第二部 プロローグ 初対面の男

 外見には人の全てが現れる。




 どこかの偉い学者だったか。そう発言して物議を醸した男性がいた。




 色々な意見が飛び交う中、彼は正直その通りだと思った。




 対象の行動を観察し、動作に注目し、洞察力を働かせる。その一つ一つを積み重ねていけば、対象がどんな人間なのかは、ある程度までは把握できる。




 面白いやつか、つまらないやつか。




 大人しいのか、子供っぽいのか。




 猪突猛進タイプか、思慮分別の深いタイプか。




 楽観的なのか、悲観的なのか。




 才能があるのか、ないのか。




 内面というものは、立ち振る舞いや表情などの外見に全て現れる。その人が日々どのように暮らして、何を得てきたのか。その積み重ねの結果なのだ。




 彼はさまざまな人間を見てきた。おかげさまで、今では外見から得た第一印象を覆されることも少なくなった。




 第一印象とは彼にとってそれだけ大事な指針なのだ。




 その事実を目の前にいる女性は体現していた。




 腰まで伸びた美しい銀色の髪に、サファイアのような青い瞳が特徴的な少女。




 ずば抜けて良い容姿よりも、注目すべきはその波動だ。




 五大属性から外れた、氷の波動。千年続くすめらぎ王国の歴史においてもわずか三例しか確認されていない希少な属性。




 途方も無い鍛錬により練磨された波動は、内に秘められていてもなお、気高さが損なわれてはいない。




 すめらぎあかり




 初代国王・すめらぎ大地だいちの末裔にして、大陸全土を支配する皇王国の第二王女。




 王国を脅かすテロ組織・天主極楽教てんしゅごくらくきょうの教主を捕らえ、最年少で十二神将に名を連ねた才女。








 孤高。








 彼女の第一印象は、まさしくその一言に尽きる。






 そして、その外見と内面のあり方は見事に一致していた。




 その身に宿す威圧感は波動の属性と相まって、”冷血れいけつ雪姫ゆきひめ”にあだ名されるほど冷たく。




 その口から発せられる言葉は冷徹で、反論の余地がないほど合理的。




 そして、自身のパートナーとも言える存在・つるぎを選ぶことなくことに当たる態度は、その印象を一層強くした。




 そんな彼女を、彼は純粋に美しいと思った。




 腫れ物のように周囲から疎まれ、孤立を極めながらも、誰にも媚びないその姿勢は、美しい。




 久しぶりに燈と顔を合わせた彼は、以前と変わらない印象なのだろうと予期していた。




 だが。




 ━━━柔らかくなっている。




 何度も顔を合わせていた彼だからこそ気づいた、微妙な変化。




「やあ、燈。会いたかったよ」




「……そう。久しぶり」




 一ヶ月前に会った印象より、少し、少しだけ。燈の威圧感がなくなった気がする。




 何気ない挨拶を交わしただけで、彼はそう感じた。




 変化の良し悪しについて、彼は判断をしなかった。本質的な部分は何も変わっていないからだ。




 微妙な変化よりも気になったのは、燈の隣にいる男だった。




 ━━━こいつか。燈を変えたのは。




 男を一目見て、彼の違和感はすぐに疑念から確信に変わった。




 曰く、波動を暴走させて行方不明になった貴族の嫡男。




 曰く、十二神将筆頭である引地麻子の弟子。




 そして、国宝・天斬剣てんざんけんの主として認められ、英雄の再来と噂される青年。




 穂積ほづみ宗次郎そうじろう。 




 いつもの癖で、彼は宗次郎をチェックした。








 謎。








 初対面の印象は、一言で片付けるならば謎でしかなかった。




 身長は百八十ないくらい。髪は黒で少しクセがある。顔立ちは穏やかながら、服の上からでも凹凸の分かる体つきをしている。




 その波動も、量こそ平均より多めであるものの、その鋭さは燈と同じかそれ以上に鍛え上げられている。その色は黄金で、なるほど特級波動具に選ばれるだけの素質があるとわかる。




 では、何故彼は宗次郎の第一印象に謎を抱いたのか。




 目の前にいる宗次郎には覇気がまるでない。戦士としての風格をまるで感じないのだ。そのくせ、瞳の奥には凡人には持ち得ない怪しい光を帯びている。




 ━━━こういう手合いなのか。




 彼は初対面の印象から、宗次郎が何かを隠していると直感した。




 印象がちぐはぐな人間は、隠し事をしているケースが多かった。否、隠し事があるからこそ印象がちぐはぐなのか。




 どちらでも構わない。宗次郎が何かを隠しているのは事実だ。




 ━━━暴いてやる。




「君が穂積宗次郎か。僕は……」




 その背に何を隠しているのか、必ず突き止める。そう決意しながら、彼はにこやかに微笑んで握手をするよう手を差し出した。






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