魔王城の戦闘訓練

 冬の魔王城のデイリープログラムは朝起きて、自分で身支度をして大広間に集合。

 ご飯を食べて、片づけをして、それから主に身体を動かして遊ぶ。



「今日は何しようか?」

「おおかみごっこ!」「オルドクスもいっしょにやろう!」


 的当てゲームや縄跳び、鬼ごっこ、かけっこやリレーゲームもやったりする。

 鬼ごっこにもバリエーションあるし、的当てゲームも石つぶてだったり、弓だったりして色々と工夫して飽きさせないように工夫はしているつもりだ。


 加えて…


「これは、身体を鍛えるのにけっこういいよな。

 二人がかりでいいから、俺を捕まえて見ろ」


 と、鬼ごっこをやる時はリオンが結構ホンキになってクリスやアーサーをしごいている。

 クリスはリオンより足は速いのだけれども、動きの敏捷さではリオンにまだまだ叶わない。


「うー。またにげられた!」

「明日こそかつ!!」


 あんまり仲が良くない二人だけれど、一緒に作戦会議を立てたりして共同戦線を張っているらしい。



 そして、思いっきり身体を動かして、お昼を食べて。

 小さい子がお昼寝している間は、みんなで静かに勉強をしている。


「クリス、文章の最初の文字は大文字でね」

「あ、いけない。間違えた」


 年中組は書き取りの練習を始めた。


 もう基本文字も簡単な言葉も、自分やみんなの名前も読むことはできるので、それらを正しく書ける様になることがこの冬の目標だ。


「うー、計算ニガテ~」

「私も~~。なんだかあたまの中ぐちゃぐちゃになるよね。

 精霊のおべんきょうの方が好きだなあ」

「ぼくも…」

「私は、文字の勉強より、算数が好きですが」

「ガルフの役に立てるから?」

「そ、そういうわけでは…」


 年長組は読み書きの基本のところはクリアしたので、現在は算数にチャレンジ中。

 数字は全部読めるようになったけれど、足し算、引き算、掛け算に苦戦しているようだ。

 私が作った木のおはじきや、算数の勉強板を並べたり、外したりしながら唸っている。


 ミルカは少し年上のこともあって、理解が早い。

 算数に関しては後から始めたのに、年長組を追い越してしまった。


「それじゃあ、一休みにしてトランプで遊ぼうか?」

「やったあ! 七並べやろうぜ!」

「ババぬきがいい!」

「ポーカーにしようよ」

「じゃあ、みんなで交代で全部やっては?!」


 木の板で作ったトランプは、遊びながら算数の勉強もできるすぐれものだ。

 勉強し過ぎで嫌いになるのももったいないものね。



 私は子ども達の勉強を見ながら、合間を見て精霊術の本を見る。

 精霊の名前や、特性などを覚えているところだ。


 アルの進歩も私とほぼ同じ。

 ただ、私は算数に関しては勉強する必要が無いので


「くそっ。ずるいよな~」


 と文句を言いながら五桁の筆算、練習中。

 ごめんね。でも私も昔、苦労したんだ~。

 この後の方程式とか関数とかは殆ど忘れたけど。



 炎の精霊はレ・ファイアス。

 大地の精霊はレ・アグナス。

 風の精霊はレ・シュ―ティス

 水の精霊は…



「…ねえ、フェイ兄」


 ふと、あることが気になって私は本を捲る手を止めた。


「なんでしょう?」

「ずっと思ってたんだけど、この世界で、魔術…精霊魔術を使える人間と、そうでない人間の違いってなに? 魔力…魔術を使うための力、とかあるの?」

「精霊魔術は精霊の力を借りること、なので、制御に多少体力と気力は必要ですが、その辺は誰でもあまり関係ないですよ。

 魔術を使う為の力…というものはよく解りませんがないと思います」

「じゃあ、術士になる条件は?」

「簡単です。精霊に好かれるか、そうでないか、ですよ」 


 うわっ、身も蓋も無い。


「生まれ持っての資質も多少ありますけれど、精霊石を扱う術士は大抵、精霊石の好みで選ばれます。

 概ね、自分に性質の近いものを選ぶ傾向があるようですよ。

 あとは、精霊を正しく的確に使ってくれると思える知性の持ち主。

 人間だって、自分の名前を間違えるような人間には力を貸したくない、と思うでしょう?

 それと同じで、呪文を間違えるような相手には精霊も力を貸さない、という感じですね」

「はー、それじゃあ、どんなに術士になりたいと思って勉強しても、精霊に選ばれずに術士になれない人もいるんだ」

「まあ、最初は選ばれず、でも諦めないで努力し続けた奴を別の精霊が選んだ、という話もある。

 絶対ってわけでもないさ」


 本を読んでいたリオンが顔を上げて私達の話に混ざってくる。 


「じゃあさ、リオン兄も精霊術使えるんじゃね?

 精霊に好かれる、ってのが精霊術士の条件なら、リオン兄、相当だろ?」


 アルがもっともな質問を向けるけど


「精霊を守る獣が、戦いに精霊の力を借りてどうするんだ?」


 考えた事も無い、とリオンは目を丸くする。

 どんな敵からも精霊と人を守れる様に、と求められたのが『精霊のアルフィリーガ』であるとリオンは言う。



 それは、解らなくもないんだけれど…。


 ふむ。

「ねえ、フェイ兄。私に精霊術の呪文教えてくれる?

 術士になるつもりはないんだけれど、ちょっと試してみたいことがあって…」

「構いませんが…。何の?」

「これと………これを…、こうやって…」

「マリカは面白い事を考えますね。

 解りました。やってみるといいと思いますよ」

「ありがとう。私、ちょっと外で練習して来る。それが終わったらお昼寝してる子達起こしてくるから。みんな、静かに勉強しててね」


 私はみんなにそう言って部屋を出た。

 お昼寝の後は、リオンに剣術教えてもらう約束。

 預かってる剣、持って来なくっちゃ。


「? 何するつもりなんだ? マリカの奴?」

「面白い事を考え付くものです。異世界転生者は頭が柔らかい」

「?」




 お昼寝の後は時間がある限り、リオンに剣の使い方を教えて貰っている。

 参加者は私とフェイ、アル、アーサーとクリス。

 他の子達は部屋の中でなら自由に遊んでいいことにしているが、私達の剣の練習を見ている子が多いようだ。


「何度も言ってるが、本気で敵を倒す為の使い方じゃない。

 その場を乗り切り、逃げ延び、生きる為の使い方だ」


 剣の素振りや体力作りの基本メニューの後、リオンは繰り返し、私達にそう告げる。


「戦いを生業とする連中は、生きている時間の大半を習得の為の訓練に費やす。

 時間はたっぷりあるしな。

 そんな奴らに素人がちょっと、齧ったぐらいで敵う訳はない。だから不意を突く、逃れる。その場を躱す。

 それに全力を尽くすんだ」


 やってみて解ったけれど、正しい剣術というのは合理で、無駄なく剣を動かす為の技術なのだ。

 そして、リオンはその技術、剣筋と一緒にそれに対処する方法を教えてくれる。

 剣を動かす際の隙、打ち込みの後の弛緩、そういう狙い目を突くための技を。


「俺に、一撃でもいいから攻撃を当てることをまず目標にしてみろ」


 勿論、教えて貰ったからと言って直ぐにできるような簡単なものではないのだけれど、それでも繰り返し、繰り返し練習するしかどんな技術も身に付ける術はないことは解っている。



 クリスやアーサーは、今の所コテンパンだ。

 5~6歳児に先を見据えての攻撃、とかは難しいだろう。

 力任せ、速さ任せに突っ込んで行って、隙を突かれて転がされている。


「くっそー、ぜんぜん、盾に向かって攻撃してくんねえ」

「どうして、ぼく…おれの方が足がはやいのに、うしろにまわりこめるの?」


 リオンの戦い方は、本人が『獣』と称すように、スピードと技術で相手の隙に潜りこみ、喉元に喰らいつく技だ。

 だから、相手の隙を見つけ出すことに長けている。

 私達には、攻撃の手を緩めてくれているけれど、隙や弱点を見出すことに関しては一切の手加減が無い。


「アーサー、盾を構えた相手に敵が素直に攻撃してくれると思うな。敵を引き付ける技術が盾使いには必要だ。

 クリスは、せっかく足が速いんだから、単純な動きだけじゃなく、相手の意表を突く動きをして、隙を作れ」



 アルと戦う時はリオンの眼に、少し真剣さが増す。

 打ち合いも激しいけれど、その中にある先の読みあいが凄いのだ。

 アルは予知眼で、次に相手が何をしようとしているかを読み取って、その先に手を打つ。

 だからリオンも、自分が次にどう動いたら相手がどう反応して来るかを考えて、その先を読み返す。


 小さい子達も魅入ってしまうほどに激しい戦いになる。


 カキン!


「ああっ! しまった! 乗せられちまった!!」

 まだ、技術と戦闘経験値でリオンに軍配が上がることが多いけれど。


「気にするな。技量も、予知眼の精度も確実に上がってる。

 戦っていて俺が、動きが読めない、怖いと思わせるのはお前くらいだ」


 悔し気なアルをリオンは励ます。

「よーし、次は絶対に勝つ!」


 実際の所、リオンはアルが予知眼だと解っているから対応できるけれど、初見の相手はそれを知らないのだから甘く見ている相手の隙を上手く突けば勝率はかなり上がると思う。

 本気で練習や体力作りにも取り組んでいるから、アルの能力も、どんどん上がっているし。




 そして、一番白熱するのがフェイとの戦いだ。

 完璧な記憶力がフェイのギフトだけれど、そのギフトは戦闘能力にも応用可能なのだと、戦闘訓練に参加するようなってから知った。

 リオンの動き、技術をコピーした上で、リオンだったらこう動くだろうなと読んでフェイは戦うのだ。


「くそっ! やり辛いな」

「リオンの行動パターンは、一番理解している自信がありますからね」


 リオンにとっては自分と戦っているようなものなのだろう。本当にやり辛そうだ。

 武器を扱う体力、気力、筋肉の差で長期戦になるとフェイは負けてしまうのだけれども、フェイはそれでいい、という。


「僕の本業は魔術、ですからね」


 フェイとの戦いで、リオンは自分の弱点を埋めていく。

 教える事で、そして自分の弱点に気付く事で、リオンもまた技術をさらに上げていくのは見ていてもとても楽しい。



 さて、次は私だ。

 みんな、自分の武器を使って戦うのだから、私も負けてはいられない。


「よろしくお願いします」

「無理はするなよ」


 白銀の魔法剣を私は構えた。

 まずは、軽い打ち合い。剣筋の確認のようなものだ。

 そこから、徐々に弱点を狙う戦いになる。


 リオンは、隙を作ってくれている。

 左利きなのか、両手が使えるのか解らないけれど、前に魔性と戦っていた時は左手で武器を構えていた。

 今は右手で剣を使う。

 しかも得意の守り刀ではなく、重いロングソード。

 脇や手首に、正しく狙えばダメージを与えられる隙がある。


 とはいえ、戦闘素人の私にはそこを狙うのは簡単ではない。

 狙う為に、もう一段隙をつかないと。

 呼吸を整え、呪文を唱える。…発音が大事。



「…エル・フィエスタ」


 ボッ!


「なに?!」


 リオンが目を剥いた。

 私の持つ魔法剣。

 その刀身がまるで蝋燭のように炎を宿す。

 よし、できた。

 炎の精霊を呼び出して、剣に憑りつかせる技。


 本当は、物に火をつけて燃やす炎の精霊術の基本技だそうだけれど、魔法剣ならそれを維持できると思ったのだ。

 異世界のゲームとかで、炎属性の剣とか、魔法を宿らせた剣とかは定番中の定番だったし。


 どれほど、攻撃力が元のものより上がっているかは解らない。

 けれど、打ち合うたびに鉄のロングソードに熱が移っていくのは感じられる。

 ダメージは伝わっている筈だ。


 そして…


「エア・シュトルデル」


「うわっ!」


 リオンの顔の周りに風が集まる。

 かまいたちとかじゃない。ホントにただの風、

 悪戯好きの風の精霊達は。一瞬リオンの足と、視線を遮って動きを止めてくれる。

 その一瞬の隙を狙って、私はリオンの手元に剣を進めた。


「たああっ!!」

「くっ!!」


 キーン!!


 高い音を立てて剣が飛んだ。

 うわあっ、手が痺れる。

 飛んだのは私の剣だった。攻撃コースを読まれて巻き上げられたらしい。


「みんな、ぶつからなかった?」


 飛んだ剣のコースを確かめて私はホッとする。

 とりあえず、大丈夫のようだ。



「マリカ? 今、何やったんだ?」


 驚きに目を見開くリオンに私は拾い上げた剣にさっきと同じように炎を依り憑かせる。


「炎と、風を呼ぶ呪文を教えて貰ったから、こうやって剣に纏わせたの。

 攻撃力上がらないかなあ、って」


 私の剣も眠っているけれど小さな精霊石が付いた魔法の品だというから、精霊呪文が使えないかなと思ったのだ。

 なんとか呼び出すことはできたので、炎の精霊には剣にいてもらって、攻撃力の底上げを、風の精霊にはリオンの足止めを頼む。


 付け焼刃の精霊術だから持続時間も短いけど、とりあえずの戦闘にはなんとかなる。

 多分。


「リオンなら、もっとしっかりできるんじゃない?」

 少し、考えるような様子を見せてから、リオンはロングソードを落としてエルーシュウィン…カレドナイトの守り刀を出して呪文を唱える。


「エル・フィエスタ」


 ボッと蒼い刀身に赤い炎が宿った。赤と青が混ざっても紫にはならないんだ。

 不思議。じゃなくって。


「できるな。精霊を武器に纏わせて攻撃力を上げるなんて思いもつかなかった」


 すぐにできちゃうあたり流石『精霊のアルフィリーガ


「魔性から精霊を守る時は使えなくても、対人戦の時に精霊術も織り交ぜて戦ったら、目くらましとか、相手に隙を作るとかに使えるんじゃないかな?」

「ああ、使える。確かに…面白い」

「精霊が力を貸してくれてこそ、だけど武器は多い方がいいでしょ?

 使えるものは何でも使え、ってね」



 今迄、剣と術が完全分離されていたのなら、それをミックスさせた技は相手の意表を突けると思う。

 私みたいに剣も術も付け焼刃で使うよりも、剣はほぼ完璧+精霊に愛されているリオンならきっともっと効果的に使ってくれる。


 その為にやって見せたのだ。


「本当に、凄いな。マリカは…」


 小さく笑って、リオンは私の頭を撫でてくれた。




「すごい! マリカ姉! おれにもできるかな?」

「アーサーはまず、盾以外の武器の扱いを覚えてからです。クリスには、後で風の目くらましの術をいくつか教えましょう」

「え? おれにも術ができる?」

「本気で術士になるのは無理でも、ちょっと助けて、と願うくらいなら、短剣を通じて願えば多分応じてくれると思いますよ」

「やった!」

「ただ、どちらも中途半端にならないように、しっかり鍛錬する事」

「うん!」

「みんな、精霊術使えるようになっちゃうの?」

「エリセ、戦闘中に仕える技など小さいものだけ。術士には術士にしか使えない技というものたくさんもあります。

 焦らず、身に付けて行きなさい」

「はーい」


 子ども達も盛り上がっている。


 多分、精霊に好かれること、が術士の条件なら、魔王城の子ども達は多分、みんな術士の資格を持っているのではないかと思う。


 学んでいこう、訓練していこう。

 身に付けていこう。

 いろいろな技術を、武器を、知識を。

 それがいつか、きっと自分を守る力になってくれるから。



 まず、私は体力作りだけどね。


 ちゃんと剣を扱えるように頑張ろう。

 いつか、剣の精霊も起きてくれるといいな


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