第58話
「ミツキ!」
遠のく意識の世界の中でレインがミツキへ振り返る。
ミツキの胸にはナイフが刺さり赤黒い血が溢れ出す。その様を見たレインに一瞬限りの隙が生まれ、オーガの振り下ろした武器を無防備に真正面から受け止めた。
レインの顔の肌が大きく剥がれ、金属の頭骨が赤い液に照り輝く。捲れた皮膚をそのままに、レインはミツキへ手を向けた。
胸元がほのかな緑の光を放つ。周囲に高周波の音が響き、色白の肌が蝋のように溶けていく。やがて小さく穴が開くと、胸元の肌が一気に裂けて、内から大量の蒸気が溢れ出した。
明るい緑の光を放つ、三重の輪の器官が露出する。英数字の零と九が刻印された器官は、内から順に回り出す。
ミツキの胸から溢れ出した血が宙に浮く。一つ一つの雫は全て小さな深紅の棘となる。
差し出した手を赤い空へと向けた時、全ての棘が動き出し、小さな体を刺し突き上げた。
胸元から多量の蒸気を溢れさせ、顔の半分を失いながら片手でオーガの武器を掴む。巨大な武器を奪い取ると、その場に捨ててオーガに向き直った。
オーガは後ずさりながらも、両手を固く握りしめる。体重を乗せた拳をレインに繰り出す。
その一撃は決して弱くは無いものだった。だがそれを、レインは片手で受け止める。彼女がオーガを睨みつけたとき、晴れた空から五本の高圧の水が噴きおろし、大きな体の四肢と頭部を切り裂いた。
腕から青い剣を抜き、ミツキの元へと駆け寄る。ミツキは既に息も絶え絶えで、意識も遠のきつつあった。レインは刺さったナイフを抜くと、噴き出るミツキの赤い血を、魔法で無理やり抑え込む。
「レイン」
ミツキは言った。暗くなり行く視界の中で、レインの半分だけの顔が見える。一方は死神にも似た銀の頭骨でありながら、もう一方は哀しみ暮れた顔つきだった。
強い寒気に震えながら息を吸う。震える度に中断されて何度も何度も一文字目から言い直す。暗闇の底に沈みながら、やっとのことで伝えたのは、ありがとうの五文字であった。
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