第一部 第十二話 人探し、自分探し1

 宗次郎は寝起きのまどろむ時間が好きだった。


 半分だけ覚醒した意識のまま、のんびりと布団で時間を費やす。そこに生産性は一切ない。ただ心地よい脱力と包み込むような暖かさを享受する。


 そう。いつもなら快適な朝を過ごしているのだ。いつもなら。


 ━━━どこだここは。


 宗次郎はいつの間にか知らない場所にいた。


 山の中腹辺りなのだろう。麓にある市の全体が見渡せる。大きい川が中心を流れ、シンボルのように大きな橋が架けられていた。


 ああ、夢か。宗次郎は自覚する。


「じゃあ、さよならだ」


 夢の中で、隣に一人の男がいた。顔はよく見えない。別れを告げたのに、悲しみを微塵も感じさせない快活さがある。


 夢の中の宗次郎は男を見据えたまま、何も言わずに握っているものを男に差し出した。


 刀だ。


 かなり使い込んでいるのか、鞘や柄の所々に傷がある。


「これを、託す」


「ああ」


 目の前の男は大事そうに宗次郎から刀を受け取った。


「すまない。お前に大役を押し付ける形になってしまって」


「バカを言うな。お互い様だ」


 二人は同じタイミングでニッと笑い、軽い音を立てて拳をぶつけ合う。


「「約束をここに」」


 昨日の夜に全員で行った、約束の儀式と全く同じだ。


 だんだん周囲の光景が白くなってきた。合わせて意識が覚醒が覚醒していく。目覚めのときが近づいている。


「俺は━━━」


「起きてください!」


 大声が響いて体を揺すられる。夢の景色は彼方へ吹っ飛び、代わりに窓から漏れる太陽光が目を刺激した。


「ううん、まだ」


「まだじゃないです。起きてください宗次郎様!」


 布団を強引に剥ぎ取られて体を起こされる。目が慣れると、顔を真っ赤にした森山が立っていた。怒っているようだが、童顔のおかげであまり迫力がない。


「おはよう森山。今日は朝からお出かけ?」


「いつまで寝ぼけているんですか! 昨日何があったのか思い出してください!」


 珍しい外出用の服装を指摘したら、逆に指摘され返されてしまった。頭の回転が徐々に戻るに連れ、記憶が戻り、合わせて宗次郎の顔も青白くなっていく。


「やっべ」


「もう!」


 慌てて布団から飛び出し、寝間着を脱ぎ捨てる。


 やってしまった。昨日の会議の後、宗次郎は森山を手伝って燈たち六人分の部屋の用意をしたのだ。そのあと布団に潜ったものの、気持ちが高ぶったまま寝付けなかったのだ。


「それから私は買い物に行きますので」


「…気合が入ってるね」


「そりゃあもう。第二王女様のお役に立つと誓いましたから!」


 フンス、と力強い鼻息が聞こえてきそうなほど熱がこもっている森山。昨日の会議以来、第二王女の演説に感化されたようでいつも以上に元気いっぱいだ。


 門と森山は普段通りに過ごしつつシオンの捜索にあたる。


 遭橋市の人口は十万近い。儀式が行われるまでの一週間以内に、シオンを探し出して天斬剣を回収しするには、燈を除いた五人では人手が足りないと判断されたためだ。


 門は剣道場を営んでいるので、子供を持つ主婦を中心に顔が効く。


 森山は市内の行事に積極的に参加しているので、顔見知りが多い。


 シオンがこの市に来たのは遅くとも2ヶ月前。本格的な捜査はできなくても、その動向をそれとなく探るくらいはできる。


 二人はそう言って、協力を申し出て、練馬と燈が承諾したのだ。


「食堂におにぎりと、写真が置いてありますからね」


「ありがとう。あ、森山」


「はい。なんでしょう」


 ドアノブに手をかけた森山を宗次郎は呼び止めた。


「気をつけて」


「はい。宗次郎様も」


 森山はいつもより元気よく返事をして、部屋から出て行った。


 一人になった途端、頭の中に先ほどまで見ていた夢が浮かぶ。もうほとんど覚えていない。


 また昔の記憶なのだろうかとも思った。ごく稀にではあるが、不意に夢の中で記憶をなぞることはあった。ただ記憶の場合、目が覚めてもはっきり思い出せる。


 今回は夢だったんだろう。近いの儀式も昨日の夜やったばかりだから、きっとその体験が元になったんだ。


 宗次郎は着替えを進めた。






 着替え終わった宗次郎は下の階におり、昨日会議をした食堂に向かった。


 森山の言う通り食卓におにぎりが二つあり、その近くに写真が置かれている。


 写真には巫女服を着た金髪の女性が写っていた。天斬剣を強奪した天主極楽教の一員、名前は確かシオンだったか。十二神将に選ばれるほどの使い手である燈と互角に戦った以上、強力な波動師なのだろう。


「ふうん」


 神社で遭遇したときは風の波動術を受けたせいで気絶してしまい、顔はよく見ていなかった。とても美人だと思う。普通に巫女として神社に勤めていたら、男性客がわんさか押し寄せたに違いない。


 門がいっていた美人の巫女とはきっとシオンなのだろう、と写真を卓に起き、おにぎりを頬張る。中身はシャケだった。近くにあったテレビのリモコンに手を伸ばし、スイッチを押す。


「今朝のニュースです。昨日、刀預神社で爆発がありました」


「ぶほっ」


 奇跡的なタイミングでニュースが始まり、宗次郎は吹き出した。


 ━━━おおごとになってるじゃねえか。


 机に張り付いたご飯粒を丁寧にとりながら、宗次郎は画面に釘付けになる。


「爆発により三森涼子さん七十三歳女性が頭を打ち、市内の病院に搬送されました」


 テロップにある顔写真は、宗次郎が神社で世間話をした老婆のものだった。


 ニュースキャスターによると命に別状はないらしい。


「原因は飾り付けの不備とのことで、天斬剣献上の儀には影響はないそうです。現地の記者と映像が繋がっています……」


 画面が切り替わる。神社の宮司として門の妹である結衣が取材を受けていた。笑顔で対応をしているだけに、事情を知っている宗次郎は複雑な気持ちだった。


 画面は次に、道端を行進する一団を上空から映し出していた。天斬剣を王城に移送するべく派遣された波動師たちだ。式典用の礼装に身を包んでいる。


 本来なら、燈はあの集団を護衛している立場なのだ。


 最後に、女性が首都・皇京こうきょうでマイクを片手に儀式について楽しみにしている人々の様子を撮影して、番組のコーナーが終わった。


「内密に、か」


 爆発に天主極楽教が関わり、天斬剣が盗まれたことは報道されていなかった。


 天斬剣献上の儀は、国威発揚を目的とするものの中で最も重要な祭事である。一般公開されない国の宝、それも千年前に伝説の英雄が使用した刀がお披露目になる唯一の機会だ。国民の間でも一生に一度は参加すべき行事と認識されているため、大陸各地から見物客が押し寄せる。客の数に合わせて警備の規模を大きくなるので、文字通り国家を挙げての祭りとなるのだ。


 宗次郎の胃が次第に重くなる。自分たちが天斬剣を回収できなければ、ニュースで大々的に報じられる儀式が台無しになるのだ。天斬剣が強奪された事実が明るみに出るのもまずい。


 おにぎりをなんとか口の中に押し込んで咀嚼する。晴れない気分のまま、食器を片付け食堂を出た。


 屋敷に人の気配が全くない。シオンの捜索に出払っているのだ。もともと宗次郎、森山、門の三人で暮らしているから生活感はないが、さらになくなっている気がした。


「おっと」


 廊下を曲がったとたん、銀色の髪が揺れているのを見て思わず身を隠した。燈がいる。


「……わかったわ。次の指示は……」


「大丈夫、部隊には伝えて……」


 廊下の先で燈は携帯端末を片手に歩き回っている。室内着なのだろう。浴衣のような略装をしている。氷のような雰囲気のまま、テキパキと電話の向こうへ指示を出していた。


 一通り終わったのだろう。燈は電話を切り、深く息を吐き出した。


「隠れてないで出てきなさい」


「!」


 宗次郎の肝が冷える。


 ━━━背中を向けていたはずなのに、なぜ隠れているのがわかったんだ。


 バレてしまった以上、隠れていても仕方がない。宗次郎は観念して廊下に顔を出した。


「おはようございます。第二王女殿下」


「ええ、おはよう」


 燈の蒼玉のような瞳が見つめてくる。気まずい沈黙が二人の間に佇む。


「どうして隠れていたのかしら?」


「あ、いや。別に。ただ、ここにいるとは思わなくて」


 ついしどろもどろになってしまう宗次郎。燈の不審なものを見る目が余計に緊張を煽った。


「今は何をしているの?」


「……」


 宗次郎は唇を嚙み、拳を握りしめた。


 今日の予定は何もない。毎日行っている記憶の治療も、門の授業も無くなった。夜の会議でも、頭の怪我があるので今日は一日安静にしているようにと言われた。


 自分は何もできない。宗次郎自身わかっている。


 日頃から他人に接する機会があまりない宗次郎にとって、人探しはかなりの難題だ。しかもボロを出せば天斬剣が盗まれたことが露呈してしまう。


「あなたって不思議ね」


「?」


「とっても素直な反応。何もかも顔に書いてあるみたい。なのに、とても謎めいてる。不思議だわ」


 綺麗な微笑みで燈は笑っている。宗次郎はバツが悪くなって目をそらした。


「気にしなくていいわ。それと、敬語も苦手なら普通に話していいわよ。この屋敷を提供してもらうだけで十分だもの」


「でもそれじゃあ」


 あまりにも役ただずだ、と言いかけてしまう。


「確か、この屋敷には剣道場があったわね」


「ああ。この先に」


「なら、一本付き合いなさい」


 逸らした視線を戻すと、何故か燈の顔が赤くなっている気がした。それから目もいつもと違う。宗次郎に語彙力があれば嗜虐的という表現を使いそうな、獲物を見つめるような目をしていた。 


 ━━━何故だろう。ここから逃げた方がいい気がする。


 本能的に後ずさったが逃げられるわけもない。宗次郎は諦めて燈の提案を了承した。


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