第19話
霊馬が蹄で大地を叩く。
馬の腹を蹴り飛ばし頭の上で戦斧を回す。人馬一体と化したデュラハンは、手綱を介さず馬を走らせる。全速力で駆る馬は、速度や大きさに甲冑の重量も相まって、その様子は自動車に近い。
短剣を上段に、鞭を下段に構える。両足を肩幅に広げて腰を落とし、教わった通りの姿勢を保つ。
鞭ならば、短剣よりもリーチはある。しかし迫る馬の速度を鑑みれば攻撃可能な時間は、ほんの一瞬限りで、馬上からの攻撃に特化した敵の装備を前に、不利なままに変わりない。かと言って、今更逃げて助かる相手でもなさそうだ。
襲歩で迫る馬の蹄が時計回りで接地する。充分に速度が乗って交叉襲歩に移行すると、安定した背中の上で、長く持った戦斧を振るった。
最小限のステップで避けて、馬を掠めながら頭を下げる。迫る軌道修正した柄に、短剣を上手く合わせると、速度を合わせて下から頭上に持ち上げた。
受け流すと同時に身体を捩じり、回転しながら鞭を振り回す。デュラハンの足、馬の胴、そしてイグナイトの詰まったカンテラを減速せずにすり抜けて、霊体の風を引き裂いた。
心臓が早鐘を打つ。
たった一度の衝突が交感神経を刺激して、大量のアドレナリンを生み出す。闘争と逃走の神経は血圧を上げ、ミツキの瞳孔を拡大させる。目の渇きさえも気に留めず、ターンしてくる敵を見据えた。
ギャロップで再突撃を図るべく、戦斧で馬の尻を打つ。ミツキは先ほど同様の体勢を取るも、鞭を手放し鞘を外して剣を納める。
鞘に納まる短剣を、片手で構え接敵に備える。
デュラハンに限らず騎兵全般に通じる事で、破壊力に秀でているが攻撃が直線的だ。恐怖に勇気が打ち勝つならば、この程度の攻撃に当たることは無い。
振り上げられた戦斧の刃を、白い光が先に向かってなぞり上げる。長い柄をしならせながら、デュラハンはまた水平に斧を振るった。
両足を前後に広げ、短剣を縦にし鞘を支える。可能な限り腕を前に出し、肘を少しだけ曲げておく。斧の軌跡に交差するよう合わせると、真正面から受け止めた。
鞘を引き裂き、短剣の刃と打ち当たる。
刃と刃のぶつかり合った振動が両腕を通じ、痺れとなって全身を巡る。衝突の衝撃を腕を曲げて和らげるも完璧だとは言い難く、斧は短剣に阻まれながら、ミツキの纏うアーマーをいとも容易く切り裂いた。
■20*
白い砂地は貪欲に、零れた落ちた血を吸い尽くす。痛みは感じ無い一方で、視界は極端に狭くなる。肉体が悲鳴を上げながら、ブーツが砂地を深く掘り、二本の平行線を描く。
歯を食いしばり戦斧の柄を掴む。赤く染まった刃を抱え込み、自身の身体を支点に変えて力の限り柄を振った。
デュラハンの安定していた重心がずれて仰け反りかえる。馬の速度もさることながら、纏う装備の重量と、意地でも戦斧を離すまいと努力する行為のすべてが徒となる。急ぎ手綱を掴もうと手を伸ばすも、もう遅く。二度、三度と空を掴んで落下した。
鐙に足が引っかかり、馬に引かれて地面を滑る。デュラハンは戦斧を片手に握ったまま、剣を引き抜き、霊馬ごと絡む鐙を切り落とした。
無い頭を重々しくもたげ、苦労しながら起き上がる。左膝から右足、左足と順に、砂地につけて両手で戦斧の柄を掴む。杖の代わりに柄を突き立てて、力を籠めると二本の足で立ち上がった。
ミツキはアーマー越しに胸の傷に手を当てる。溢れ出る赤い命の源がたちまち止まり、傷が消えた。短剣は鞘に納めていたと言え、見るも無残に欠けている。剣と剣との打ち合いでさえ、決して長くは持たないだろう。
青白い月の光が射す下で、二人は外套を風になびかせ対峙する。主人に加勢するべく戻った霊馬を制止して、デュラハンは自らの片手剣を鞘ごと外し、ミツキに向かって投げてよこす。
首なし騎士へ目を向けながら、慎重に片膝を付き拾い上げる。簡素で質素で装飾の一つも着いてない。剣身は細くて鋭く、月光と同じ色の光を放つ。
短剣を腰に戻し、剣を構える。一方の手に片手剣を、反対の手には鞘を逆手に構え持つ。手首で軽く剣を回すと、デュラハンに向かって走り出した。
砂を踏むたび舞い上がる。一挙手一投足に全神経を集中させる。ミツキを迎え撃つべく振りかぶった斧を見て、ガードの為に鞘を強く握りしめる。
剣を引き、懐へと加速する。最も危険な中距離を抜け、剣の先を向けた時、眉間に定められた石突が面前にまで迫っていた。
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