第59話
まだだ。まだ死にたくない。
二度目の死を目前にしてミツキは初めてそう思った。
この世界には、ちゃんと助けてくれる人がいる。私にも手を差し伸べてくれる人がいる。私を。いや。私が、捨てた世界とは違う。
ヒナタの姿が浮かび上がる。女神のような笑みは、どこか物憂げな色を湛えていた。彼女はそっとミツキの胸に手を伸ばす。痛みを感じぬ傷跡に、触れたその手は暖かく、心強くて力強いものだった。
彼女の姿は光に変わりミツキの内へと入り込む。穏やか春日向のように暖かくミツキの内から照らしあげ、やがて視界は白く眩い世界に変わった。
頭が最初に覚醒し、合わせて目蓋が開かれる。明るい光は煌々と射す、巨大な白い満月だった。
自身を包む外套を今回もまた、そっと脇に押しやって、片手を着いて身体を起こす。レインは近くの木に寄りかかり、眠っているのか目を閉じている。
ミツキは自分の胸に手で触れた。裂けた服には血が染み込んで、渇き固まり張り付いている。
確かに刺されたはずだった。だが胸元には傷は無く、乾いた血ばかり張り付いて傷そのものは失せている。レインが助けてくれたのだろうと目を向けた時、彼女はその目をゆっくり開けた。
「おはよう。ミツキ」
少々歪な日本語で彼女は言った。裂いた布で顔半分を覆い隠して、布には赤い染みが浮かんでいる。布の下の惨状を考えなくても済むように、無意識の内にミツキは顔を背けた。
「私、もう。また、死んだかと」
「そう。確かにアナタの心臓は一度止まった」
「なら、レインが?」
「違う。私は何もしていない」
レインは人差し指を立て、指の先に水の塊を創りだす。彼女が指を小さく回すと水は十に分裂し、光輝く環となった。
「ミツキ。アナタの生きていた世界と違って、この世界には魔法がある。一人一つの魂に、応じた魔法が一つ使える。それは転生者も同じ。私の魔法は液体だからアナタの傷は治せない。無事であったのは、きっとアナタ自身の魔法だと思う」
水滴の環がミツキの目の前に来る。一つ一つの水滴が月に輝き、ミツキの顔を映し出す。
「私は一度自分の意思で死んだ。生きていても、死んだとしても、自分なんてどうでもいい。そう思っていた。けれど」
水滴が本当の水へと変わり大地に染み入る。水は地面の色をほんの少し変えただけで、欠片の一つも残していない。
人と変わらぬ彼女のその目をしっかり見つめ、ミツキは静かに口を開いた。
「レイン。私はもっとアナタと一緒に生きていたい」
レインはゆっくり瞬きする。手を着き木から腰を上げる。彼女は人形のような顔に優しい笑みを浮かべると、無言でその手を差しだした。
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