第二部 第三十三話 黒金壱覇 その1

 大会六日目、準々決勝が最後まで行われ、準決勝に進む選手が出そろった。




 穂積宗次郎。天斬剣に選ばれた異端の波動師。




 雲丹亀うにがめ玄静げんせい。陸震杖の持ち主にして雲丹亀家次期当主。




 穂刈ほかり嶺二れいじ。剣爛闘技場第一訓練場監督。全剣闘士の総監督を務める。




 善茂作ぜんもさくたまき。唯一の女性参加者。風の波動を操る善茂作家の若手。



 これら四人でくじを引いた。結果、宗次郎は二日後に開催される準決勝第二試合において、環と対戦する。






 次の日、宗次郎はいつも通り午前中は第八訓練場で稽古に励んだ。午後は燈と手合わせがしたかったが、燈に外出する用事があったので叶わなかった。




「宗次郎、午後はどうするんだ? また訓練室を使うか?」




「いえ、阿座上さん。宿舎に戻る予定です」




 環ついて予習するため、玄静が持ってきた映像記録を見直すことにした。




 ━━━風の波動、か。




 前に戦ったシオンを不意に思い出す。




 燈の話では国王の同情を買ったおかげでかなり罪が軽くなったそうだが、今何をしているのかまでは知らない。罪を清算し、兄の練馬とともに刀預神社に戻ってくれればと願う。




 剣闘士たちと阿座上に別れを告げてシャワーを浴びる。ロッカールームに戻って端末を確認すると、玄静から地図の添付されたメッセージが来ていた。




「十三時。ここに来るように」




「なんだこりゃ」




 要点を得ない内容に首を捻りつつ、訓練場を出て地図に記された赤い点を目指す。目的地の周辺は剣闘士が暮らし


ている寄宿舎が立ち並ぶところにあり、どこも似たような景色になっていた。




 目的地に近づくにつれ、地図と睨めっこする機会が増える中、宗次郎は目印を見つけた。




 人払いの結界を作り出す波動符だ。おそらく玄静が貼ったのだろう。




「人に聞かれたくない話でもすんのか?」




 結界をくぐり抜け、目的地に向かう。




 玄静はいい加減に見えて時間にはかなりうるさい。余裕を持って到着できそうだ。




「なんでいきなり!」




 塀の突き当たりから大声が聞こえる。それも聞き覚えのある声、壱覇のものだ。




 ━━━そういや、一対一で話そうとは書いてなかったな。




 玄静からのメッセージには時間と場所の指定だけだ。




 宗次郎は塀の影から覗き見るように路地に目をやる。ベンチに壱覇と玄静が並んで腰を下ろしていた。




「怒るなよ。宗次郎のやつはそろそろ来るし。面倒なのはさっさと終わらせたほうがいいでしょ、君も」




「うぅ、でも……」




 会話から察するに、壱覇少年は宗次郎に用がああるらしい。踏ん切りがつかないのか玄静が勝手に宗次郎を呼び出したようだ。




 ━━━話って言われてもなぁ。




 宗次郎は子供の世話などしたことがない。嫌われている状態をどうにかする方法など見当もつかなかった。




 ━━━つーか、誤解は解けてんのか?




 壱覇は自分の父が捕まったのは宗次郎のせいだと思い込んでいる。その誤解が解けなければいつまで経っても平行線だ。




「よし、こうしよう。宗次郎に何を聞きたいのかを僕に教えてみなよ。もし僕が答えられるなら、宗次郎と話す必要はないでしょ?」




「え、多分無理だと思う」






 壱覇少年はその年相応の純朴さで玄静の神経を逆撫する。




「聞いてみなきゃわらかないでしょ。いいから言ってみ?」




「……じゃあ、ソージローがなぜあんなに強いのか。玄静さんは知ってるの?」




「……」




 珍しく玄静が言いくるめられてる姿を目にした。これは後で茶化してやろう、と宗次郎は心に決める。




「昨日の試合。すごい戦いなのはわかった。立花さん、剣の腕は闘技場で一番だって父さんが言ってたから。その立花さんを倒すなんて……」




 壱覇少年はうつむいていて表情が読めないながらも、真剣に質問している。




 年長者である宗次郎としては誤魔化さず、真面目に答えるのが務めと言えるのだろう。自分の正体を、波動の属性を。明かせば誰もが宗次郎の強さに納得するはずだ。




 ただ、それらを燈との約束を破ってまで伝えはしない。まして壱覇少年に伝えたところでどうしようもない。




 もしも宗次郎が答えるとしたら━━━




「そりゃ、努力してるからでしょ」




 どうしようもないくらいありきたりな答え、宗次郎が考えていたものと同じ答えを玄静が告げた。




「宗次郎はここにきてからずっと訓練場に篭ってる。なんでそんなに頑張るのか知らないけど、ホントよくやるよ」




 まったく暑苦しいったらありゃしない、と玄静は手をひらひらとふる。 




 実際に努力はしてきた。いくら波動の才能があっても扱えなければ意味がない。活強や剣術については師匠の引地から基礎を手ほどきされ、実戦で鍛え上げた。




 が、




「嘘だ!」




 玄静の答えに壱覇は声を張り上げた。




「嘘だ。だって……だって!」




「だって、なに?」




「努力なら、父さんだってしてた!」




 立ち上がった壱覇少年。その拳は真っ白に変色している。




 ━━━こりゃ、話が終わるまで顔出せないな。




 直射日光がそろそろキツくなってきたものの、このタイミングで二人の間に入るほど神経は図太くなかった。




「そ。君のお父さんはどんな人だったんだ? 僕に教えてくれよ」




 玄静は巧みに話題を変える。




 教えてくれと子供に下手にであるあたり、手慣れているのだろう。




「父さんは……英雄なんだ」




 少しずつ、壱覇少年は父親・黒金くろがね圓尾まるおについて話してくれた。

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