第一部 第十一話 奪われた天斬剣 その2

「一体、何があったのですか」


 冷静沈着な門が額に手を当てて空を仰いでいる。よほどの事態なのだと宗次郎は納得した。


「順を追って説明しましょう。まずはこちらの脅迫状をご覧ください」


 練馬は懐から一通の封筒を取り出した。中にあるのは手紙だろうか。大きめの文字で何か書かれている。


『天斬剣献上の儀を破壊し、国の至宝を天への供物とする』


 印刷された手紙を受け取ると、こう書かれている。宛名も差出人の名前もない。代わりに丸の中に天の文字が刻まれたマークが一つだけ添えてあった。


「この事件には天主極楽教てんしゅごくらくきょうが絡んでいるのですか」


「はい。二日前、神社に送りつけられたそうです。我々は結衣殿のご依頼を受け、秘密裏に調査を開始しました」


「……なんと」


 驚愕する門に、練馬は同情の視線を向けた。妹が神主を務める神社に脅迫状が届いたのだ。その心情は察するに余りある。


 一方、宗次郎は飛び出した専門用語を理解できず、いつもの癖で門に救いを求めた。


「すみません。その、天主極楽教てんしゅごくらくきょうというのは」


「宗次郎君。王女殿下が十二神将に選ばれた理由を覚えていますか」


「はい。反抗勢力の首領を捉えた功績を認められて、最年少で選ばれたって」


「その反抗勢力こそが、天主極楽教てんしゅごくらくきょうという邪教なのです。この印は邪教のシンボルです」


 門が脅迫状にある天の文字を指差した。


「でも、教主は逮捕されたんでしょう」


「そうよ。私が捕らえたの」


 燈は自分の成果をさらりと口にする。


「では、今回は残党の仕業なのですか」


「おそらくは。結衣殿のご依頼を受け、我々は天主極楽教のテロを懸念。警備部隊を離れ、一足先に現地へ赴きました。調査を開始したところ、お二人を巻き込んでしまった次第です」


 宗次郎は申し訳なさで胃が縮んだ。


 ここまで話を聞けば想像がつく。自分のわがままのせいで、重大な任務に就いている燈たちの邪魔をしてしまったのだ。


「なるほど。相手の狙いは儀式そのものではなく、手紙の内容は罠だったのですね」


 門は改めて脅迫状を手に取り、全員に見せつけるように広げてみせる。


『天斬剣献上の儀を破壊し、国の至宝を天への供物とする』


「脅迫状の内容を見れば、儀式の最中にテロが行われると考えるのは自然です。何しろ相手は二ヶ月前に教主が逮捕されています。国が執り行う儀式を襲い、組織の健在ぶりを知らしめるのが狙いだと」


「はい。しかし結果は全くの逆でした。まさか天斬剣を奪うことで儀式を行えないようにするとは」


 迂闊でした、と悔しそうに歯噛みする練馬は懐から札を取り出した。


「こちらは刀預神社に残されていた波動符です。爆発に使用されたモノと推定されます。宗次郎くん、ご存知ですか?」


「はい。名前だけは」


 波動符は波道具の一つで、波動師が自身の波動を込めた刻印を紙に焼き付けたものだ。波動を込めれば定められた術式に従って術が発動する。


「この波動符の残滓から犯人を特定しました。こちらをご覧ください」


 練馬は懐からさらに何枚かの写真を取り出した。巫女服に身を包んだ金髪の女性が写っている。


 刀預神社で燈と戦っていた少女だ。


「こちらは結衣殿からいただいた、犯人の写真です。名前はシオン。二ヶ月前の戦いで初めて接触した、敵の波動師です。属性は風。その強さは第二王女殿下が手を焼いたほどです」


「手は焼いてないわ。教主を捕らえることが最優先だったから、見逃しただけよ」


 練馬の説明にすかさず異を唱える燈。よほど敵対心があるのか、悔しそうな顔をしていた。


「おホン! 結衣殿の話によるとシオンは二週間前、臨時で神社に雇われたそうです。手紙を出したのは彼女で間違いないでしょう」


「なるほど」


 門が返事をしてから、幕を張り巡らせたような沈黙が続く。


 宗次郎は、これまでの会話の内容を整理していた。儀式、天斬剣、反抗勢力。聞いた話と時系列をまとめ、不意に出た疑問を口にした。


「なんで手紙なんか出したんだろう」


 儀式を行わせない目的で天斬剣を盗むだけなら手紙を出す必要はない。こっそり盗み出したほうがインパクトが大きいのに、なぜわざわざ手紙を出したのか、疑問が残る。


「あら。頭は回るようね」


 宗次郎は本気で驚いた。自分の考えを述べたら燈が笑顔で褒めてくれたからだ。


 従前の不機嫌さが嘘のように、聖母が持つような慈しみすら感じられる。


「シオンの最終的な狙いは私よ。私を倒せればよし。倒せなくても、儀式をご破算にして、警備を任された私の権威を失墜させるつもりなのよ」


「確かに。二ヶ月前の戦いにおいても、殿下を目の敵にしていましたね」


 練馬は相槌を打つと、宗次郎に向き直った。


「この通り、我々は儀式を成功させるために、シオンの行方を追い、天斬剣を回収しなければなりません。お分りいただけましたか」


「はい」


「一つ、よろしいでしょうか」


 門が手を挙げた。


「盗まれたと知っているのは、ここにいる我々以外にいるのでしょうか」


「宮司の結衣ゆい殿を除けば他におりません。内密に処理をしなければいけないので、あなた方にもこの件は他言無用でお願いしたいのです」


 天斬剣が盗まれたと市民に知られたら大ごとになり、燈の名誉に傷がついてしまう。


 燈たちは極秘裏に天斬剣を回収し、何事もなかったかのように儀式を遂行するつもりらしい。


 ━━━上手くいくのか?


 不安に駆られて、宗次郎は周囲の顔色を伺う。


 練馬れんま八咫烏やたがらすも、その表情は決して明るいとは言えない。難しい任務になると彼らも悟っているのだ。


「話はまとまったようね」


 燈はふうと息を吐き出し、何を思ったのか握りこぶしを前に突き出した。それに合わせて練馬、烏たちが燈に合わせるようにこぶしを突き出す。


「この国に古くから続く約束の習慣です。宗次郎くんも」


「は、はい」


 門に遅れて宗次郎もこぶしを付き合わせる。ぶつかり合ったこぶしを中心にして円を描くように各々が並んだ。


「約束をここに」


 宗次郎を除く全員が同じように発言する。


「我らは儀式までに必ず天斬剣を回収する」


 燈が全員の顔を見渡し今後の指示を出す。宗次郎は体から力が湧き上がるのを感じた。触れ合っているこぶしから力が流れ込んでくるようだった。


「確かに状況は不利よ。天斬剣は行方不明、シオンは手強い波動師。加えてこちらは隠密に行動しなければならない。では、敗北を受け入れるか」


 その堂々とした立ち振る舞い、よく通る声、決意に満ちた瞳。燈の存在が、そのあり方がここにいる全員の感情を高ぶらせた。


「否。私たちは必ず勝利する。なぜなら━━━」


 燈は言葉を区切り、大きく息を吸い込んだ。


「私は初代国王を超える王になる。ここでつまずくわけにはいかないの」


 その発言は純粋な覚悟の表れだった。己や宗次郎たちを鼓舞するものでもなく、燈にとって単純な、なんの飾りもない言葉だった。


 誰ともなく合わさっていたこぶしが下されていく。


 この場にいる全員の胸に、奇妙な一体感とやる気が満ちた。


「御意。この身が砕け散るまでお供いたします」


 八咫烏と練馬がかしづき、震える声で忠誠を示した。


「王女殿下。微力ながら、私めも協力させてください」


「わ、私も! この屋敷でのことならお任せください!」


 宗次郎は門と森山が真剣に敬意を表するところを初めて見た。


 燈は二人の様子を見て満足そうに微笑み、宗次郎に目を向けた。


「あ、ええっと」


 気づけば立ち尽くしているのは宗次郎ただ一人になっていた。


 焦る。協力したい気持ちと、記憶も半端で世間知らずな自分ができることは限られていると考える理性がせめぎ合う。


 ━━━何かないだろうか。


「剣が戻るまでの間、こちらのお屋敷は自由にお使いください」


 頭がぐるぐると回る中、走馬灯を見るように練馬のお願いを思い出した。


 内密で行動しなければならない以上、第二王女は公的機関を頼ることができない。だから宗次郎たちの秘密を打ち明けてまでここにいるのだ。


 別荘とはいえ、おいそれと他人を招き入れてはいけない。本来なら当主である舞友まゆの許可が必要だ。


 状況が切迫しているのは確かだ。妹に全ての事情を説明している時間はない。相手は王族とその直属の部下たちならば、事後報告でも文句は言われないだろう。


 自分が差し出せるものがこんなものしかなく、情けなくなる。もし記憶があったら。常識を備えていたら。戦う術を持っていたら。こんな惨めな思いをしなくて済むのに。


「十分よ」


 優しい声がする。頭を下げていて顔は見えないが、また燈が笑ってくれたような気がした。それだけで宗次郎の心は、水面に浮くアメンボのように軽くなった。


「じゃあ、具体的な行動指針を決めましょう。まず━」


 明日の予定に関して、第二王女とその臣下たちは話を詰めていく。その熱量は凄まじく、夜がふけてもなお途切れることはなかった。






 こうして。


 宗次郎の人生の中で一番慌ただしい一日が終わったのだった。

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