第一部 エピローグ 更なる未来へ

 宗次郎は求めて止まなかった記憶と波動を取り戻して自身の正体を知った。




 そして幼い頃に交わした約束を果たすため、燈の剣になると誓った。




 順風満帆で一件落着。かと思いきや、大変なのはそのあとだった。




 そもそも、燈たちはシオンに奪われた天斬剣をひっそりと取り戻し、天斬剣献上の儀を無事に遂行できるよう行動していた。




 その目標通りシオンを捕らえ、天斬剣は戻ってきた。が、天斬剣の封印は解け、収められていた木箱は粉々になり、あげく柄が破損してしまった。




 宗次郎本人だって問題だ。




 記憶と力が戻った結果、その正体が千年前に活躍した英雄・初代王の剣と発覚したのだ。




 儀式を行うのか、中止するのか。




 宗次郎の正体を隠すのか、公にするのか。




 二つの問題に対応するため燈は即座に行動を開始。宗次郎を手錠で拘束すると、まず宗次郎の正体は隠すと宗次郎に提案した。




 空間と時間を操る属性ならまだしも、その正体が伝説の英雄・初代国王の剣であるとは簡単には信じてもらえない。公表したところで無用の混乱を招くだけだ。




 不都合な事実ではないし、明かすとしたら別のタイミングにしたいと燈は要望を出した。




 宗次郎としても自身の正体をおおっぴらにするつもりはなかったため、その提案を了承した。




 その上で、次に燈は『天斬剣献上の儀』の中止を決めた。




 明日には儀式が行われるというのに大丈夫かと宗次郎が心配すると、燈は大丈夫と胸を張った。




 燈は屯所にいる八咫烏達に連絡を取り、シオンと練馬を一旦拘束した。そのまま回復の術が使える八咫烏に、毒の波動に侵された宮司の結衣ゆいを回復させると、宗次郎と結衣を連れて市庁舎に乗り込んだのだ。




 第二王女が宮司と妙な少年を連れてくるという異常事態に戸惑う市長に対して、燈は状況を説明した。




 燈は天主極楽教によるテロ、天斬剣強奪の危機、そして天斬剣が新たな主を選んだ事実を説明し、自身の権限で儀式を中止すると告げた。




 突拍子もないうえに荒唐無稽な内容だったが、天斬剣と同じ波動を持つ宗次郎を見れば納得するしかない。




 中止するにあたり神社と市にはそれぞれ補償をすると燈は確約し関係各所に不利益が出ないよう調整したところで、宗次郎は燈と別れた。事件の中心にいた人物の一人として、事件のあらましを説明するために八咫烏により駐屯へ連行された。




 屯所にいる間、回復した門がお見舞いに来てくれた。天斬剣の主となった急展開に戸惑いを隠せないながらも、宗次郎が元気そうにしている様子に安堵していた。




 挨拶を皮切りに、門は宗次郎が燈と離れたあとの出来事を簡単に説明してくれた。




 燈は結衣と市長とともに会見を開き、儀式の中止を正式に発表した。中止の理由として穂積宗次郎の名前だけを挙げた。




 天斬剣の封印が解け穂積宗次郎という男性が主として選ばれた。予想外の事件が起きたため、儀式を中止すると公表したのだ。




「俺の名前だけですか?」




「はい。天主極楽教やテロについては非公表です。宗次郎くんは今や有名人ですよ」




「それは━━━」




 喜んでいいのだろうか、と宗次郎は悩んだ。




 名を挙げるのはいいことだが、ともすれば悪名だ。少なくとも儀式を楽しみにしていた人たちからすれば宗次郎はいい迷惑でしかない。




 名前が広まれば宗次郎の関係者にも影響が出るだろう。




「迷惑をかけてすみませんでした」




「いえいえ。どうと言うことはありません。我々は無事ですし、宗次郎くんの記憶も戻ったようなので」




「……やっぱり分かるんですね」




「それはもちろん。伊達に一年間教育はしていませんよ」




 門はにっこりと笑った。




 現代に戻る際、宗次郎は波動術で体内時間を停止させた。その術式には綻びがあり、波動と記憶を失ってしまった。廃人同然になった宗次郎に根気よく付き合ってくれたのは、目の前にいる男性だ。




 返し切れないほどの恩を門から受けているのだ。




「門さん。俺、燈の剣になります」




「……ええ。宗次郎くんなら、きっとなれるでしょう」




 唐突に伝えられた今後の予定に対して、なったら私も自慢できるというものです、と門は静かに笑ってくれた。




「門さん」




 面会終了の時間になり、宗次郎は立ち上がった。




「今まで、本当にお世話になりました」




 最大限の感謝を込めて頭を下げる宗次郎。




「こちらこそ。宗次郎くんと一緒に暮らせて楽しかったです」




 頭を上げると、門は目を細めて笑った。




「それでは、また会いましょう」




「はい」




 こうして宗次郎は門と面会し、燈が宗次郎のいる屯所に顔を見せたのは、その三日後だった。




「一週間ぶりかしら。元気にしてた?」




「おかげさまでな」




 一週間、窓のない牢獄に押し込められ質問攻めにあうのは大変だった。




 正直なところ一生ここから出られないのではないかと思ったりもした。




 ただ、燈に文句を言う気にはなれなかった。




 宗次郎以上に疲労の色が見え、天斬剣献上の儀を中止する事後処理に追われていたのだとすぐに分かったからだ。




「そっちも大変だったみたいだな」




「何言ってるの。これからよ」




 燈は笑いながら燈は戸を開けた。




 二人並んでシンプルな造りをした廊下を歩く。




「私の剣になる前に、まずは”天斬剣献上の儀”が中止になった責任を取ってもらうから。すぐにここを出るわよ」




「……ああ」




 宗次郎には牢屋から出た解放感に浸る余裕すらないらしい。




 おかげで返事は若干の遅れがあり、気が抜けていた。 




「宗次郎」




 そんな状態を、どんな心境でか、燈は真っ直ぐに見つめた。




「私について来れる?」




「もちろんだ」




 宗次郎は間髪入れず答える。




 中止の原因として宗次郎を選んだことには必ず意味がある。今は分からなくても、それは後々のためになるはずだ。




「さあ、いきましょう」




「ああ」




 裏口の扉が開く。




 春の日差しが木漏れ日のように差し掛かる。




 宗次郎には、その光が未来の希望に見えた気がした。




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