第四部 第五十七話 試験初日

 燈から事件の詳細を聞かされた宗次郎はその後、学院に来た目的を果たすために勉強を続けていた。


 事件の解決に向けて協力したい気持ちはある。何人もの犠牲者が出ていて、仲良くしていた雅敏も被害に遭った。これを無視できるほど宗次郎は器用ではない。


 だが、燈から任せてといわれてしまってはおとなしくするしかない。それに陰では玄静も力を貸しているという。


 なら任せてもいい。宗次郎はそう考えた。


 否、任せるしかなかった。


 宗次郎が受ける卒業試験が徐々に近づいてきていたからだ。


 当然、のんびりとしてはいられない。


 卒業試験まで残すところ一ヶ月を切ったのだ。まだ時間があるといえばあるのだが、体育祭での和気藹々とした雰囲気は完全に消えている。学院内ではすでにピリピリとした空気が漂い始めていた。


 というのも、卒業試験の前に学期末の試験があるのだ。卒業試験は限られた生徒しか受けないが、学期末の試験は全学年、全生徒共通だ。受けなくてもいい生徒は、単位が関係ない、途中編入の宗次郎くらいなのだ。


 正直、宗次郎にとっては大助かりである。そのおかげで、鏡たちからは羨ましがられてしまったが。


 授業の前や休み時間になると、どの範囲が試験に出そうか、あの先生が作るテストならこの問題は必ず出る、過去数年分の過去問をやっておけとの生徒の声が飛び交うようになった。生徒たちが持っているカバンも厚みを増している。


 普段は人気のない図書室が人でごった返したり、自習室や訓練場の予約はもはや争奪戦だった。


 先生も期末試験に向けて熱の入った講義をしてくれるし、生徒たちも真剣に聞いている。部活の頻度も試験が近づくにつれどんどん減っていく。


 その焦りと緊張感、熱気が混ざったような空気は宗次郎にも伝わり、自然と机に向かう時間が増えていった。


 宗次郎が真剣に勉強すれば、教師役の正武家、燈も気合を入れて教えてくれるので、以前持っていた勉強への苦手意識は完全になくなった。


 開いた問題集に書かれた問題がすらすらと解ける。この感覚はクセになる。強くなるために修行して、自分の思ったように能力が使えたり刀が振れる感覚に似ている。


 成長を実感できるのだ。


 おかげで宗次郎は人生でこれ以上ないくらい勉強した。頭の中は単語、文法、数式、歴史上の偉人などでいっぱいになっている。


 そうして迎えた、卒業試験当日。


「よし」


 カバンの中にある筆記用具とノートを確認し、宗次郎はリラックスする。


 準備は万端だ。試験の開始時間まで余裕はあるし、制服にも着替えている。


 あとは、本番を迎えるだけ。


「うし」


 鞄を持って部屋を出る。


「お」


 生徒会棟の廊下にいたのは、燈と舞友だった。


「あら、おはよう。宗次郎」


「兄さん、おはようございます」


「二人ともおはよう」


 雅俊が事件に巻き込まれて以降、二人はよく一緒にいる。正直、兄の自分より燈の方が舞友と仲がいい気がする。


「いよいよね」


「あぁ」


 宗次郎はゆっくり頷いて、


「二人とも、ありがとう」


 感謝の言葉を口にした。


「礼はいらないわ。教えるのも楽しかったし」


「燈の言う通りです。気になさるようなことでは」


「いや、そうじゃなくて。この一ヶ月、いい意味で放っておいてくれたからさ」


 キョトンとする二人に宗次郎は続ける。


「大丈夫? とか、平気? とか聞いてこなかっただろ?」


 そう。燈も、あの舞友も。勉強を教えるだけで宗次郎を心配するそぶりを一切見せなかった。


 それがありがたいことなのだと気がついたのは、鏡との会話でだった。


 鏡は親から試験は大丈夫なのかとしょっちゅう連絡が来てうんざりしていると言っていた。


 親からすれば自分の息子がちゃんと勉強しているのか気になるだろうが、息子からすれば余計なお世話だし、何より勉強する気が失せる。


 その点で言えば、燈も舞友も何も言わずにいてくれていたのだ。


「今のあなたを見ていると心配する必要はないわ。その代わり、絶対に合格しなさいよ」


「わかってる。大丈夫だ」


 宗次郎が自信満々に答えると、なぜか燈は不満そうにした。


「なんだよ?」


「つまらない。もっと慌てふためいてもがき苦しむかと思ってたのに」


「おい」


「冗談よ」


 冗談にしてはタチが悪すぎる。流石の舞友もどうかと思ったのか、顔を顰めている。


「舞友。この試験が終わったら、重要な話をしてもいいか?」


 話題を強引に変えようとして、宗次郎は舞友の目をしっかりと見ながら言った。


 宗次郎と舞友の仲は最初に比べればだいぶ良くなったが、まだ距離がある。


 それもそのはず。宗次郎は自分の過去を、行方不明になっていた八年間何をしていたのか、自分の正体をまだ話していなかった。


 初代王の剣であるその事実を、自分の家族には共有しておきたいと思った。


 出会った当初は言うに言えなかったが、今なら話せる。そう確信していた。


「わかりました。試験、頑張ってくださいね」


「あぁ。そっちもな」


 この一か月、燈と舞友が事件解決に向けて動いていたのはなんとなくわかっていた。


 そして、近いうちに、決着をつけるつもりであることも。


「お互いいい結果を出しましょう」


「行ってらっしゃい、兄さん」


「あぁ、行ってくる」


 ドアを開けると、ちょうど熱い日差しを雲が遮ってくれた。


 八月。大陸で最も暑い時期。日差しは絶え間ない汗を流させ、吹き抜ける風はまさに温風のようだった。

 

 

 

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