第一部 第三十七話 全ての決着 その6

 宗次郎はゆっくりと息を吐いて、左手に収まっている刀を握りしめる。


 実にしっくりくる感触に震えが走った。


 ━━━あぁ。やっと。


 戻ってきた。取り戻した。


 求めてやまなかった記憶と波動。天斬剣の封印が解けたことにより、宗次郎へと還ってきた。


 なぜ天斬剣に宗次郎の波動と記憶が封印されていたのか。


 答えは明白だ。


 ━━━そうだ。俺が、俺こそが初代王の剣だ。


 九年前のあの日。実験で波動が暴走し、宗次郎は時空間の渦に飲み込まれた。その先で出会った一人の少年とともに妖との戦いに巻き込まれ、少年がのちに皇王国初代国王となる皇大地だと知った。


 宗次郎は『英雄になる』という夢を。


 大地は『天修羅を倒し、だれもが平和に暮らせる王国をつくる』という夢を。


 二人は互いの夢をかけて共に妖と戦った。


 未来から来た宗次郎は戦いの結末を知っている。だからと言って何もしないでいるほど余裕のある状況ではなかった。


 妖の軍勢を迎え撃つために、己を鍛え、仲間を増やした日々。


 大勢の仲間とともに勝利の美酒に酔い、朝まで飲んだくれた日。


 要塞を建造して守りを固め、大軍勢から街を守り抜いたり。


 時には敗北を味わい、裏切られ、戦友を死なせたりもした。


 そうだ。


 全ては天修羅を倒すため。人々の笑顔のため。大陸中を駆け回って戦った。


 かけがえのない友とともに。


「っと、懐かしんでる場合じゃねえか」


 意識を現実に戻すと、燈、練馬、シオンの三人が放心状態で自分を見つめている。


 無理もない。宗次郎自身、驚いている。まさか自分が、子供の頃憧れた英雄のように強くなるのではなく、英雄その本人になるなんて。


「う、うそよ!」


 シオンが震える声で宗次郎を指差す。


「だって、千年も前の人間なんでしょ! 生きてるわけがないじゃない! 何かの間違いよ! そんな━━━」


 目の前の信じたくない事実を否定するように、口をパクパクさせるシオン。


「どうしても信じられないなら、見せてやるよ━━━俺の力を」


 宗次郎は不敵に笑い、波動を最大限に活性化させる。


 今ならなんでも出来そうだと錯覚するほど全能感に溢れている。


 勝つ。この圧倒的な状況を覆して見せる!


 燈の肩をつかみ、術の準備に入る。


 練馬がすかさず反応するが、宗次郎が一手早かった。


「空刀の空移からうし」


 波動術が発動したと同時。宗次郎は燈とともに、練馬の目の前から消えた。


 瞬間移動。


 距離にして十五メートルを、空間ごと転移したのだ。


「なっ。なっ……」


 燈がとっさの出来事に反応できず、目を白黒させる。


 いきなり自分が別の場所に移動したため戸惑っているのだろう。宗次郎も子供のころ、波動を扱えず似た経験をしたからわかる。 


「どうしたよ。慌てるなんてらしくないぜ?」


 跪いている燈と視線の高さを合わせつつ、宗次郎はあえて挑発するような口調で話しかけた。


「あ、あなたねえ!」


「なんだ。元気じゃないか」


 先ほどまでしおれていたが、心配の必要はなさそうだ。


 むしろ、顔を赤くしている燈はかなりかわいらしくすらある。


「あとは俺が何とかするから」


「まって、私も───」


「肩、ケガしてるんだろ? ここは任せてくれ。今まで何度も助けてもらった礼をまとめて返すからさ」


 燈は真顔になって、うつむいてしまった。


 そんな様子を見て宗次郎は微笑み、敵に向かって歩き出す。


 そう、燈には何度も助けられた。


 土手では話に耳を傾け、宗次郎に自分と向き合う機会を作ってくれた。


 別荘では失敗を犯した宗次郎を叱責し、立ち上がる勇気をくれた。


 公園ではその生きざまで約束を果たす大切さを教えてくれた。


 いまこそ、受けた恩に報いるときだ。


「驚きました。ええ、本当に。心の底から驚いたのは、本当に久しぶりです」


 練馬はすべてを察し、いつもの癖でメガネを中指で直している。


「降伏しますか」


「愚問ですね。我々にその選択肢だけはあり得ない」


 練馬は改めて刀を構える。


「兄さ━━━」


「静かにしろ。これは私と宗次郎くん、いや、英雄との戦いだ」


 静止するシオンを遮り、練馬は宗次郎に向け一歩踏み出す。


「一人で、俺に勝てると?」


 練馬とシオンからすれば、現状は悪夢でしかない。


 一番弱いと思い意識しなかった敵が最強の武器と力を携えて復活したのだ。


 二対一で戦っても勝機があると、冷静な練馬が判断を誤るとは思えなかった。


「ええ。宗次郎くんはまだ本調子ではないでしょう」


「……」


「図星のようですね。うまく使いこなせていない上、燃費も悪いようだ」


 練馬の見立ては図星だった。


 宗次郎の波動は特別だ。時間と空間に作用する、黄金色の波動。その性能は超一流であれど、技の行使には尋常ではない波動を消費する。


 ━━━まだ馴染んでいないか。


 千年ぶりに戻った波動に、体感がついていかない。二十メートルを移動しようとして五メートルもずれた。致命的だ。


「ここできみと殿下を殺して、私たちは姿を消します。邪魔はさせません」


「そうか」


 軽く答えて、宗次郎は白鞘から天斬剣を抜き去った。


 立場の異なる漢同士が、刀を構えて向き合っている。


 決闘以外の選択肢を宗次郎は持ち合わせていなかった。


 ━━━やられた。


 練馬との相対距離は三メートル以内。会話をしているうちに、いつの間にか接近を許してしまっていた。


 この距離なら宗次郎は波動術を発動できない。波動を練り上げるより先に練馬が踏み込み、両断される。


 練馬は宗次郎の波動を封じ込め、剣術のみの勝負に持ち込んできた。正面からの斬り合いは強く素早い者が勝利する、単純にして明快な法則が働く。


 しばしの沈黙。向かい合わせになった両者には油断も隙もない。


 呼吸、視線、間合い、構え。相手の動きに全神経を集中させ、相手の先を読む。


 パキリ、と。


 二人の間に立ち込める殺気にシオンは後ずさり、落ちていた木の枝を踏み抜く。


 音が合図となって両者は己の全てをかけて技を繰り出す。


「シッ━━━!」


 決着は一瞬でついた。


「があああ!」


 宗次郎の一刀は練馬の腕を斬り飛ばし、練馬は苦悶の声を挙げてうずくまる。


 右腕は握った刀とともに地面に転がった。


「ちっ」


 宗次郎は一呼吸置いて天斬剣を見つめる。


 活強による身体強化が鈍い。


 少しでも遅れていたら、斬られていたのは自分の方だった。


「強いですね。練馬さんは」


「ふふ、伝説の英雄に褒めてもらえるとは。お世辞でも嬉しいですね」


 片腕を抑える練馬には立ち上がる気配がない。


 裏切り者の末路は、敗れたからには死以外ありえない。


 練馬は頭がいい。シオンに協力すると決めたときから、命を賭けていたのだ。主を裏切り、仲間を騙し、国に反逆するとはそう言うことだ。


 その覚悟を、揺らぐことなく示してきたのだ。


「さあ」


「っ、やめて!」


 首を差し出す練馬を守るように、シオンが飛びかかってくる。


 宗次郎は斬撃を弾いて距離をとった。


「お、おい」


「兄さんこそ黙ってて! いいから傷の治療をしてよ!」


 シオンは金切り声をあげ、宗次郎を睨みつける。


「これ以上、絶対に家族を殺させないから!」


「……」


 シオンは十二神将である燈と渡り合った猛者だ。一筋縄ではいかない。


 宗次郎は高揚していた気持ちを落ち着かせ、天斬剣を構えた。




 

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