第四章 第二十話 確執
「おやおや、こんなところに!」
突然、宗次郎の背後から食堂中に響くような声がする。
何事かと思って振り返ると、食堂の入り口には腰に手を当てて踏ん反り返る一人の男子生徒がいた。その周囲には取り巻きなのか、三人の男子生徒と五人の女子生徒が控えている。
男子生徒は宗次郎と視線が合うと、にこやかな笑みを浮かべてこちらにやってくる。
生徒とは初対面であるが、その笑みを宗次郎は見たことがあった。
祝宴の席で、貴族が浮かべていた笑みと同じだ。
「穂積宗次郎だろう? 僕は阿波連雅俊だ。よろしく」
「よろしく。阿波連って言うと、あの?」
「そう! 六大貴族の一角! 僕は阿波連家の人間さ」
自信たっぷりに笑う雅俊。黒い短髪をツーブロックにし、実に爽やかなイケメンだ。耳には金色のピアスをつけている。同じくおしゃれのつもりか、制服は着崩されていたり、指や方には装飾品を身につけていた。
阿波連家の当主、阿波連海斗とは祝宴の席で会った。ずんぐりとした体に、年齢は六十代は越えていたはずだ。
━━━似ているような、似てないような。
顔付きはよく見れば面影があるようなないような。そんなレベルだ。
似ているのは、相手を威圧し、見下すような雰囲気くらいだろう。
「それで、なんの用かな?」
宗次郎はなるべく失礼にならないように、かつ食事中で会話中であることを示唆する程度の邪険にした感じを醸し出す。
しかし、雅俊は華麗にスルー。
「もちろん、君と話したいんだよ。宗次郎」
宗次郎たちに断りなく━━━さらに隣の席から空いている椅子を無断で借り━━━同席してきた。
取り巻きの生徒たちこそ座らないものの、雅俊の近くで待機している。
はっきり言って邪魔だ。
「皐月杯の戦いぶりについて、色々と聞きたいんだ。全くこの学校はどうかしてるよ。決勝しか見せてもらえなかったんだぜ。剣士であるなら、一回戦や二回戦の方がためになるってのに」
「は、はぁ」
「今じゃなくていいから、まとまった時間をもらえないか? なんなら家に来てもいい。父から祝宴の席でのことは聞いている。もっとお話ししたいとおっしゃっていたんだ」
雅俊は滝のように話し始める。取り巻きも同意する様にうんうん頷いている。
「どうかな?」
「あーうん……家は流石にきついかな」
「あぁ悪い。僕も慌てていたな。ならこのあとは━━━」
「あの!」
宗次郎が返答に困っていると、鏡が大声を上げて立ち上がった。
「ん? なんだ君たちは」
今さらながら雅俊は鏡たちに気が付いたらしい。
「やれやれ。有名人と話したい気持ちはわかるが、僕に譲ってくれないかな。あと食事が終わったのなら席を空けたまえ」
「お━━━」
「はぁ!」
あまりに横暴な態度に、宗次郎よりも先に美緒が怒り出した。
「私たちのほうが先に話してたんですけど! 急に割り込んできて━━━」
「美緒、落ち着け!」
隣に座っていた宏が慌てて美緒をいさめる。
その様子に、雅俊は再度ため息をついた。
「まったく。身分の違いもわきまえないとは。この俺と同じ卓で食事をするだけでも本来はあり得ないんだぞ。光栄に思え」
あまりの言い方にムッとする鏡たち。さすがに宗次郎もそろそろ我慢の限界を超えそうだ。
波動はこの大陸に長く伝わる頂上の技であり、文明に深く関わるとても重要な技術だ。そして、三塔学院が波動について学ぶ場である以上、波動の腕前がその序列を決める。
そして、三塔学院が波動について学ぶ場である以上、波動の腕前がその序列を決める。
波動の素養、腕前こそ全て。公言しているわけではないが、学院内ではそういう空気がある。
雅俊のその空気が見事に体現していた。
「それともまだ用事があるのか?」
挑発的な発言をする雅敏に三人が黙り込む。
正直、隣に我が物顔で座る雅俊をぶん殴ってやりたいが。さすがにそんなことをするわけにはいかない。真正面から無視するのもNGだ。
今の宗次郎は、燈の剣なのだから。
━━━ほんと、立場って面倒だぜ。
少し悩み、宗次郎は助け舟を出すことにした。
「鏡、さっき言おうとした続きを聞かせてくれないか?」
「え!?」
「いいから」
突然話題を振られて鳩が豆鉄砲をくらったような顔をする鏡に、宗次郎はなるべく優しく声をかける。
「あー、えと」
周囲の視線が集まり、しどろもどろになる鏡は何とか口を開く。
「ずっと勉強ばかりしていたそうなので、訓練場でもどうかなって」
一瞬、全員が沈黙した。
「あんたが見たいだけでしょ、それ」
「なっ!? ち、違うよ!
呆れる美緒と慌てふためく鏡のおかげで、場の空気が少し明るくなる。
「訓練場?」
「波動術や剣術を鍛える場所ですよ」
宗次郎の疑問に宏が答えてくれる。
どうやら鏡は宗次郎に気を使い気分転換をしつつ、あわよくば戦う姿を見たかったのだろう。
━━━なかなかどうして……。
自分と相手の褒美をちゃんと用意しているところに妙なしたたかさを感じつつ、あっさりばれてしまうあたりに親近感がわく。
「まったく、ありえないな。学院に来たばかりの彼に何を言うんだ? 道案内を提案する様な真似もできないのか、君は」
「いや。せっかくだから、鏡の言う通りにしようか」
またしても宗次郎は雅俊の発言を遮り、食べ終えた食器を片付け始める。
「え、え!? いいんですか!?」
「いいよ。ここ一週間ずっと勉強づけでね。体を動かしたいと思っていたんだ」
提案した鏡自身が一番驚いているのが、なんだか面白い。
「宗次郎?」
「案内なら、訓練場に行く間や終わった後でもできるだろう?」
眉を顰める雅俊にも、邪険にならない様に対応する。
「本当にいいんですか? 鏡の我儘なのに」
「もちろん。それに━━━」
宗次郎はあえてトレーを持って立ち上がり、周囲を見渡す。
「鏡だけじゃないだろう? 俺が戦うところを見たいのは」
ザワっと食堂にどよめきが走る。
鏡と話している間中ずっと視線を向けられていた。宗次郎自身が言うのもなんだが、かなり注目されている。その理由が皐月杯での活躍にあるのなら、戦っているところを見たいと思うのは当然だ。宗次郎だって逆の立場ならそう思うだろう。
━━━せっかく期待されてるんなら、それに応えなきゃな。
「決まり、かな」
「……いいですけど、誰と戦うんです?」
宏がもっともな疑問を口にする。
「それはもう決めてある」
宗次郎は目を宝石の様にキラキラさせている鏡と、不満ながらもどこか期待を隠しきれていない雅俊を見下ろす。
「鏡、雅俊。君たち二人が、俺の相手だ」
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