第二部 第四十二話 決勝戦のその前に その1

 準決勝の第二試合は特に波乱もなく、宗次郎の勝利で終わった。対戦相手の善茂作環はそれまでの戦いで負傷しており、万全の状態ではなかった。宗次郎は手を緩めず全力で勝利し、最後は互いに手を取り合って戦いを終えた。








 当初の予定通り、五月一日に行われる決勝で宗次郎と玄静が戦う運びとなった。




 予定外な点があるとすれば、やる気がこれっぽっちもなかった玄静が打って変わって張り切っていることだ。




 玄静の波動術はグラウンド全体を揺らした。いわば局地的な地震だ。そのせいで明日は闘技場全体で安全確認と点検作業が行われ、日課の訓練は中止となった。




 決勝でより規模の大きな波動術が起きてもいいように補修工事をしなければ、と場長はぼやいていた。




 燈からも、




「準決勝の勝利おめでとう。今日は帰らない代わりに、明日は一日開けておきなさい」




 とお祝いと命令のメッセージが届いていた。




 きっと玄静の対策をするんだろうなと思いながら、準決勝の夜は久しぶりに森山と二人きりで過ごし、翌日の朝を迎える。




 森山の作った朝食を食べながらテレビをつけると、ニュース番組では地震の震源が玄静の陸震上であるとして、決勝への期待を高く報じた。




 天斬剣と陸震杖。




 初代国王を支えた二人の英雄。初代国王の剣と雲丹亀壕がそれぞれ使用した特級波動具。千年の時を超えて選ばれた使い手が繰り広げる戦い。




 果たしてどちらが強いのか。キャスターも興奮を隠しきれずに上ずったまま報道している。




 番組が盛り上がったところで玄関が鳴った。




 燈だ。




「お帰り。燈」




「ただいま、宗次郎」




「お帰りなさいませ燈様。朝食はいかがなさいますか」




「そうね。せっかくだから頂こうかしら。軽くでいいわ」




「かしこまりました」




 森山、宗次郎、燈の順でリビングに戻ると、ちょうど玄静の紹介コーナーが終わった。




「やっぱり大ニュースになってるわね」




「ああ。勝敗予想も玄静に軍配が上がってるよ」




 接近戦になれば術士に勝ち目はない。その原則を準決勝でひっくり返した玄静は、一躍優勝候補筆頭となった。




「玄静が本気になるなんて、ね」




 テレビを消し、リモコンを机において燈がため息をつく。




「多分、俺のせいだ」




「宗次郎の?」




「ああ。実はおととい━━━」




 昨日の出来事を簡単に説明すると、燈は難しそうな顔をして腕を組んだ。




「つまり私の剣になると言ったら玄静が本気になったのね」




「ああ」




「もしかして、婚約者は渡さない! って気合が入ったのでしょうか」




「なんでちょっとうれしそうなんだ」




 修羅場の予感に胸をときめかせている森山に釘を刺す。




「あいつがそんなロマンチストな人間には見えないぞ」






「そうね。もしかしたら答えはこの中にあるのかも」




 燈は机の下から紙の束を取り出した。




「それは?」




「玄静について調べてもらったの。もしかしたら役に立つかと思って」




 無駄にならなくてよかったわ、と燈から渡された真っ白な表紙には『雲丹亀玄静に関する報告書』と書かれている。




 この中には玄静のパーソナルな情報が含まれているのだろう。もしかすれば弱点となるような情報だってあるかもしれない。




 それを━━━




「せっかくだけど、俺はいいや」




 宗次郎は燈の下へ返した。




「いいの?」




「良いも悪いもない。どうして本気になったかなんて、玄静本人が納得していればそれでいいんじゃないかな」




「これから戦う相手の素性を知ろうともしないの?」




「それは玄静も同じだろう」




 意味ありげに笑う宗次郎に燈が口をつぐむ。




 正しくは知ろうとしてもできない、だ。宗次郎が英雄・初代国王の剣として戦った過去など知りえない。




「せっかくの機会だ。陸震杖の持ち主と一対一で戦うなんてまたとない機会だ。あいつとはなるべく対等に戦いたい」




 波動の総量や放出量は玄静が圧倒的に上。代わりに玄静は宗次郎の情報をほとんど持っていない。過去の経歴はおろか波動の属性すら知らないのだ。 宗次郎は波動の総量、放出用は下回るものの、圧倒的な戦闘経験がある。また陸震杖の能力についてもよく知っている。




「……勝てるの?」




「どうかな。正直なところ、俺にもわからん」




「嘘でも勝てるといいなさい、そこは」




 燈はあきれてため息をつく。




 優勝は宗次郎の至上命題だ。天斬剣の主として、燈の剣になるのにふさわしい剣士として認められるかどうかの分かれ道となる。




 宗次郎を剣としたい燈にとっても、重要な戦いだ。




「勝つとわかってる勝負なんてつまらないだろ」




「それはそうだけど……」




「安心してくれ。手立てはある」




 宗次郎は立ち上がって窓を開ける。




 程よい朝日が差し込み、肌を温める。




「ああ、楽しみだ」




 自然と上がる口角を抑えず、宗次郎は笑った。




「その手立ては当然教えてもらえるのよね」




「……明日のお楽しみってことで」




「何も考えてないのね?」




 絶対零度の視線に射抜かれ、部屋の温度が急激に下がった錯覚を覚える宗次郎。




「そんなことないさ」




「ならこのあと時間を私に割きなさい。付き合ってもらうわよ」




 有無を言わさぬ迫力に宗次郎は黙ってうなずいた。




 燈が森山の用意したおにぎりを食べ終わってから、一緒に部屋に入る。




「作戦会議をしましょう。はいこれ」




 机を挟んで座っている燈から筆記用具と紙を渡される。




「なんだか試験みたいだ」




「その心構えでいて頂戴。まず、戦場について確認しましょう」




「闘技場のグラウンドは長径が百二十メートル、短径が百メートルの楕円形。開始時点で対戦相手との距離は三十メートルある」




 紙に楕円を描き、その中に棒線と丸を二つずつ記入する。




「勝利条件は?」




「相手を降参させるか、気絶させるか。もしくは試合が一方的になったと審判に判断させるか」




「あなたの戦闘力は?」




「俺の波動は時間と空間を操る。時間は加速、減速、さらに停止ができる。対象を選ぶ必要があり、尚且つ燃費の観点から主に自分に使う。空間は特定の場所に追加、もしくは削減したりできる。この能力を使うと瞬間的に移動できる。攻撃としては空間を切ったり空間ごと圧し潰したりするかな」




 もう一枚の紙に自分の特徴を書き込んでいく。




「相手の戦闘力は?」




「玄静の波動は土を操る。技の発生が遅い反面、堅牢で防御力が高い。加えて陸震杖の能力で地形を変えられる。殺傷能力は高くないが、戦略や戦術を駆使する玄静にはもってこいの能力だ」




「そうね。では、宗次郎が有利な点は?」




「機動力だな」




「では、どう活かす?」




「定石としては短期決戦を挑む、かな。開始と同時に一気に距離をつめて叩く」




「……うまくいくと思う?」




「思わない。玄静は第一試合で昼神龍の攻撃に反撃した。同じように迎撃される可能性は高い」




「そうね。私もそう思う。逆に長期戦をする考えはある?」




「ない。時間をかければグラウンド全体が玄静の支配下に置かれてしまう。そうさせないために━━━」




 簡略化したグラウンドが描かれた紙の玄静を模した丸を中心に、さらに大きな円を描く。




「一定の距離を保ったまま玄静の周囲を動き回る」




「……意図的に均衡状態を作るのね」




「そうだ。玄静は第一試合で俺の機動力を、第二試合で俺の剣術を見ているからな。距離を離されないようにしつつ、同時に数歩で攻撃できる距離を保つ。そうすれば玄静は俺に意識を割かざるを得ず、地面に波動を伝えるどころじゃなくなる」




「いい考えだと思うわ」




 いたずらっぽい笑みを浮かべる燈に耳を傾ける。




 燈と作戦を煮詰めていく




 有利な部分で勝負し、不利な部分では戦わない。戦闘の基本に沿いながらもしもの事態を想定して作戦を練っていく。




「それで、例の手立てとやらについて聞かせてもらえる?」




 内緒話をするように燈にとっておきの隠し球を披露する。




「それ、うまくいくの?」




「いくさ。絶対にな」




 宗次郎は窓から外を見上げる。




 残り半日余りで決勝が始まる。




 ━━━勝つ。必ず。




 燈と一緒に作戦を考えたおかげか、不思議と勝つ気が充満した宗次郎だった。






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