第13話

何度も吐血した。

身体中が痛くて、痛みのあまり悲鳴さえ出なかった。

回復薬と増幅薬の過剰摂取による副作用。

「まだ使えるのかしら?」

ぼんやりとした意識の中で、それでも温度を伴わない声ははっきりと聞こえる。

私は重い瞼を開けて、声のする方に視線を向ける。

そこには白衣を着た老人と公爵夫妻がいた。

白衣を着た老人は私に背を向けているので彼がどういう表情をしているのか分からなかったが、老人と向き合うように位置していた夫妻の表情は伺えた。

心底、どうでもいいという顔をしていた。

けれど死なれたら困るのも事実だろう。仕方がない感じに何とかしろと老人に迫っていた。

アニスが死んだ今、私以外に娘はいないのだ。

「副作用の症状がかなり重く表れておりますが峠は越えました。じきに回復するでしょう。しかし、回復薬も増幅薬も過剰摂取して良い代物ではありません。いいえ、その両方は医者として言わせていただきますと、容量を守った使い方をしていたとしてもあまりお勧めするものではございません」

医者の言葉に公爵は眉間に皴を寄せる。

「仕方なかろう。この娘はそうでもしなければアニスの代わりができない欠陥品なのだから」

「あなたはそんな小娘でもここまで育て、本来なら日陰者として一生を過ごすはずだったこの子にアニスの代役という栄誉あることを任せてやった私たちに問題があるとでも言いたいのかしら」

公爵に追随して夫妻はぎろりと医者を睨む。

医者は慌てて首を左右に振る。

「いいえ、とんでもございません。公爵様方の懐の深さは私も、そしてこの娘もよく存じております。この娘も光栄なことと思えばこそここまでの無理を己に強いたのでしょう。ただ何かしらの策を練らなければあまり長くは使えないということを私は危惧しておりまして。欠陥品がアニス様の代役をするというのはやはり無理があると思うのです。アニス様はとても素晴らしい方でしたから」

医者の言葉に公爵は納得したように頷く。

「確かにな。だが現状はどうすることもできまい。体に負担をかけない薬はなく、この娘の魔力量の少なさをカバーできるものはないのだから。仕方あるまい、もう一人子を設けるか。それまでの繋ぎぐらいはできるだろう」

公爵がそう結論できるのを合図に三人は部屋から出て行った。

どうやら私が捨てられる未来は確定したようだ。

そうぼんやり思いながら私は眠りについた。

目端から僅かに涙が零れ落ちた。

本当に欠陥品なら心など宿らなければ良かったのに。そうすれば何も感じることなく使い捨ての駒としてその身を準じることができたのに。



どれくらい眠っていただろうか。

まだ意識がぼんやりするけど体の怠さや痛みはなくなっていた。

誰かが私の頭を優しく撫でる。

誰だろうと思い目を開けようとしたら見られることを拒むように目の上にそっと手が覆いかぶされた。

「眠っていろ」

その声には聞き覚えがある。

ディランだ。

でもどうして彼が?偽物だとバレる可能性があるから公爵夫妻が入れるはずはない。彼の権限を使えば無理に入ることは可能だけどそこまでする必要性を感じない。

私の状態は逐一、夫妻が王宮に伝えているはずだ。聖女である私‥…アニスに死なれては困るはずだから向こうだって気にしているはず。

そこまで思い至ってふと理解した。

これがアニスの生きた世界なのだと。

聖女アニスとしてしか彼女には価値がない。それだけが愛され、育てられ、生かされてきた理由。

だからその死は秘匿され、死体は誰にも知られることなく埋葬された。


ああ、何て哀れなのだろう

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