第四部 第四十八話 半里走

 第三大訓練場。訓練区画においても三つしか存在しない大規模な訓練場であり、五百人規模での演習が行えるほど巨大だ。大きさは剣爛闘技場には及ばないが、十分な大きさである。


 そこへ、


「お待たせいたしました! これより、三塔学院体育祭の第一五種目、半里走を開催します!」


 興奮気味のアナウンスが響き渡り、客席と選手が盛り上がる。


 体育祭本番である今日、仮設された観客席には人がぎっしり詰め込んでいる。他にも見物客が周囲を覆い、実行委員が整理を行なっている。


 ここまで多くの人が集まっている理由はいくつかある。その一つが、


「実況は私、放送部の山口がお送りします。そして解説には、なんとこの方にお越しいただいております!」


 山口に興奮気味な視線を送られ、宗次郎は姿勢を正す。


「天斬剣の持ち主に選ばれ、第二王女皇燈殿下の剣となられた、穂積宗次郎さんです!」


「どうもー穂積宗次郎です。よろしくお願いします!」


 山口に紹介された宗次郎はいつもよりハイテンションで挨拶する。


 緊張でガチガチに緊張しないようにしていたら、なぜか気持ちが逆に昂ってしまった。


「よろしくお願いします! それでは、競技の説明に入りましょう。半里走はその名の通り、半里、およそ二キロの距離を四人で走ります。ですので一人当たり走る距離は五百メートル。それほど長い距離には感じられません。活強の使用も許可されておりますので波動師であれば余裕で踏破できるでしょう。しかぁし!」


 山口も緊張しているのか、宗次郎以上のハイテンションでマイクに向かって唾を飛ばしている。


「ご覧ください、スタート位置に設置された重しを! 手首、足首、肩に装着するあれらは金属でできており、波動を吸収し重くなる性質を持ちます! つまり、活強を使えば使うほど重しの重量が増していくのです! しかも重しはバトンの役割も果たしますので、調子に乗っていると最終走者の負担がとんでもないことになります!」


「協調性もさることながら、ペース配分が大切になる競技ということですね」


「その通りです!」


 昂り気味だった宗次郎も山口を見ているとつい冷静になる。おかげでいいタイミングで発言を挟めた。


 半里走は数ある競技の中でもハードな部類に入る。あの重しはスポンジと同じで空の状態が一番波動を吸収するため、重しの重量は軽くても第一走者の負担も大きい。第二走者からは波動を吸収される量こそ減るものの、重量はどんどん増していくので波動の消費量はどんどん増えていく。最終走者が走る段階では重しの重量は二百キロ近くになるそうだ。


 重さは変化するが、どの順番で走ろうとも消費する波動の量はそれほど変わらない。


 走るための脚力と体力ははもちろん、波動の総量も重要になる競技だ。そのため選ばれるのは上級生の中でも波動の腕が立つメンツが揃えられている。


 勝敗は単純。訓練場に敷かれたトラックを二周して、早い方が勝利する。見ていて単純なので、人気の高い花形競技だ。


「それではここで、現在の点数を確認してみましょう。赤組は九八二点、青組は一〇二三点、黄組は九一二点、緑組は九五〇点となっております。青組が一歩リードしていますね」


「この競技の点数配分はどのくらいですか?」


「一位は二百点、二位は百五十点、三位は百点、四位は五十点となります」


「点差が大きいので、組が逆転するのか、差が広がるのか、手に汗を握りますね」


「その通りです! それでは、出場する選手を紹介しましょう……」


 山口が各組の走者の名前を声高く宣言する。手を振って観客に応えながら入場する選手たちは笑顔を浮かべながらも緊張している。初々しさ全開だ。


「赤組第三走者、阿波連雅俊!」


「━━━!」


 しった名前が聞こえてきて、宗次郎はつい反応する。


 六大貴族、阿波連家の次期当主である雅俊は鏡と同じく食堂で知り合った。あれからもよく訓練場で手合わせをしたりして交流を深めている。


 ━━━そういえば、半里走に出るって言ってたな。


 入場してきた雅俊を宗次郎は席から見つめる。


「阿波連選手は六代貴族の次期当主です。成績も優秀ですし、注目の選手です。赤組が勝利すれば全体一位の躍り出るので、期待も高まります!」


 ━━━めっちゃ緊張してんなー。


 実況が聞こえているせいか、雅俊は見るからにそわそわしていた。体を捻ったりジャンプしたり、軽い運動をして緊張をほぐしている。


 雅俊は高圧的で初対面の印象こそ悪かった。今ではそれが責任感の強さから来るものだとわかる。自分の立場と責任を理解しているからこそ、軽々しい発言は一切しない。いつだって真剣だった。


 しかも鏡と共闘してから、平民出身を理由に生徒を見下すことはしなくなったらしい。いい傾向だ。


 ━━━って、違う違う。


 とはいえ、今の宗次郎は解説役。発言は公正に行う必要がある。


 顔見知りだからといって贔屓するような真似はしない。


「出場する選手は以上です! いやー、錚々たるメンバーですねぇ宗次郎さん!」


「えぇ、まさしく!」


 山口に当てられて宗次郎も興奮気味に返すが、頭は冷静だ。


 ━━━ほんと、選手は貴族出身ばっかだな。


 全選手は十六人。そのうち貴族の家系に名を連ねるのは十三人。相当な偏り具合だ。


 波動師の総合力が試される競技なので仕方がないと言えばその通りだが、やはり寂しさがある。


「さぁそろそろ開始時刻です。第一走者が重しを体につけてスタート位置につきます。この段階でも合計二十キロ、相当な重量です。宗次郎さんがもし出場していたらどうしますか?」


「それは第一走者に抜擢されたら、と言うことでよろしいですか?」


「はいはい」


 うーんと宗次郎は腕を組んで考え込み、


「チームメンバーにもよりますが、極端にしますかね。波動の消費を限界まで抑えるか、逆に全力の活強で駆け抜けるかのどちらかにします」


 自分の体力を考えれば波動の消費を抑えてもそこそこ走れる自信はある。


 最も他のメンバーがどの程度の実力なのかにもよるし、相手がどんな戦略を取るかによってペース配分は変わるので、なんとも言えないのだが。


 ━━━単純そうに見えて意外と奥が深いよな、この競技。


 それでいて見応えもあるのだから、大訓練場で行われる理由もわかる気がする。


「いよいよスタートの時です! 全選手、重しを装着し位置につきました!」


 赤、青、黄、緑の腕輪を巻いた選手たちが一列に並ぶ。真剣な表情で位置につき、構える。


 まさしく運命の一戦。点差からして所属する組の逆転が決まるのだ。


 選手たちの鼓動が聞こえてくるような静寂が会場を包む。


 やがて審判が旗をじりじりとあげ、頂点まで達したところで勢いよく振り下ろした。


「さぁ始まりました! 飛び出したのは黄組の長谷選手! 活強を使い後続をみるみる引き離していきます! 次の走者を信じているのでしょうか!?」


 黄色の腕輪をした選手が頭一つ前に出ている。手足を必死に動かして風を切るさまは実に美しく、芸術のようだった。


「半分の二五〇メートルを過ぎました! トップの長谷選手に続くのは青組、緑組、赤組の選手たちです。このまま順位は変わらず行くか、それとも逆転するか!?」


 波動を吸収し重くなる性質があるため、後半になればなるほどトップを走っていた選手は失速する。代わりに波動の消費を抑えていた選手たちがぐいぐいと追い上げて

いる。


「おっとここで赤組の赤荻あかおぎ選手が緑組の坂口選手を抜き去りました! 三位に浮上! 皆しんどそうな表情をしています! 頑張れ、第二走者が待つ地点まではもうすぐだぞ!」


 波動と体力の限界に挑む選手たちに喝采を送る観客たち。暑い日差しの中、重りをつけて走る選手の疲労ははかり知れない。


 まさに一瞬足りもと目が離せない状況。宗次郎は固唾を呑んで観戦していた。

 

 

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