流れ転じて廻る月

第5話

　レナームと釣り合うほどの大柄な人の姿をしたそれは、黒い炎の剣を生み出す。大きく膝を曲げたかと思った次の瞬間、魔神は高く跳躍し、レナーム目がけて切りかかっていた。

　実体から非実体となり、黒い炎の剣を避ける。反撃の白い炎は魔神によって回避され、塔の壁に大きな穴を創り上げた。

　片手で熱波を遮りながら、もう一方でナイフを引き抜く。レナームの炎を避けて、生じた隙に魔神へ投げる。小さな刃は、いとも容易く命中するが、隆起した筋肉の中に呑まれて消えた。

　黒い炎でレナームを払い、肩越しにミツキへ振り返る。片手剣を抜く彼女を見た後、黒い炎に姿を変えて彼女の前に再出現した。

　片手に炎を収縮させる。男性体の黒い魔神は瞳を動かしミツキを見下ろす。迎え撃つべく剣と盾を構えた、その時だった。

　辺り一面見えなくなるほどの閃光に、網膜は焼かれ、鼓膜は裂ける。光も音もどちらも失われた中で触覚だけが、なおも続く塔の振動を感じ取る。急ぎミツキは視覚も聴覚も魔法で治す。戻った視界の先には収束しつつある閃光と、砕け舞い落ちるステンドグラスの光の中で、剣を払う五人目の勇者の姿があった。

　世界でたった一人だけ。勇者史上でも初めての紫ランクを超えた彼女は銀の髪をそのままに、折れた剣を手放し捨てる。勇者の中の勇者であって、どれほど大規模になろうとも戦術的な無敗を誇る。彼女に憧れ勇者となった者も多く、扱う魔法にちなんで雷の勇者と呼ばれていた。

　縦に避けた魔神の身体が二つの炎に変化して、一つに合わさり人の形へと戻る。炎を生み出すより早く、雷の勇者は雷鳴と共に片手剣を引き抜き飛ばす。剣は魔神を貫通し、光と共に飛んでいく。壁に当たるよりも早く、閃光が魔神の背後へ回り込み、投げた剣を掴み取った。

　電熱で輝く剣を軽く回す。胸を片手で押さえつつ振り向く魔神の顎下に、彼女は魔法を乗せた跳び膝蹴りを叩きこむ。

　魔神は大きく仰け反り宙を舞う。雷の勇者は融解しかけた剣に膨大な負荷を与えつつ、その場で大きく膝を曲げる。自身の身体を雷に変えると、魔神を貫く光となった。

　黒い火の粉が舞い落ちる中、今にもレナームが塔から去ろうとしている。彼の名を叫び駆け寄るのは、もう一方のミツキであった。

　急いでミツキは首から下げた鳥笛を吹く。いつもならどこにいようとやって来るのに、彼は無視して発とうとしている。ミツキは剣を投げ捨てると、レナーム目がけて走り出した。

　もう一方のミツキが一足先にたどり着き、レナームの脚を掴む。彼はミツキを待たずして、翼を広げ夜の空へと舞い上がる。ミツキは極度な前傾姿勢で塔の端へと到達すると、一際強く踏み込み、レナーム目がけて全力で跳び上がった。

　星空の下で手を伸ばす。レナームの脚まであと少し。遥か下の大地には一切目もくれず。懸命に、痛くなるほど手を伸ばす。先へ先へと伸ばした指の先がわずかに触れる。あと少し、そう思った時、もう一方のミツキが見下ろす姿が見えた。

　煌々と照らす月の光の下で、彼女の瞳に黒い炎が映り込む。

　あと少しだけが遠く離れて、急激に速度を失い落ちて行く。ミツキが最後に目にした光景は、レナームに直撃する黒い火炎の爆発だった。