第23話

 砂漠の夜の天蓋から、射し込む月光が中庭の石碑を浮かび上がらせる。白骨化した骸は変わらず石碑に寄り添っている。

 石碑を照らしあげていたイグナイトの姿は無い。動く物と言えば風と砂ばかりで、生物が住まう痕跡など時に埋もれて消えていた。

 ミツキは骸の前に片膝を付く。軽く砂を被るだけで、極めて綺麗に残っている。左手の金の指輪と、銀のティアラに乗せた手が、生前における身分の高さを示す。姿形が変わりはしても、肉体が朽ち滅びようとも、魂だけはここに留まり続けていたようだ。

 本物の人を相手にするように、骸の手から、銀のティアラを手に取った。

 わずか数ミリ幅の銀細工に小さなダイヤが無数に並び、埋め込まれている。複雑に入り組む細工は唐草模様を描き上げ、容易く形が変わってしまいそうだった。

 壊さぬように細心の注意を払いながら、両手で冠を包み込む。そして美しい髑髏に目を向けると、慎重にかつ優しくティアラを頭に乗せる。

 あるべき場所で、ダイヤが月の光を受けて輝く。心なしか骸骨は、少しうれしそうに思えた。

 ミツキは暫く骸を見ていたが、ようやく音もたてずに立ち上がる。

 疲れていたが玉座を使う気も起きず、探索がてら休める場所を探し回った。食堂から狭い通路に至るまで、どこもかしこもエメラルドの人形が立っている。どうしても彼らの視線を避けたくて、城の中を歩き回った。

 最も高い塔の上の小部屋こそ、ミツキが求めた部屋だった。元はベッドであったであろう、乾いて朽ちた木の断片が窓の脇で山となっている。部屋には暖炉もあるし、火を起こすには丁度良い。すぐにでも火を起こしたい所であったが、火口箱は無くしたポーチの中だった。

 装備を外し、硬い石に身体を任せる。緩やかに時は正しく刻まれ、あわせて月が弧を描く。

 レナームならば少しも心配していない。

 仮にも神格なのだから、心配する程軟じゃない。気にするべきはミツキ自身の身であって、遭遇する敵性存在なんかより、水と食料の確保こそ急務であった。

 風の歌を聞きながらミツキはそっと目を閉じる。都市全体が吹奏楽器に変貌し、高低重なる長調の独特な音色を響かせる。和音はさながら亡霊たちが集い奏でるコーラスのようで、冷たい夜の濁る大気を震わせていた。

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