第二部 第三十一話 皐月杯 第一回戦 その6

 一回戦の勝利を最速でもぎ取った玄静は、軽やかな足取りでグラウンドを歩く。




「いいぞー、陸震杖のあんちゃん!」




「かっこよかったわよー!」




 重症の龍に対する紳士的な振る舞いに黄色い歓声が飛ぶ中、玄静は退場。入れ替わるようにタンカを抱えた係員がやってくる。




「お相手の方、大丈夫でしょうか……」




「大丈夫です。闘技場の担当医は優秀ですから」




 顔を青くしている森山に阿座上がやさしく声をかける。




「ま、激突しただけで骨折も右腕だけみたいだからな。大丈夫だよ」




「宗次郎、何があったのか見えたのか?」




「まあ。なんとか」




 宗次郎がイスに深く腰を掛けると、森山と阿座上が聞きたそうにそわそわしている。




「あれは、うん。シーソーみたいな感じなんだ」




「シーソー?」




「そう。子供のころにぎっこんばったんと公園で遊んだあれだよ」




 さっぱりわからないと首をかしげる両名。




「それで躱せるのか?」




「ああ。シーソーは片方が下がれば反対側が上がる。玄静は陸震杖を使って地形を変え、自分の足元にある土を減らしたんだ。その分高さが低くなって、龍の一撃は頭上を通過するって寸法さ」




 陸震杖は地形を変えられる。土の波動を使い、土壌を生み出しだり、逆に吸収したりできる。しかし龍との戦いでは使っていない。




 玄静が試合開始からその場を動かなかったのは龍の一撃を予測していたからだ。雷の波動は最速だが動きは直線的だ。風の波動のように小回りは効かない。あらかじめ来る方向さえ分かっていれば、玄静なら対策は立てられる。




 自分の足元にある分だけ土を動かせばいいのであれば、土の波動とはいえ術の全体時間は短かくて済む。




「では、どうして龍は壁に激突したんだ? 躱されただけならああはならないだろう」




「こことここを見てくれ」




 宗次郎はタンカで運ばれる龍の顔面左側と右膝を指さす。




「泥がついた跡がある。地面を転がって付いたものじゃない。玄静がつけたんだ」




「どういうことだ?」




 宗次郎はガラス越しに玄静が立っていた部分を指さした。若干ではあるが、グラウンドがへこんでいる。




「さっきシーソーだって言っただろう。玄静は今回、土壌の総量を変えてない。剣を躱すために地面を下げたら、別の地面がせりあがる。まさに片側を下げたら反対側が上がるシーソーだ。その勢いを利用して━━━」




 所定の位置から指をずらして、玄静と龍の間にあった水たまりに移動する。




「ここにあった泥水を跳ね上げたんだ。さらに、せり上げた土を龍の右足に接触させた。泥水で視界を封じられ、右足に障害物が当たればバランスを崩して壁に激突する。右腕が折れただけでもマシだったかもな」




 最悪の場合、頭から突っ込んで首の骨が折れていたかもしれない。




 ━━━予想以上だな、雲丹亀玄静。




 術士と剣士が一対一で戦う前代未聞の第四試合。玄静は地形戦と心理戦を制したのだ。




 前評判では剣士、龍が優勢と考えられていた。直接的な戦闘能力は剣士が上。接近されれば術士は成すすべがない。このグラウンドは障害物のない平地であり、相手は最速の属性である雷なのだから。




 その優位を玄静は逆手に取った。開始直後からその場を動かず、あえて挑発したのは龍の動きと視野を制限するためだ。カウンターもただ術を発動するのではなく、天候と地形を利用している。




 龍にしても青天の霹靂だっただろう。躱される、防がれると予想はできても泥水をかけられるなんてカウンターを予測できない。それも真下から。完全に不意を突かれた形だ。




 ━━━術のキレだけなら、壕を超えている可能性もあるな。




 あらかじめ目を通した映像記録から、龍の突進するタイミング、速度を把握できたとしても、それらに合わせてカウンターを放つのは至難の業だ。「宗次郎」




「ん?」




「勝てるか?」




「んー」




 阿座上の質問に宗次郎は腕を組んで考え込む。




「ま、なんとかなると思います」




 宗次郎は龍より早く動けるし、映像記録も残っていない。同じ手を食わない自信はある。




「宗次郎様」




 涙で瞳を潤ませながら森山が宗次郎を見上げる。




「ケガ、しないでくださいね」




「……善処するよ」




「こっちを向いてくださいぃ」




 顔をそむける宗次郎の体を森山が激しくゆすり、阿座上の笑い声が控室に響いた。




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