第64話
新品の服と外套を身に纏い。ナイフと短剣、そして赤色の剣を装備する。最後にマスターから昼食用の弁当を受け取ると、滑り止めの付いたグローブを着けた。
私も行こうか、とのメイスの申し出を、一人で充分だと断って、ソードは少女と共にギルドを発つ。会話も全く無いままに、二人は街の外に出た。
曇り空の貧民街をも通り抜け、街道を逸れる。山の中へと入り込み更に進んだその先に、ようやく一軒の古びた水車小屋が見えて来た。
苔むして動きの止まった水車は、今も流れる水の中に浸っている。板で葺いたと思われる屋根は所々に穴が開き、そうでなければ土が積もって草に覆われている。ガタついた戸を苦労しながら開けると、少女はミツキに入るよう促した。
窓も必要ないほどに開放的な空間は、建物の中でありながら、冷えた風が吹きこんでいる。部屋には、自らの手で作ったらしい、板で区切った場所がある。少女は囲いの一部を取り外すと、頭を屈めて中に入った。
汚れたシーツの下で眠る少年がいる。
少女と同じく獣人で、シーツから出た特徴的な長い尾が冷たい石に乗っている。それは微動だにすることも無く、静かに横たわっていた。
ソードはシーツを捲る。少女と同じ、それ以上に古びた衣服は汗にまみれ、やせ細った身体に張り付いている。少し熱があるのだろう。獣人にしては赤らんだ顔を見ながら、グローブを着けた手の甲でそっと彼の額に触れた。
「親は?」
「そんなもの。いない」
グローブ越しに彼の体温が感じられる。幼い子どもだからこその高い体温ではあるが、それにしては熱すぎる。ただの風邪ではないと、素人目にもすぐに理解できた。
シャツを摘んでめくる。
少年の身体は細く、まだ幼くて、浮いたあばらに従い汗が流れる。胸が大きく膨らんだ時、汗が脇腹へと伝って行く。流れた先に目を向けた時、浅黒く変色したこぶし大もの腫瘍を見つけソードは思わず眉をひそめた。
「抗生物質は? 医者に見せたのなら処方されているでしょ」
「あげてる。でも」
薬は決して安くない。何人もの転生者たちが生前世界の知識を多量に持ち込んできたが、中途半端な知識故、元の世界ほど量産するには至っていない。こっちの世界の学者共は、今も懸命に研究しているらしいが。
「診療費はどうしたの」
少女は自分の身体を抱きしめ黙り込む。
急に咳き込む少年の胸を少女は優しく擦る。彼女は大丈夫だよ、と囁きかけると、水を取りに立ち上がった。
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