第35話
廊下を抜けて昇降口へと向かう。
夕陽に沈んだ校内は、どこもかしこも深紅に染まり長い影を生み出している。五つの影が追って来ないか、何度も何度も振り向き確かめ、歩みは自然と早くなっていた。
窓の多い渡り廊下には細かな埃が立ち込めて、差し込む陽ざしが宙に描かれている。ミツキの動きに合わせて澱んだ空気が動き出し、彼女の背後で渦巻く。滑るように階段を下りる。厚いコンクリートの巨塔には人の気配が全くない。冷たく赤い昇降口に出ると、閉ざされた扉に手を掛けた。
重たく巨大な扉は、鍵が閉まって開かない。銀のカギを回してみても鍵は開かず、ドアは閉まったままだった。教職員用出入り口、緑の光が灯る非常口、そして遥か先まで並ぶ窓でさえ、全部が全部開かない。どこもかしこも閉ざされており、外に出る事も叶わなかった。
ミツキはスマホを取り出し通話アプリを立ち上げる。外からならばあるいはと、家族の誰かに来てもらおうと思ったのだ。素早くスクロールして母親を選択する。そして緑の受話器に指を伸ばしかけた時、画面を亀裂が覆い隠した。慌てて指を引っ込める。合間から見える小さな液晶は緑の単色の輝きを放つ。ホーム画面に戻った時、影が彼女の手首を掴みあげた。
「ダメじゃないか。勝手なことをしては」
影はスマホを奪い取る。必死にもがくミツキを他所に、スマホの画面に目を向ける。主要なSNSから保存された写真群、ネットの閲覧履歴に至るまで、片っ端から探り込む。
影からスマホを奪い取る。
腕を払って逃走し、掴んだスマホに目を向けた時、思わずスマホを手放した。
割れた画面を上にして、真っ赤な廊下の上に落ちる。スリープモードの黒い画面には、動く緑の目玉が一つ、血走った目で見上げていた。
反転して家の中、窓の乏しい廊下に赤い日差しが照らし込む。
普段と同じ感覚でリビングのドアに手を掛ける。しかし全く動かない。初めから少しだけ開いた隙間から、いつものリビングが見て取れる。黒いテレビに、木製の食卓、挟んで向かい合う堅い椅子には二つの影が座っていた。
彼女自身の母と父、レースの掛かる窓は赤い光を投げかけ、一層影を濃くさせる。頭を抱える母親が、重々しく口を開いた。
「今日、家に警察が来たの。あの自殺したお友達のことで。それでミツキのことをいろいろ聞かれた」
父親の影は微動だにしない。
「自殺教唆とほう助の疑いだってさ。ミツキがお友達を唆して、自殺に手を貸したんだって」
「ミツキに限ってそんなこと」
「無いと思うでしょ。私も初めはそうだった。でもあの子、自殺があった日はどこか出掛けていたの。死んじゃった子のスマホには、ミツキを呼び出す連絡が行っていたんだって。それで調べてみたら屋上からミツキの指紋が見つかったって」
俯くだけで何も答えない。やっとのことで言った言葉は、もう少し様子を見よう、だけだった。
「私たちの将来はどうなるの。ミツキが他人を殺したかもしれないのに! あの子なんて初めから」
音も無く扉の前から離れる。最後まで会話を聞くこともなく、自室へと、暗くて狭い階段を登る。
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