第二部 第四十一話 皐月杯 準決勝

 四月二十九日。皐月杯の準決勝が行われた。




 天気はどんよりとした曇り空。雨は降らないとの予報なので、直射日光がない分戦いやすい気候となっていた。




 この戦いの勝者が決勝に進むため、観客席では優勝予想が白熱していた。




「なんといっても穂刈選手じゃろ。あやつほど強い剣闘士を見たことがないわ」




「いやいや。善茂作嬢もなかなかの腕前ですぞ」




「父ちゃん、僕は宗次郎選手が勝つと思う」




「そっかー。父さんは術士だったから、どうしても雲丹亀選手を応援しちゃうんだよな」




 各々の応援する選手の横断幕が掲げられる。




 その様子を待合室から見つめながら宗次郎は試合開始時刻を待つ。




「宗次郎様、大丈夫ですか?」




「なんともないよ。どうかした?」




「いえ、なんだかいつもよりピリピリしているように見えまして……」




「はっはっは。準決勝なのだから仕方ないさ。私も緊張している」




 森山の心配を吹き飛ばすように阿座上が笑いを取る。




「次の試合が気になっただけ。大丈夫だよ」




「次の試合? 勝つのは穂刈さんだ。雲丹亀家の子せがれに勝ち目はないよ」




 ふうん、と適当に相槌を打って宗次郎はグラウンドに視線を落とす。




 穂刈嶺二。剣爛闘技場第一訓練場監督にして、全剣闘士の総監督を務めている。名実ともに闘技場最強の剣闘士だ。 狭い闘技場では間合いを詰められる剣士が圧倒的に有利。なおかつ穂刈は以前敗れた昼神より経験も実力もあるので、阿座上に限らず、多くの人間が穂刈の勝利を予想しているのだろう。




 昨日の出来事が引っかかっている、宗次郎を除いて。




 ━━━あれは本気の目だった。




「僕は、君を倒す」




 そう宣言した玄静はいつもの軽薄な雰囲気は微塵もなかった。




 燈の剣になるという宗次郎の約束は、どういうわけか玄静の琴線に触れたのだろう。




 ━━━燈の婚約者だからってわけじゃない。もっと深い部分にある怒りに触れたな。




「それでは! 準決勝第一試合を始めます!」




 実況がマイクを張り上げて吠え、闘技場が歓声で揺れる。




「まずは選手入場! 我らが最強の剣闘士! 穂刈嶺二―!」




 背中に一の文字が刻まれた羽織を背負い、一人の男が観客に手を振りながらやってくる。




 身長は二メートル近くある大男だ。腰に帯びた大太刀も馬すら真っ二つにできそうなほど大きい。片目の眼帯や袖から除く傷だらけの腕に今まで潜り抜けた修羅場の凄絶さが刻まれている。




「術士の快進撃はどこまで続くのか! 雲丹亀玄静―!」




 穂刈と同じく歓声が上がったが、すぐに小さくなってしまった。




 いつもならにこやかな笑顔をしている玄静が、口を一文字に結び、まっすぐに穂刈をみている。




 本気だ。




 闘技場にいる全員がそう思った。




 玄静と穂刈が所定の位置につく。試合が始まっていないのに言い知れぬ緊張感が闘技場を覆う。




「試合、開始!」




 審判がホイッスルを吹き、けたたましい音がこだまする。




 同時に、強大な波動が玄静から放出された。




「なっ……!」




「これは━━━!」




「おいおい」




 急激な状況の変化に解説も実況も、宗次郎すら言葉を失う。




 初手から圧倒的な大技を放つ戦術自体も珍しいが、注目すべきはその量だ。視覚化するほど濃密な波動は火山の噴火を思わせる。王族ですらここまでの波動量を放出出来る者はざらにはいない。




 ━━━まさか、これほどとは……。




 自分の全盛期より波動の放出量が多い。否、今まで出会った波動師のなかでも類をみないと宗次郎は確信する。




 初手から虚を突いた玄静は放出した波動を一気にグラウンドへ送り込む。




 唖然としていた穂刈もすぐに戦闘体制に移行し距離を詰めようとするも、遅かった。




「おわっ!」




「きゃっ!」




 倒れそうになる森山を抱きかかえ、宗次郎は机にしがみつく。




 地震だ。




 グラウンドの土壌に波動が浸透し、陸震杖がその真価を発揮したのだ。




 まるで波のようにグラウンドの土がうねる。それは振動となって闘技場を揺さぶった。




「大丈夫?」




「は、はい」




 森山を抱えたまま振動に負けないよう机にしがみ付きつつ、宗次郎はグラウンドから視線を逸らさないように努める。




 振動の強さに穂刈も立っていられず、波動刀を突き刺して耐えている。そこへ轟音とともにグラウンドに亀裂が走った。




「うわぁああああああああああ!」




 暗い地の底に落ちかける穂刈は何とかしがみついているが、なすすべはない。振動のせいでこらえきれずに落下した。




 勝負あった。そう判断する宗次郎とは裏腹に、玄静はさらに波動を放出する。




 再び躍動するグラウンドでは、生じた亀裂が閉じようとしている。




 このままでは穂刈は生き埋めになる━━━。




「おい、シャレになってねえぞっ……」




 本気で対戦相手を殺すつもりか。宗次郎は背筋を凍らせる。




 この地震では審判が試合を中止できるかどうか怪しい。何とかして試合を止めなければ。しかし待合室からグラウンドに降りては間に合わない。玄静の波動術のほうが早い。




 ━━━こうなったらガラスをぶち破るしか……!




 強硬手段に出ようと天斬剣に手をかけたその時だった。




「し、試合終了! 終了! 勝者、雲丹亀玄静!」




 息を切らしながら審判が勝敗をアナウンスする。




「はぁ」




 ほっと胸をなでおろすと、審判のそばに立っている燈が目についた。




 どうやら観覧席にいた燈が地震で倒れた審判をなんとか起こして試合を終了させたようだ。




「さすが……!」




 主の活躍に喜ぶよりも先に、グラウンドから向けられた視線に気づく。




 玄静だ。




 どうだい? これが僕の力さ。




 幻聴にしてはやけにリアルな玄静の声を聴いた気がした。




 ━━━なるほど。




 ところどころに入った亀裂。盛り上がった土壌。グラウンドの底に消えて姿の見えない穂刈。




 この世のものとは思えぬ光景は玄静なりの宣戦布告だった訳だ。




「こりゃ、一筋縄じゃ行かないな」




 厄介な虎を起こしてしまったかな、と空を仰ぐ宗次郎だった。




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