第二部 第三十話 皐月杯 第一回戦 その5

 皐月杯の二日目。




 予定通り九時から一回戦の第三試合が始められた。天候は晴れ。グラウンドに日光が降り注いだり、雲で遮られたりする空模様になっていた。




 なお、グラウンドは昨日の夜に降った雨の影響で泥状になっていた。所々に水たまりがあり、ぬかるんでいる。




「今日戦う選手はやりづらそうだな」




 先日試合を終えた宗次郎は控室から試合を観戦している。




 第三試合に参戦している甘木選手と来栖選手は幼馴染で、三塔学院の同期だったそうだ。共に切磋琢磨をするライバル関係であり、卒業後、甘木選手は八咫烏に、来栖選手は剣闘士になった。この大会に出場するときも全力を出して戦うと約束をしていたらしい。そんな運命の二人が初戦で戦うのはある意味僥倖と言えた。




 序盤は水の波動を操る来栖選手が優勢となった。ぬかるんだ泥から水分を抽出し、地の利を生かして戦ったのだ。対する甘木選手は風の波動を使いアクロバティックに動き回り、来栖選手の攻撃を凌ぐ。




 同期として切磋琢磨しあった仲同士で手の内が読めているため、次第に戦況は膠着状態に陥いった。最終的に剣術での勝負になり、甘木選手が来栖選手の刀を弾き飛ばして勝利をもぎ取った。




「試合終了ー! 甘木選手、序盤の劣勢を跳ね除けて見事勝利しましたー!」




「いやー。いいですね。青春ですねえ」




 ホイッスルが鳴ったと同時、互いの健闘を称え合って抱き合う甘木選手と来栖選手。




 観客からは万雷の喝采が贈られ、二人は涙を流しながらグラウンドを後にした。




「第三試合は素晴らしい形で幕を下ろしました。それでは十分後に第四試合を始めます!」




 ━━━いよいよか。




 盛り上がる観客を他所に宗次郎は画面に釘付けになる。




 第四試合に出場するのは玄静だ。宗次郎にとっては玄静の強さを図る唯一の機会だ。




 見逃すわけにはいかない。




「では選手の入場です! まずは外部出場、雲丹亀ー玄静ー!」




 歓声を上げる観客に手を振りながら玄静が待機所から姿を現す。にこやかに手を振っていて、とてもサボる気満々には見えない。




「さて、なんと言っても注目すべきは大会初出場にして陸震杖の使い手である雲丹亀玄静選手でしょうか」




「そうですね。武芸大会に術士が出場するという前代未聞な事態ですが、彼なら戦えるでしょう。何せ天斬剣と同じく特級の波動具ですからね」




「なるほど。確か古谷さんは雲丹亀選手と面識がおありでしたね」




「はい。雲丹亀家とは古い付き合いがあるので。ただ━━━」




 実況も解説も玄静本人の実力についてはよく知らないようだ。




 玄静は術士による大会に出場した経験もあるらしいが、その結果は芳しくなかったらしい。




「彼はどうもやる気がないというか、少し手を抜きたがる癖があるのか。なかなか本気になりたがらないんですよね。この戦いでは本気になった彼を見てみたいものです」




「確かに。相手が剣士ならば見られる可能性は高まるでしょう」




 続いて実況は相手選手の紹介に入った。




「続いて、剣爛闘技場第六訓練場から、昼神ー龍ー!」




 人懐っこい爽やかな笑みを浮かべる青年が待機処から躍り出る。宗次郎と同じく紫色の羽織を着て、背中には六の文字が刻まれている。




「彼、俺と同い年だったな」




「そうだ。第六訓練場の場長の御子息でな。雷の波動を使う。次期エースだよ」




「ふうん」




 宗次郎は出場する対戦相手について、玄静を除いては一通り情報に目を通している。特に闘技場側の出場者はありがたいことに映像記録も残っていた。




 龍の戦い方、もとい雷の波動は一撃必殺。雷光の如き速度で敵に肉薄し、落雷の如き勢いで敵を撃滅する。居合と示現流を組み合わせたような剣技を使う。




「一ヶ月間に行われた第三訓練場と第六訓練場の模擬戦では、一挙に四人を斬り倒す活躍を見せた昼神選手。雲丹亀選手を相手にどのような立ち回りをするのか」




 二人が定位置に立つ。




 術士と剣士との対決ということで、通常は二十メートルの距離があるところが三十メートルまで延長されている。




 間も無く試合開始の笛が鳴り響くだろう。




「宗次郎はどちらが勝つと思う?」




「どうでしょうか。阿座上さんは?」




「私は龍だと思う。あんなサボり魔に負けるなどありえん」




 観客も地元民が多いからか龍を応援している声が目立つ。




 ━━━見せてもらうぞ、玄静。




 阿座上の発言通り、確かに玄静は術の訓練を行わず、剣闘士がやるような日頃の鍛錬はしていない。




 けれど宗次郎は知っている。この一週間、玄静は玄静なりのやり方で対策していることを。




 玄静は遊びに出かけているように見えて、出場選手の対戦映像を出来る限りかき集めて情報収集をしていたのだ。




 夜な夜な映像を見ながら━━━宗次郎も玄静の分析に協力することを条件にその映像を見せてもらった━━━相手の癖や動きのパターンをチェック。自分が正面切って戦うとなったらどうするか、そのシミュレーションを何度も頭の中で繰り返していた。




「多分、試合は速攻で終わるんだろうな」




「え?」




 ポツリと呟く宗次郎に試合から意識を逸らす阿座上。




「試合開始!」




 ホイッスルが鳴り、両者が同時に行動を開始する。




 龍は歩きながら雷の波動を活性化させ、玄静との距離を詰める。大気にバチバチと黄色い稲妻が走り、髪の毛が逆立っている。




「おーっと昼神選手! いきなり決めるつもりだー!」




 ━━━ま、そうなるよな。




 もしも宗次郎の属性が雷で、玄静と戦うのなら龍と同じ選択をするだろう。




 雷の波動は五代属性の中でも最速を誇る。グラウンドのような開けた場所では脅威だ。対する土の波動は最も遅い。まして陸震杖は地形を動かすのに波動を浸透させる必要がある。準備時間がかかるのだ。




 ならば利を生かして速攻で決めるのは上策だろう。




 ━━━さあ、どうする?




 相性最悪の相手に対して、玄静はその場を動かず、グラウンドの土に自身の波動を流し込んでいる。




「昼神選手の間合いになりました! しかし雲丹亀選手、動きません! それどころか挑発している! 何という自信だぁ!」




 二人の距離は十五メートル。雷の波動を使えば一瞬で届く距離。間に大きな水たまりがあっても射程圏内だ。




 そんな中で玄静はかかって来いよとでもいうように手招きしている。




「雷刀の壱:雷斬らいきり!」




 挑発にこたえて龍が波動刀を抜き、右足を軸に加速する。




 シンプルな突き技でありながら、雷電による肉体活性によりその速度は全波動術の中で最速。達人ならば文字通り落ちてくる雷すら斬り裂いて見せる。




 グラウンドに閃光が走り抜け、落雷のような轟音とともに土煙が上がる。




「昼神選手、無防備な雲丹亀選手にと突撃―!」




「……まじか」




 予想外の結末に宗次郎がうめく。




 土煙が次第に晴れて玄静が姿を現した。全くの無傷。




 龍が渾身の一撃を外し、壁に激突したのだ。




「な、なんと雲丹亀選手! 昼神選手の攻撃を躱しています!」




 どよめく観客をよそに玄静が陸震杖を地面に突き立て、波動を練り上げる。




「土術の参:土縄鉄鎖」




 グラウンドの土が縄状になって土煙から龍を引きずり出す。




「こ、これは……!?」




「むう」




 実況も開設もうめき、言葉を失う。


 壁に激突したためか、竜の右腕は折れていてひじが逆の方向を向いていた。気力を振り絞り左腕で刀を握りしめている様に、宗次郎は戦士としての気概を見出す。




 しかし玄静の波動術にとらわれている以上、戦闘続行は不可能。そう判断した審判によって終了の笛が鳴らされる。




「なんというスマートな決着! 雲丹亀選手、今大会最速で試合を終わらせましたー!」




 傷ついた龍をゆっくりと降ろし、玄静はにこやかな笑みを浮かべ観客に手を振る。

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