なんだ?」


 ……は?

 なにそれ。カッチーン!!


「あんにゃろ、なにがヨソイキだよ、自分こそヘタレのくせにっ!」


 わたしの静かな怒声にハルちゃんが若干引いてる。

 で、でも知らない! だってせんせーが悪いよね!?


「あの人ね、大人なのに子どもと本気でぶつかるんだよ? それに自分が正しいと思ったら深く考えずに動いて損ばかりしてるし、他人を疑わないしわたしにも甘すぎ! ……ってあれ!? と、とにかくっ! ヘタレでお人好しのバカって感じ! 絶対変だよね! ハルちゃんもそう思わないっ!?」


 本当にイレギュラーすぎるから嫌なのよ、あの人だけはっ! あんな大人見たことない! 存在がありえない! だからわたしの調子もくるっちゃうんだよ、まったく!!


「あれどしたの? ハルちゃん」


 ハルちゃんがそっとわたしから離れた。遠くに向けた視線の先は……保健の先生?

 なにを考えてるのか顔をのぞきこんでみたけど、微妙そうな表情からはなにも読み取ることはできない。


「……」


 わたしもせんせーたちを見る。

 三人、仲良しだなぁ。

 というか。

 え、ちょっと保健の先生、やたらせんせーばっか見てない!?


「ナホは、誠くんのことが好きなんだね」


 ハルちゃんがぽつりとつぶやいた。


「えっ!?」

「あ、ごめん。アタシが勝手に誠くんって呼んでて……」

「ううん呼び方のほうじゃなくて! ……って、それも気にはなるけど! す、好きっていうか。せんせーは、その……」


 顔が熱いのがバレないようにうつむいたけど、そっと顔を上げてせんせーを見た。

 せんせー、上原先生にめちゃくちゃ笑顔見せてる。

 それがなんだかすごく苦しい。

 二人のこと見ていたらつらい。

 なんでだろ……。


「ハルちゃん。わたし、せんせーがほかの人と仲良くしてるのヤダかも。……どうしてかな。いやな子だね」


 きゅうっと締めつけるような胸の痛みと、よくわからない後ろめたさに耐えきれずに、本音がぽろりとこぼれた。

 ハルちゃんは少しだけ困った顔をして、わたしの手に自分の手を重ねてくれた。


「雪さ、誠くんのこと好きみたい」


 突然の告白にどきりとした。

 高いところから落ちたときみたいな気持ち悪いふわふわ感のあと、全速力で走ったみたいに心臓が暴れる。

 心臓が壊れたのかもしれない。

 わたしは空いてる手で胸をおさえた。


「そんな悲しい顔しないでよ」


 え? なに言ってるのハルちゃん。

 悲しい顔? わたしがそんな表情、するわけないんだけど。


 ふと壁際の書類棚を見た。

 ガラス扉に反射して自分の顔がうっすらと映る。

 あれ、えっと……なんで?

 わたし、今にも泣きそうじゃん……。


     こわいよ。


 自分の顔を見て急に不安になった。

 ガラスから目をそらして、それが目に入らないように体の向きを変える。


     こわいよ。


 なんで? ルームシェア始めてからわたし、心が乱されっぱなしだ。

 もう絶対に、感情を動かさないって決めてたじゃん!

 決意が崩れてしまうのを認めたくないよ――!


 とてつもなくショックでおろおろして、呼吸が荒れていたわたしの手を、ハルちゃんはぎゅっと包むように握ってくれた。


「アタシ、雪もだけどナホも味方だから」


 心は相変わらず、ざわざわする。

 せんせーのこと好きな人がいるだなんて考えたことなかった。


「味方だから、ナホ」


 ハルちゃんの言葉はラムネみたいにあまくてひんやりして、それでいて刺激的で。わたしを優しく抱きしめてくれた。

 味方か……うれしい。

 あのね、わたしね。あんまり平穏とは言えないけど、今の生活が好き。大好きなの。なくしたくないんだ。


 ふうと大きく息を吸う。肺に新鮮な空気が入るのを感じたら、一気に吐く。それを何回か繰り返す。

 これは落ち着きたいときにやりなさいって、パパから教わったおまじない。


「……ありがとうハルちゃん」


 決めた。


「わたし明日から保健室に通う!」


 ハルちゃんは驚いたようだけど、わたしの意思は変わらない。


「でも、クラスの友だちはいいの?」

「友だちは休み時間。昼休みはハルちゃんと遊びつつあの人の保護観察する!」

「犯罪者あつかい!? な、ナホ?」


 大丈夫だよ。

 わたしがポジティブでいれば、すべてがうまくいく。

 そうよね? パパ。

 だから、わたしはとびきりの笑顔を作れる。


「ピース!」


 大切でなくしたくないなら、自分で守るんだ。


「わーい、せんせーっ☆」

「うわっ!? か、神崎さんっ!?」


 パソコンにかじりつくせんせーの背中に飛びついた。

 こうゆうのって子どもの特権だしっ。……ちょっと恥ずかしいけど。


「雪先生も、いつでも僕に抱きついていいんですよ?」

「遠慮します鈴村先生」


 胸は少し痛い。でもまだ平気。

 わたしの願いはひとつだけ。

 きっといつか来るタイムリミットの日まででいいの。

 どうかせんせーが、いつもわたしのそばにいて、わたしのことを見ていてくれますように。




 OHR第一章「ルームシェアはじめました」。終幕。

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