第四章 第二十八話 答え合わせ

「どういうことです?」


「そのままの意味さ。宗次郎、その端末で何ができる?」


 今度は正武家から質問され、宗次郎は考え込む。


「電話と、メールですよね」


「そうだ。型式によって多少の差異はあれ、その機能はどれも同じだ。便利な通信機器だよ」


 正武家の自身の服から端末を取り出し、机の上に置いた。


 ━━━そういえば。


 宗次郎はふと思い出した。


 この端末をもらったのは記憶を失っていた頃だった。それもくれたのは当時の教育係だった門ではなく、妹の舞友だった。 


 記憶に関する治療がうまくいき、一三歳になるまでの記憶を徐々に取り戻して。妹や家族の顔を思い出したら、森山が飛び上がるほど喜んで。そのまま舞友に治療の成果を伝えたところ、学院から高級そうな包装に包まれて端末が送られてきたのだ。


 遠くにいる人間とも通信できるその端末で、宗次郎は八年ぶりに妹と会話したのだ。


「お久しぶりですね、兄さん」


「ああ。ただいま。舞友」


 短い時間ではあったが少しだけ通話し、以降はメールにて何回かやりとりを交わしたのだ。


「では、この端末の歴史について知っているかな?」


「いえ、知りません」


 宗次郎が千年前の過去に飛ぶ以前から、端末は大陸にあった。かつては八咫烏が専門で使っていたが、現代に戻ってきてからは多くの市民が利用している。


 当たり前のように皆が使っていたので、宗次郎も使い方しか知らない。


「端末は今から二百年ほど前に、異大陸からもたらされた発明品だ。自身の声を遥か遠くにいる相手に伝える。手紙を人の手よりも早く相手に届ける。まさに革命的な技術と言える」


 手持ちの教科書にはその記述がないのか、正武家はあくまで口頭で説明する。


「今では鉄道、自動車と並び”三種の神器”としてもてはやされているほどだ。で、この”三種の神器”には共通点がある。何かわかるかい?」


「……異大陸からきた、とか?」


「ははは、正解だが間違いだな」


 あまりにも当たり前の事実に、正武家が笑っていた。


「答えは、異大陸と違う技術、いや動力源によって運用されている、だ」


「え? 異大陸から伝わったのに、ですか」


「そうだ」


「……まさか」


 宗次郎は正武家の言わんとしていることがだんだん分かってきた。


 学院内で起きている対立。その原因の話からすると、もしかして。


「そう、この端末は波動の技術により成り立っているんだ」


 正武家は机の上に置かれた端末をトントンと指で叩いた。


「鉱石には波動を蓄積、増幅する機能があるのは宗次郎も知っているだろう。そして、この端末にもそういった鉱石が使われている。人の音声に含まれる波動を吸収し、増幅させ、相手の端末に仕込まれた鉱石に送る」


「……そんな仕組みだったんですね」


 初めて得た知識に宗次郎はまじまじと自身の端末を見つめる。


「異大陸では、電気とか言うもので動かしているらしいが、我々の技術力では再現できなかったそうだ。鉄道も、自動車もそうさ。異大陸から技術者を読んでも再現できないから、波動を使って再現している。何でもかんでも、波動、波動、波動だ」


 正武家は机の上の水を飲み干して、はぁとため息をついた。


「波動はこの大陸にずっと根付いてきた超常の力だ。おかげで軍事、警察、文明の至る所にまで波動の技術が使われている。仕方がないと言えばその通りだが、おかげで波動が全てであるかのような基準ができてしまった。それがこの学院に蔓延る対立の根幹だよ」


 正武家の意見に宗次郎は耳を傾けつつ、頭を回転させた。


 波動。宗次郎も覚醒してからずっと使い続けてきた力。この大陸の人間が当たり前のように使ってきた能力。


 だからこそ、波動こそが絶対の基準となってしまう。


 波動を専門的に教える学院内では特に顕著だろう。


 同じ身分であっても争いが起こる原因は、大陸の文明が全て波動に基づいていることが原因とも言えるのだ。


 ━━━あ。


 宗次郎はふと、学院長室でした話を思い出す。


「波動師として、人として成長してもらうために、長い時間をかけて子供達を教育する。この学院はそのためにあるの」


 津田学院長は宗次郎にそう告げた。


 その真意が、ここで初めて分かったような気がした。


 波動によって成り立った国だからこそ、波動だけでなくそれ以外の尺度で人を測っているんだ。


「お、時間か」


 チャイムの音が響き、正武家が顔を上げる。


 宗次郎は立ち上がり、裾を改めてから頭を下げた。


「ありがとうございました!」


「おうお疲れ……って宗次郎、このあと出かけるのか?」


「はい。部活に行ってきます」


 西日が部屋に差し込む中、宗次郎は声を弾ませた。


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