第2話 RPGを楽しむカップル。
「大和君って、本当にRPG好きだよね」
いつも通りの文芸部室で、結朱が少し呆れたように呟いた。
この文芸部室には古びたブラウン管のテレビと、文芸部OBが残していったレトロゲームの数々があり、それを放課後にこっそりプレイするのが俺たちの日常である。
「まあな」
俺は画面の中のキャラを操ってレベル上げをしながら、結朱に答えた。
普段は二人でゲームをやっているのだが、今は結朱が電話に出ていたので、俺一人で黙々とレベルを上げていた次第である。
「他のゲームはやらないの? こう、FPSとか格ゲーとか、色々あるじゃん」
「全くやらないわけじゃないけど、人と競い合うようなゲームは基本的にやらんな」
基本、自分のペースでやれて環境を追わなくていいゲームを好む男である。
そう答えると、結朱は納得したように頷いた。
「大和君は本当に人間が嫌いだねえ……あ、違った。大和君は本当に私以外の人間が嫌いだねえ」
「いや別にそこ訂正しなくていいから。なに俺からの愛情を確信してんだよ」
謎の訂正をした結朱に白い目を向けると、彼女はちょっと勝ち誇ったような顔で小首を傾げた。
「おや? 先日のゲームで私が勝って、大和君は私への愛情たっぷりな彼氏ということに決まったはずだけど」
「ぬぅ……」
おのれ、面倒なことを覚えていやがって。
これも己を曲げて、人と競い合うゲームをしてしまった結果だ。
「はあ……まあいい。とにかく、俺は別に人間が嫌いなわけじゃない。単に自分の好きなものを他人と共有したいと思わないだけだ」
「なるほど。それは私に対する独占欲も強そうですね」
「…………そうですね」
どうあがいても、磁石で吸い寄せられるように『俺が結朱のこと大好き説』に着地する現象に、もはや俺は諦めの境地に達した。
こういう時は黙秘に限るのだが、結朱がそれを許すわけもなく、俺の隣に座って話し掛けてくる。
「私も大和君の影響でRPGをやるようになったけど、このレベル上げっていうのはどうにも苦手だよ。ほら、私って現実だと最初からレベル100だし」
確かにナルシストとしてのレベルは100かもしれない。
「ま、気持ちは分からなくもないけどな。RPG好きでも好き嫌い分かれるし」
特に、戦闘が楽しくないゲームのレベル上げは非常に苦痛である。
「攻略サイトとか見ながら、パパッと効率よくプレイしちゃえば、レベル低くてもいけると思わない?」
結朱の提案に、俺はちょっと眉根を寄せた。
「そういうプレイスタイルもあるし、それを否定するわけじゃないが……俺はやらないな。少なくともメインストーリークリアまでは」
メインストーリーはあくまで俺の冒険である。他人の敷いたレールは走りたくない。
攻略サイトのような集合知に頼るのは、ストーリークリア後のおまけ要素をやる時だけと決めている。
「なるほど。手探りの楽しさを大事にしてるってこと?」
「そんなとこだな。まあ、ちゃんと戦闘バランスがいいゲームであればって前提がつくけど。少なくとも、今やってるゲームは楽しい」
一人でラジオや音楽をぼーっと聞きながら神ゲーのレベル上げをするのは、非常に心穏やかに過ごせる時間である。
「むぅ……それなら私もちゃんとやってみないとね」
難しい表情でそんなこと言いつつ、結朱がコントローラーを握ってレベル上げに参加してきた。
「別に無理に付き合うことはないぞ」
俺は自分の好きなことを共有することもなければ、他人の嫌なことを強要するつもりもない。
そう思って言ったのだが、結朱は画面を見たまま視線を動かさなかった。
「ううん。大和君が大事にしてることなら、私もちゃんと大事にしたいからね。これでも、大和君の彼女だし」
――不意打ち、というか。
今、結朱にさらっと懐に入られてしまった感じがした。
「……そっか」
「うん」
言葉少なに意思疎通をして、二人で同じ画面を見る。
……まったく、普段は鬱陶しいナルシストなのに、こういうところがあるから憎めないのである。
「やっと終わったー!」
レベル上げのファンファーレが鳴り響くなり、結朱はコントローラーを握ったままガッツポーズをした。
「お疲れ。これだけレベルがあれば、次のボスもまあ倒せるだろ」
目標レベルに上がったキャラのステータスを見ながら、俺は結朱を労う。
「ほんと? じゃあ明日はストーリー進められるねー」
疲労と達成感に満ちた様子の結朱。
そんな彼女に、俺は笑顔を向けた。
「いや、その前に装備を変えるための金稼ぎがあるが」
「え」
「この装備買ったのもだいぶ前だしなあ。そろそろ装備変更しないと、この先きついぞ」
装備を買い換えるにも、回復アイテムを買うにも、お金は重要である。
「ど、どうしても稼がないと駄目?」
結朱はもはや稼ぎ作業に疲れ果てたようで、露骨に渋い顔をする。
「ああ。装備を変えるにも回復アイテムを買うにも金がいる。RPGは資本主義のゲームだ。半分くらいは金で敵を殴り倒すジャンルだと言ってもいい」
ラスボス戦なんか、回復アイテムのゴリ押しになることもしばしばだからね。
「何その嫌なリアリティ……ファンタジーに一番持ち込んでほしくない概念なんだけど」
「人ってのは、どこまで行っても金の呪縛からは逃げられないのさ。というわけで、これから金稼ぎを――」
「無理! いくら私が愛情溢れる完璧な彼女とはいえ、一日に二度も稼ぎ作業はきついよ! せめて明日にして!」
ぶんぶんと首を横に振る結朱を見て、俺は少し笑ってしまった。
「ま、冗談だ。俺も疲れたしな。レベル上げの時に手に入れたドロップアイテムを売れば、十分装備も買い換えられるだろ」
そう告げると、彼女はほっとしたように胸を撫で下ろした。
「よ、よかった……いやよくないよ! なんで一回嘘を挟んだの! なんの意味がある嘘だったの!?」
「慌てる結朱も可愛いから、つい見たくなったんだ」
「じゃあしょうがないね! それはもう私の罪だよ! 悪戯心が湧くほど可愛くて申し訳ない!」
この言い訳で納得するのは、世界でこいつだけだと思う。
「とにかく、アイテム売って、装備買い換えて終了するか」
「そうだね! 今日の成果を早く見たいし」
ゲームとはいえ、買い物は楽しみなのか、結朱はわくわくした様子でゲームを操作する。
街に入り、いらないアイテムを換金する。
「装備はこれ?」
「ああ。とりあえずスタメン分買おう」
節約のため、実際にバトルに出るメンバーの武具だけを買うと、装備してみる。
「うん、強くなったね。けど、この武器ちょっとゴツいなあ……せっかく可愛いキャラなんだし、もっと可愛い武器があるといいんだけど」
結朱は自分の操作キャラを見つつ、不満そうに唇を尖らせた。
彼女が使っているのはピンク髪ツインテールでクールな少女キャラなのだが、木こりという設定のため、武器が大きい斧なのである。
「ふむ……確かこのゲーム、衣装替えのシステムがあったはずだぞ」
俺は少し考えてから、彼女の希望に応えるシステムを思い出す。
「え、本当?」
パッと結朱の表情が明るくなる。
「ああ。このシリーズの恒例になってるシステムだ。多分、このゲームでも特定イベントをクリアすると、新しい衣装が手に入る」
「それを早く言ってよ! よし、そのイベントを探そう!」
「え、今からか?」
「もちろん!」
さっきまでへとへとだったのに、唐突に目の色を変える結朱。
「やっぱり、どうせ使うなら可愛い感じで使いたいし!」
「あの、俺もレベル上げで結構疲れてるし、明日がいいんだけど……」
「善は急げだよ! さあ、早く!」
なんか結朱の中で変なスイッチが入ってしまったらしい。
そういえば、女の子向けゲームってキャラの着せ替え要素多いと聞くし、自分の分野に近い要素が出てきて、嬉しいのかもしれない。
「わ、分かった。じゃあそのイベントをネットで調べてみるから」
とにかく、こうなったらさっさと終わらせたほうがいいと判断した俺は、スマホを取り出して衣装換えイベントを調べようとする。
が、結朱はスマホを持つ俺の手をそっと押さえてきた。
そして、何故か穏やかな笑みを浮かべてみせる。
「ううん。大和君、ストーリークリアまでは攻略情報を見ない人間なんでしょ? 私のためにその信条を曲げさせるわけにはいかないよ」
「ここでその気遣いが出るの!? いいよ、曲げるよ信条の一つや二つ!」
「私はできた彼女だからね! 大和君の大事にしてるものは私も大事にしたい! というわけで、攻略サイトはなしで行きます!」
「なら、何よりも今疲れ果てている俺のことを大事にしてくれ!」
「お、このイベントっぽいね。ほらほら、大和君頑張ろう!」
「話聞いて!?」
この後、衣装換えイベントを終わらせるのに二時間かかるのだった。
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