第10話

 自分の二倍ほどの体長だったよろいムカデに対し、ドラゴンムカデはその上をいく体躯を誇っていた。

 体をうねらせるその姿は、まさに昇り龍のような、そんな雄々しさすら感じさせる。だが、ムカデ特有の気味悪さが、畏怖というよりも、恐怖や嫌悪の感情を増幅させる。

 口には無数の牙のようなものを持っていて、その間から火の粉が漏れ出ている。


 奴の周りと、その奥は、木々という木々が燃え尽き、更地同然となっている。恐らく、奴が這ってきた跡なのだろう。その破壊の凄惨さがありありと伝わる。


「お、思ってたよりデカいんだけど……」


「上位種はみんなこんなものだよ。さて、じゃあカナタくん、奴のヘイトを集めてくれ。私の魔法の射程はもう少し近くなんだが、そこまでいったら間違いなく奴にターゲットされる。私の魔法詠唱が終わるまで、頼んだよ。一発で仕留めるから」


「キリさん、あれ一発で倒す気なの!?」


「ああそうだ。威力だけは誰にも負けない自信があるぞ」


 嘘は言っていなさそうだが、この人のことだし、何かしらの不都合はあるんだろうな。少なくとも|一悶着(ひともんちゃく)はありそうだ。


「不安だけど……。じゃあ、俺が前に出るから、攻撃頼んだよ」


「おうとも!」


 互いに目配せをし、それを合図に、ドラゴンムカデに距離を詰める。


 まず俺は装甲に攻撃を仕掛ける。攻撃が通れば最高だが、仮に通らなくても、それでヘイトは十分稼げるだろう。


「おらああああ!」


 飛び上がり、剣を装甲に振り下ろす。さっきよろいムカデを切った時の要領なら、これで絶対に切れるはずだ。しかし、


「ガキィン」


 俺の刃は通らず、空しい金属音が響くのみだった。そう上手くはいかないか。


 すると、その攻撃に気付いたのか、ドラゴンムカデが、|鈍(のろ)い動きでこちらを向いてきた。


 気味の悪い黒い目と目が合う。そして、次の瞬間、奴の目が赤く染まった。


「っ! マズい!」


 嫌な予感を感じ、奴の装甲を蹴って距離を取る。その瞬間、奴が、今俺がいた場所に向けて、炎を吐いてきた。


 光線の如き太い熱線が|空(くう)を切り裂いた。熱気が離れたこちらまで伝わってくる。想定を遥かに超えた威力。喰らったら黒焦げでは済まないだろう。


 だが、事実避けられない速度ではない。予備動作も大きく直線的で、焦らなければ、当たることはまずない。

 キリさんはまだ攻撃をしていない。火力の出る魔法を打つには、力をチャージする必要があるとかか? なら、先に言ってくれれば良かったのに。


 奴はもう一度俺に狙いを定め、さっきと同じ攻撃を仕掛けてくる。だが、地を一度蹴れば、すぐに範囲外へと出ることができた。これを繰り返すだけなら、キリさんの魔法を待つだけでよさそうだ。


 と思っていると、奴は、自らの体で円を作るように、猛スピードで回転し始めた。


「な、何してんだ?」


 地面を削り、|砂埃(すなぼこり)を立てながら、竜巻のように周り続けている。もちろん、俺には目もくれない。


 この状態ではヘイト稼ぎも何もないため、俺は一旦、キリさんの元へと戻った。ここにまで奴による地響きが伝わってくる。


「ちょ、キリさん。こいつ何してんの」


「これは、脱皮だな。ドラゴンムカデは頻繁に脱皮して成長するんだ。馴染むまでは装甲が柔くなって、攻撃が通りやすくなるのだが、その間は動きが速くなるぞ。もっとも、それでも鈍いのに変わりはないが」


「キリさん解説の時、辞典みたいになるよね。あ、でもそういうことか! ここまでキリさんが攻撃してなかったのって、力をチャージしてたんじゃなくて、奴が柔くなる機会をうかがってたのか!」


 俺が感心して声を上げると、キリさんは「いや……」と気まずそうに言葉を濁らせた。


「え、違うんですか」


「その……私、本当に威力には自信あるんだ。でも、魔法がたまにしか起動しないんだよ。それでもいつもなら5回くらいで打てるんだが、今日は調子が悪くて……。実は、既にここまでで20回は起動を試みてるんだけど、一向に起動する兆しが見えなくて……」


 やっぱりやめておけばよかった。嫌な予感はしてたんだよ。してたんだけど、思ってた何倍もヤバいよ!

 と、思っていると、地響きが止まった。

 冷汗を流しながら奴の方を向くと、脱皮を終えたドラゴンムカデが、首をのそっと上げていた。それはいいのだが。


「いや、デカくなりすぎじゃね……?」


 奴は、元からデカかった体長が、1、5倍ほどの大きさに成長してしまっていた。


「……では、カナタさん! 引き続きヘイト稼ぎ、頼みましたよ!」


「おい、敬語に逃げるな」


「た、頼むよ! あとちょっとでいけそうなんだよ! やっとコツを掴めてきたところなんだよおおおお!!」


 これ、もうダメかも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る