第Ⅱ章 疑念

第12話

side.リュウ


アニス・アドリス公爵令嬢

白銀の髪に左右の色が違う目。雪のように白い肌をしており見た目は儚げで正に聖女。

かなりの美少女だが性根の悪さが全てを台無しにしている。

「嫌よ!どうして公爵令嬢である私があんな下賤な者たちに触れないといけないの」

聖女の務めには魔物が現れた場所の浄化と怪我人の治療がある。

魔物の瘴気に怪我された土地は瘴気が浄化されるまで不作となる。その為、何としても聖女の務めを果たしてもらわないといけないのだ。

ところが、聖女であるアニスは毎回のごとくそれを拒む。

彼女が駄々を捏ねる時間が長引くほど怪我人の苦痛は長く、重傷者は亡くなる可能性だってある。

魔物に負わされた怪我には瘴気が宿っているので聖女でないと治せないのだ。

「平民がどうなろうが私の知ったことじゃないわよ!私は公爵令嬢なのよ」

物語や伝記には聖女とは神の使いであり慈悲深いとされているが所詮は誇張された姿。

人々の理想をかき集めた偶像でしかないのだ。

目の前の見苦しく叫びまくる聖女を見ているとつくづく思う。

そんなアニス・アドリスがある日、別人のように変わった。

最初に気づいたのはいつものように邸に迎えに行った時だった。

聖女であるが故に死なれると困るのだ。だから王家直属の護衛騎士から必ず聖女の専属護衛騎士は選ばれる。本来ならとても名誉なことではあるが俺としてはそれが災難の始まりだった。

とにかく傲慢で男には色目を使う。まさに典型的な貴族令嬢だ。こんな女を守らないといけないと考えると頭痛がする。

その日も憂鬱な気持ちで彼女の邸へ向かった。もちろん、表情には一切出さない。これでもプロだ。

「さて、今日はどれくらい待たされることやら」

アニスは学校があまり好きではないようでいつも邸から出てくるのが遅い。遅刻の常習犯でもある。何十分も待たされる身になって欲しいものだ。

覚悟して邸の前で待っているとアニスは時間通りに邸から出てきた。それだけでも青天の霹靂なのに立ち姿、歩き方が洗練されている。

彼女は本当にアニス・アドリスなのか?

不貞腐れたような顔で馬車の中にいることもなければ、ぐだぐだと文句を言うこともない。こちらを気にしている気配は感じられるがそれをあからさまに表情に出すことはしない。

アニスはとても分かりやすく単純ですぐに表情に出るタイプだった。それがこうも表情を読ませないとは。

さて、目の前にいるのは本当にアニス・アドリスなのか。別人だと仮定してここまでそっくりな替え玉を用意することはできない。

#書類上__・__#はアニスに姉妹はいない。


◇◇◇


「聖女様は?」

「公爵家の人間が連れ帰った」

「侍医の到着も待たずにか?」

「ああ」

俺の言葉にもう一人の聖女専属護衛であるディランは眉間に皴を寄せた。いつも眉間には深い皴があり、常にしかめっ面ではあるが今はそれに拍車がかかっている。

「まさかあのアニス・アドリスが我が身を挺して生徒を守るとはな」

演習場にドラゴンが二匹襲来した。

俺たちの知っているアニスならば真っ先に逃げただろう。

自分は聖女だからこの国の誰よりも価値があり、守られる存在だと思っているから。

まぁ、実際間違ってはいないけど。

「お前は大丈夫なのか?さすがに一人でドラゴンはきつかったろ」

ディランは肩から吊るされた俺の腕を見る。

「骨にヒビが入っただけだ。問題ない」

「そうか」

「それより、アニス・アドリスをどう思う?」

「きっかけがあって己の行いを顧みたとする。反省して変わろうと心がけようとしたところであそこまで一気に変わることはまずあり得ない。一度腐った性根はそう簡単には変えられない。一晩寝たら別人になりましたなんてあってたまるか」

ディランも俺と同じ考えのようだ。

「アドニス公爵家、調べる必要があるな。場合によっては」

「聖女詐称は重罪だ。十中八九、処刑だろうな。まぁ、力は本物のようだからそれはないか。罪に問われるとしたら陛下を謀ったことによる不敬罪。アニスを名乗っているあの女は聖女であることに変わりはないから幽閉して一生飼い殺し。公爵家は取り潰しだろうな。まぁ、奴らは力を持ち過ぎた。おまけに自己顕示欲の塊。大した駒にはならないが権力だけはある。一番厄介なタイプだ。今回の件はちょうど良いかもな。あの女さえ生きていたら聖女はまた生まれる」

それはつまり、文字通り。ただの道具だ。

青いドラゴンを倒しながら赤いドラゴンと戦っていたアニスを俺は何度も確認した。

ボロボロになりながら彼女は戦っていた。

まだ偽物だと決まったわけじゃない。万が一偽物だったら、その運命は数奇なものだ。

公爵家に利用され、国に利用され、けれどその存在を顧みられることもない。何とも悲しい存在だ。

「同情か?」

俺の表情から心を読んだディランが苦笑する。

「『自分で選んだことだ』と『自分の意志で違う道を選べたはずだ』と切り捨てることは容易い。だが、初めから選択肢など用意されていなかったら?従順に育てられた者に選択の余地などない。そういう者の気持ちをディラン、お前は、お前なら分かるんじゃないか?」

「そうだな。だから俺は常々思うよ。絶対に切り捨てられる側には回らないと」

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